上 下
52 / 105

歪んだ兄弟

しおりを挟む


──…


「フ、ワァ……」

 東城家のリビング。

 採光窓のないこの部屋は朝になっても薄暗いままだ。

 そんなリビングに並んだソファ。そこで眠っていたのは東城三兄弟の長男、カルロだった。

「……」

カチ、カチ、カチ...

 壁掛け時計の音。

 部屋は暗けれど、時計が示す時間はたしかに朝である。

 あくびをして目を開けたカルロは、しばらくソファに寝たままでいた。

 起きたとしても用事がない。腹は減ったが、買いに出るのも面倒臭い。

 何もする気がおきず、仰向けの彼はソファの上で身体をひねった。

 すると──ドサリと本が落ちた。

 そういえば、昨夜は本を読みながら寝入った気がする……。あまり記憶はさだかでないが。

 どちらにせよ今は本にも興味ゼロなカルロは、落ちたそれを拾うこともしなかった。


 そして不意に、リビングの明かりがついた。


「あ、れ?カルロさん?」

「……」

「家に帰っていたんですね」

 障子を開けて部屋に入ってきたのはミレイ。

 彼女は電気のスイッチを押して、ソファのカルロを目ざとく見つけた。

「おはようございます」

 昨日の彼女は授業のためのスーツを着ていたが、今はパジャマ代わりのワンピース姿だ。

 細身で背の高い彼女には、シンプルなワンピースがよく似合う。

 しかしカルロは彼女に目を向けず天井を無表情に見つめるだけ。

「あ……本が落ちています」

「……来るな」

 その声だけで牽制する。

 ミレイは彼に従って立ち止まった。

「カルロさん……」

 手錠で繋がれ、二人で追っ手から逃げたのは昨日の出来事。

 何に怒ってしまったのか

 カルロはいきなり彼女を突き放したのだ。

「昨日はきちんとお礼が言えませんでした。あんなに迷惑かけたのに。それに」

 お礼をしないといけないのは、なにも昨日の事だけじゃない。

「──…それに3年前も」

「……」

「あなたは、わたしを助けてくれた。……そうですよね?カルロさん」

「…違う」

「嘘です!これだって…っ」

 否定するカルロの前で

 ミレイはブローチを取り出して、それをパカリと開けた。

 中にあるのは銀色のバッジ──

「……!!」

「これはカルロさんのですよね」

 お返ししますと、彼女は翼様の銀バッジをカルロに差し出した。

 カルロはもちろん受け取らない。

「…もうひとつ、あるのか」

「こっちは母の形見です」

 彼女が開けたブローチの中には、差し出した物と同じバッジが入っていた。

「お母さんはここの卒業生でした。わたしが小さい頃、任務中に死んでしまって…──。カルロさんは母を知っていたんですよね?」

「……、知らない」

「でも…っ…じゃあなんで名前を」

「五月蝿いよ」

「……っ」

 また会話をシャットアウトされる。

 こうなってしまうと、彼は何を言っても取り合ってくれないだろう。

“ こんな筈じゃなかったのに… ”

 こんな筈ではなかった。

 3年前の、あの青年──。

 彼を見つけてお礼を言いたい。どうして自分を助けてくれたのかを聞きたい。

 それがLGAにきた目的のひとつであり、頑張るための原動力でもあったのに。

 これでは全然、お礼を言えた気になれない。


.......



「ふーん、これはまた珍しい組み合わせだね」

「……!?」

 ソファに寝ころぶカルロと
 その横に立つミレイ

 そこに加わったのは、きっちりと身支度ミジタクを整えた──次男のスミヤだった。

「スミヤさん……!」

「おはよう、可愛いワンピースだね?君は授業に行かなくて大丈夫なのかい」

「今日は日曜なので…っ」

「そう」

 白シャツに黒いジャケット。革手袋をはめたスミヤは、和装の時とは雰囲気が変わる。

 彼の柔らかな雰囲気にそぐわない、硬派な服装だ。

 スミヤは二人に近付いて、ソファの背もたれに腰を下ろした。

「寝起きの君も素敵だ。少し重たそうな瞼が……なんとも言えないね、襲いたくなるよ」

 カルロの手前だというのに、彼は彼でいつも通りにふるまってくる。

 自分に向けられるスミヤの視線が艶かしく、怖さを感じたミレイは身体の前で手を組んだ。

「じ、じゃあ……わたしはこれで」

 怪しまれないようにしながら、ミレイは部屋から出ていった。




「──…ずいぶんと懐かれたみたいだね」

「……お前は……ずいぶんと嫌われているな」

「ふふ……まさか」

 逃げるように去ったミレイの姿を、面白そうに見送ったスミヤ。

 彼とカルロの二人だけになったリビングでは、互いに顔を合わせないまま二人の兄弟の会話は続いた。

「今は僕に怯えてる様だけれど……じきに、その愛を向けてくれる筈だ」

「……」

「その前にもう一度、襲いたいなぁ……。快楽に染まった瞳が僕を熱く見つめてくるんだ…──あの瞬間にこそ、純粋な愛を感じられる」

「クク…、歪んでるな」

「……兄さんこそ。いや」

 興奮した様子で語る弟を、異常だと嘲笑う。

 そんなカルロにスミヤは言い返した。


「兄さんのほうが
 ……よっぽど歪んでいるじゃないか」


「──…」


「あの子はそれに気付いていないみたいだね。可哀想だと思わない?」


「……だったら、お前が教えてやれ」


「そんな野暮ヤボなことはしないよ」


「……そうか」


 ふっと口の端で笑ったスミヤは、ソファから離れてカルロに背を向けた。

 腰のベルトには短銃が二丁、綺麗に磨かれて下げてある。

「僕は依頼がきたから、今から外に出てくるね」

 そしてスミヤは、ミレイが出ていったのとは別の扉に向かう。

「……兄さんにも連絡が入る筈だよ。早めに支度をしといたら?」

 電気はつけたままで、スミヤは部屋を出た。



「──…」


《 兄さんのほうが歪んでる…── 》


「……ウザ」 


 しばらくして、やっと身体を起こしたカルロ。

 彼は身支度を整えるために、自室に向かってのろのろと歩いた。








───




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,650pt お気に入り:3,717

さげわたし

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,235

【完結】優等生の幼なじみは私をねらう異常者でした。

ホラー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:58

頑張らない政略結婚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:839

【R18】扇情の告白④ 欲望は血よりも濃く -ある家族の秘め事-

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:57

[R18] 転生したらおちんぽ牧場の牛さんになってました♡

BL / 連載中 24h.ポイント:1,121pt お気に入り:796

虚弱な兄と比べて蔑ろにして来たクセに、親面してももう遅い

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:714

オネエ騎士の執着溺愛

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:938pt お気に入り:54

処理中です...