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狙撃の名手

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 ミレイが図書館へ行った日から、すでに九日が経過していた。

 奴隷になりなよ、なんて言われた時は、いったいどんな扱いを受けるのかと不安な彼女だったが……、実のところ、あれから一度もカルロを見ていない。

 どうやら彼は東城家に帰っていないようだった。

 確かに、広場のベンチで夜をすごせる彼ならば考えられなくもないのだが……。

“ 警戒しすぎかな ”

 東城三兄弟のひとりというだけで身構えてしまっているけれど、そんなに警戒する必要もないのかもしれない。

 そもそも彼女もまた、ハルトに会わないためになるべく家にいないように過ごしていたので、カルロを見ないのもそれが原因かもしれない。

ペタ ペタ ペタ

 そして今日──珍しく早めに東城家に帰ってきたミレイは、引き窓と畳部屋の間を通る広縁ヒロエンを歩いていた。

「……あ」

 そこで彼女は、縁側に座るスミヤに出会う。

「スミヤさん、こんにちは」

「……久しぶりだね」

 窓を全開にした縁側で、和装のスミヤは黒い長銃を眺めていた。

 夕暮れ時の茜色に包まれてしっぽりとしたその後ろ姿は美しい──。

 実に十日ぶりの彼とは、挨拶を交わしただけで妙に緊張してしまう。

「……// あの…じゃあ、これで」

「──…もう行ってしまうの?」

 そのまま素通りしようとした彼女を、振り返ったスミヤが引き留めた。

「今、紅茶を淹れているところだよ。予約していたチーズケーキがやっと届いたからね」

「チーズケーキ?」

「前に話したろう?チョコレートも良いけれど、違う組み合わせも試してみなよ」

 ここに座ったら?と促され、彼女は言われるままスミヤの隣に腰を下ろした。

 スミヤはいったん、銃をそこに放置して、紅茶を取りにダイニングに行き

 ……それから、数分のうちに戻ってきた。

「おまたせ」

 二人分の紅茶と、切り分けられたケーキ。

「通りかかっただけなのにごめんなさい。こんなふうに何度もご馳走になって」

「ご馳走って大げさじゃないかな?かたやチョコレート、かたやケーキだよ」

 ミレイは渡された紅茶の香りを楽しんでから口に含んだ。

 こうやって縁側でくつろぐなら普通、緑茶に和菓子といくところ……

 そうでないのがまた、彼らしいと思った。

「その二つはスミヤさんの銃ですか?」

「──そうだよ。僕の相棒」

 自分のカップを置いて再び長銃を手に取ったスミヤに、ミレイが問う。

 カップの隣に置かれている小さな短銃に比べて、そのライフル型の長銃は大きく、とても重そうだ。

「スミヤさんは狙撃の名手だと聞きましたよ」

「名手……か。……確かに僕が引き受ける依頼にはそんな内容が多い」

「そんな内容?」

「ライフルを所持しての後方からの見張りさ」

 治安の悪化と " 自由社会 " の新興に伴い、この国が銃社会の仲間入りをしたのは30年前。

 18歳になると一般市民も銃の所持が認められ、訓練を受けて免許を取れば、国から買うことができる。

 誰がどの銃を持っているかの情報は徹底して管理されている……しかし

 家庭の3Dプリンターを悪用すれば安く複製を作れるため、違法な銃も多く出回っているのが現実だ。

 そんなご時世、ガードマンにも銃の所持は必須である。

「君は持っていないのかい?」

「まだ……持っていません」

「護身用でも訓練用でも、ひとつくらい持っていた方がいい。LGAで訓練すれば免許も取れるし」

カチャ、カチャ

 付属の部品を、スミヤは銃身に取り付けていく。

「それがガンキャップですか?同じ物に見えるけれど、何個もあるんですね」

「任務のたびに犯人を殺して、裁判沙汰になるのは避けたいからね。僕は距離や相手の状態を見て、数種類のガンキャップを使い分けるようにしてる」

 ガンキャップとは、銃口に取り付ければ発砲時の威力を弱められる部品で、種類によって10%~60%と減り幅は違ってくる。

 警察やガードマンは常にひとつのガンキャップを銃口に取り付けているらしい。

 けれどスミヤはいくつかのそれを常に持ち歩き、実戦中で状況を見きわめながら取り換えて使うそうだ。

