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歪んだ兄弟
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「フ、ワァ……」
東城家のリビング。
採光窓のないこの部屋は朝になっても薄暗いままだ。
そんなリビングに並んだソファ。そこで眠っていたのは東城三兄弟の長男、カルロだった。
「……」
カチ、カチ、カチ...
壁掛け時計の音。
部屋は暗けれど、時計が示す時間はたしかに朝である。
あくびをして目を開けたカルロは、しばらくソファに寝たままでいた。
起きたとしても用事がない。腹は減ったが、買いに出るのも面倒臭い。
何もする気がおきず、仰向けの彼はソファの上で身体をひねった。
すると──ドサリと本が落ちた。
そういえば、昨夜は本を読みながら寝入った気がする……。あまり記憶はさだかでないが。
どちらにせよ今は本にも興味ゼロなカルロは、落ちたそれを拾うこともしなかった。
そして不意に、リビングの明かりがついた。
「あ、れ?カルロさん?」
「……」
「家に帰っていたんですね」
障子を開けて部屋に入ってきたのはミレイ。
彼女は電気のスイッチを押して、ソファのカルロを目ざとく見つけた。
「おはようございます」
昨日の彼女は授業のためのスーツを着ていたが、今はパジャマ代わりのワンピース姿だ。
細身で背の高い彼女には、シンプルなワンピースがよく似合う。
しかしカルロは彼女に目を向けず天井を無表情に見つめるだけ。
「あ……本が落ちています」
「……来るな」
その声だけで牽制する。
ミレイは彼に従って立ち止まった。
「カルロさん……」
手錠で繋がれ、二人で追っ手から逃げたのは昨日の出来事。
何に怒ってしまったのか
カルロはいきなり彼女を突き放したのだ。
「昨日はきちんとお礼が言えませんでした。あんなに迷惑かけたのに。それに」
お礼をしないといけないのは、なにも昨日の事だけじゃない。
「──…それに3年前も」
「……」
「あなたは、わたしを助けてくれた。……そうですよね?カルロさん」
「…違う」
「嘘です!これだって…っ」
否定するカルロの前で
ミレイはブローチを取り出して、それをパカリと開けた。
中にあるのは銀色のバッジ──
「……!!」
「これはカルロさんのですよね」
お返ししますと、彼女は翼様の銀バッジをカルロに差し出した。
カルロはもちろん受け取らない。
「…もうひとつ、あるのか」
「こっちは母の形見です」
彼女が開けたブローチの中には、差し出した物と同じバッジが入っていた。
「お母さんはここの卒業生でした。わたしが小さい頃、任務中に死んでしまって…──。カルロさんは母を知っていたんですよね?」
「……、知らない」
「でも…っ…じゃあなんで名前を」
「五月蝿いよ」
「……っ」
また会話をシャットアウトされる。
こうなってしまうと、彼は何を言っても取り合ってくれないだろう。
“ こんな筈じゃなかったのに… ”
こんな筈ではなかった。
3年前の、あの青年──。
彼を見つけてお礼を言いたい。どうして自分を助けてくれたのかを聞きたい。
それがLGAにきた目的のひとつであり、頑張るための原動力でもあったのに。
これでは全然、お礼を言えた気になれない。
.......
「ふーん、これはまた珍しい組み合わせだね」
「……!?」
ソファに寝ころぶカルロと
その横に立つミレイ
そこに加わったのは、きっちりと身支度を整えた──次男のスミヤだった。
「スミヤさん……!」
「おはよう、可愛いワンピースだね?君は授業に行かなくて大丈夫なのかい」
「今日は日曜なので…っ」
「そう」
白シャツに黒いジャケット。革手袋をはめたスミヤは、和装の時とは雰囲気が変わる。
彼の柔らかな雰囲気にそぐわない、硬派な服装だ。
スミヤは二人に近付いて、ソファの背もたれに腰を下ろした。
「寝起きの君も素敵だ。少し重たそうな瞼が……なんとも言えないね、襲いたくなるよ」
カルロの手前だというのに、彼は彼でいつも通りにふるまってくる。
自分に向けられるスミヤの視線が艶かしく、怖さを感じたミレイは身体の前で手を組んだ。
「じ、じゃあ……わたしはこれで」
怪しまれないようにしながら、ミレイは部屋から出ていった。
「──…ずいぶんと懐かれたみたいだね」
「……お前は……ずいぶんと嫌われているな」
「ふふ……まさか」
逃げるように去ったミレイの姿を、面白そうに見送ったスミヤ。
彼とカルロの二人だけになったリビングでは、互いに顔を合わせないまま二人の兄弟の会話は続いた。
「今は僕に怯えてる様だけれど……じきに、その愛を向けてくれる筈だ」
「……」
「その前にもう一度、襲いたいなぁ……。快楽に染まった瞳が僕を熱く見つめてくるんだ…──あの瞬間にこそ、純粋な愛を感じられる」
「クク…、歪んでるな」
「……兄さんこそ。いや」
興奮した様子で語る弟を、異常だと嘲笑う。
そんなカルロにスミヤは言い返した。
「兄さんのほうが
……よっぽど歪んでいるじゃないか」
「──…」
「あの子はそれに気付いていないみたいだね。可哀想だと思わない?」
「……だったら、お前が教えてやれ」
「そんな野暮なことはしないよ」
「……そうか」
ふっと口の端で笑ったスミヤは、ソファから離れてカルロに背を向けた。
腰のベルトには短銃が二丁、綺麗に磨かれて下げてある。
「僕は依頼がきたから、今から外に出てくるね」
そしてスミヤは、ミレイが出ていったのとは別の扉に向かう。
「……兄さんにも連絡が入る筈だよ。早めに支度をしといたら?」
電気はつけたままで、スミヤは部屋を出た。
「──…」
《 兄さんのほうが歪んでる…── 》
「……ウザ」
しばらくして、やっと身体を起こしたカルロ。
彼は身支度を整えるために、自室に向かってのろのろと歩いた。
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