 ──これも彼が " 名手 " と呼ばれる所以である。

「まぁ一番大事なことは、何処に当てるか……なんだけれどね」

「相手の怪我を軽くするために?」

「……場合による」

 専用の布で磨かれた銃身は、空からの橙色をその黒色に半分だけ溶かし込んで、鈍く光を反射していた。

 それを見詰めるスミヤの横顔も、その視線も……どこか熱っぽかった。

 相棒、と呼ぶくらいだから大切な物なんだろう。

「……綺麗」

 何に対して言ったのか定かでない言葉が、彼女の口から零れていた。

「──…どうかした?」

「…え?ぁ…ッ…その。よく手入れがされているなぁと思って!」

「うん。これは連射に優れたタイプだけれど、そのぶん仕組みが複雑で壊れやすいんだ。メンテナンスは欠かせないよ」

「へぇ…っ…そうなんですね」

「と言っても、なかなか時間をとる作業でね……。だから君が話し相手になってくれて助かってる」

「─そんなッ」

 ありがとうと、にこやかに言われ、照れるミレイは咄嗟にチーズケーキを口にいれた。

“ わっ、めちゃくちゃ美味しい ”

「ふ、普段は他の人と話したりは?例えばハルト──…その、ハルトくん、とか」

「ハルトが僕の話し相手に?ふふ……、なるわけないでしょ」

「……っ」

「想像できる?」

「で……できません」

 それもそうだよね。

 でも……曲がりなりにも同じ家に住む兄弟なのに。


 じゃあ……


「カルロさんとは…?」

「──…ッ。兄さんに会ったのかい?」

「あ、はい。何日か前に」

 それほど驚く事だろうか。

 スミヤは銃を磨く手を止めて、隣の彼女に顔を向けた。

「何処で?」

「図書館です。そこで、その、カルロさんに迷惑かけてしまって」

「会話したの?」

「少しだけ」

「へぇ……」

 珍しいこともあるものだね

 スミヤは目を伏せて、何か考えを巡らしている。

 そんな彼の反応がミレイは気になって仕方がない。

“ カルロさんってどんな人なの? ”

 怖い人なのかな……

「実はわたし、カルロさんに助けてもらって」

「兄さんが、君を……?」

「そうです。……で、その代わり《 奴隷になれ 》って言われたんですけど……っ」

「……」

「でもあれきり会わないし、どういう意味かわかります?」

 こうなったら兄弟の彼に聞くのが一番だ。

 どういう意味か、というよりは、何を考えているのかを知りたいところだが……。

「──…プ」

「…?」

 彼女はいたって真面目に聞いたけれど

 一瞬の間をあけて、スミヤは吹き出してしまった。

「あれ?スミヤさん?」

「…フフ…っ、……それは……兄さんにからかわれたね」

 真剣だった彼の表情が、笑ったせいで元に戻った。

「それはつまり──…俺に近付くな、って事だよ」

「近付くな?どうして?」

「だってそう言っておけば、君は兄さんを避けるだろう?奴隷なんて嫌だからね」

「…ぁ、なるほど…」

 スミヤの説明に彼女は納得する。 

 「近付くな」か……

 確かにそんな事を言いそうな人だった。

「それなら安心です。奴隷なんて言われて、少し怖かったから」

 納得ついでにミレイはホッとする。

「相手が誰であろうと兄さんはそういう人だよ」

「人と関わるのが煩わしい……ってことなのかしら」

「……」

「でもそれにしては……」

 わたしに関わりたくないのなら、あの時嘘をついてまで助けなければよかったのに。

 それとも……ただの気まぐれ?

 気まぐれで助けただけだから、勘違いするなって言いたかったのかな。



「──…兄さんの事が…気になる?」


「そりゃあ…──、…ッ」


「……」


「いえ、…その…っ」



 カルロの事を考えていた

 ふとすれば…スミヤがこちらをじっと見つめていた。



「駄目だよ、そんなの」


「スミヤさん…!?」


「……許さないから」



 微笑む彼は、長銃を置いて

 代わりに手にした短銃を彼女に向けた。



「‥‥‥!!?」



 安全装置を指で弾く

 そして、引き金に指を添えて──



ガ、チャ ───ッ



「‥‥っ」


「──……、なんて ね」






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