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本気の愛

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 スミヤについて和室に入ったミレイは、眠る気にならないという彼と将棋を指すことになった。

 彼の目的もわからずそんなことをしている内に、あっという間に時間は経過していく──。

パチン

「王手」

「……わたしの、負け……です」

 ……これで四度目の負けだった。

 ミレイは大した反撃もできずに、彼の手の内で弄ばれる。

「もう一局、やるかい?」

「あの……スミヤさん?わたしなんかと戦っても面白くないでしょう?」

「それはどうかな」

 この後、何戦やったとしても彼に勝てる気が全くしない。

 そんな自分と対局しても面白味に欠けるだろうとミレイは思ったが、スミヤは笑顔で否定した。

「手も足もでない状況から、何とかして脱け出そうとするその無駄なアガキ……。散々にじらしてとどめを指す瞬間は痛快だよ」

 慣れた手つきで駒を分け、彼女の言い分も聞かずに盤に並べていく。

“ スミヤさんは相変わらずね…… ”

 ミレイは心の内で溜め息をついた。

 美しい顔に影を落として、こちらに向ける妖しい笑みが危険すぎる。

「……あの、やっぱりわたしはこんな事をしてる場合じゃありません!」

「……というと?」

「明日には迎えが来てしまいます。この学校を辞めさせられる前に、何か対策しないと……!!」

 並べられた駒に手をつけず、余裕な態度の彼に訴えかけるミレイ。

 この時の彼女は「行きたくない」という思いが強かった。

 ミレイがどちらを選択したところで、彼女の意思によらずどうせ連れていかれる。その事を頭のどこかで覚悟しているからかもしれない。

 そうか、君は逃げたいのか……と

 先手を指したスミヤは、緊迫感のまるでない声で呟いた。

「君は変わっているね」

「…!そう、ですか?」

「たったひとりの肉親が一緒に暮らしたいと願い出たのに、それを断るんだろう?君がそんなに薄情な子だったとは知らなかったな」

「薄情だなんて…っ」

「あの男が親だという自覚がもてないだけかな」

 スミヤの指摘は正しかった。

 何の前触れもなく知らされたせいで、ミレイはまだ家族という実感を掴めていないだけ。だから反発してしまう……。

 それに気付かされ、ミレイに再び迷いが生まれる。

「もし本当にお父さんなら……わたしだって一緒に住みたい。でも!ここを辞めたらわたしの夢が……っ」

「……」

「ガードマンになる……夢が……」

「まだそんなことを言ってるんだね」

 理由ワケを話すミレイだが、しかしそれを聞くスミヤは、耳を傾けつつも首を振った。


“ 君の夢はもう、かつてほど重要でない ”


 母親が全てだったミレイは、母親の姿を追いかけるしかなかった。

 それしか孤独をのりこえる方法がなかったから。

 " 母のような " 立派なガードマンに──

 その夢が彼女にとって、大きな心の支えだったのだろう。

 だが状況は変わった。ミレイはひとりではなかった。

 もう今の彼女には、ガードマンに固執する必要など全くないのだ。

「君のそれは理由になっていないよ」

「そんなことないです…っ」

 スミヤはそれに気付いているから、ミレイの言い訳を愚かに思い、ミレイ自身もそれを感じているから……彼の指摘を強く否定できないでいた。


 答えの見付からない、難しい選択

 揺れる思い……

 ……でも……それでも、やっぱり行きたくない。

 どうして?


“ どうしてわたしはこの学園を、この家を出ることを拒んでしまうの? ”


 これ以上に、いったい何が心残りで──


「……!!」


「──…君は…、兄さんに未練があるんだ」


「カルロさんに……」


 そっか…確かに、わたしは未練の塊だ


「でも、だからこその、チャンスなんじゃない?」

「…?」

「君は一度、兄さんと離れてみるべきだ。君たちには時間が必要なんだよ」

「どうして?離れないといけないんですか…!?」

「──…なら聞きかえすけど、君は兄さんのどこが好きなの?」

「え…っ」

 彼の切り返しにミレイは戸惑った。

 それが今回のことにどう関係しているんだろう。

「……き、気付いた時には……好きになってて」

「何かしら、きっかけぐらいはあるでしょう」

「きっかけ…?」

 ばか正直に返事をして、さらに問いを続けられた彼女は口ごもった。


 彼を好きになった、きっかけ──


「カルロさんが、助けてくれて」

「……」

「スパイ容疑をかけられた時も、実戦授業のミッションでも、3年前……わたしが、拐われそうになった日も」


 そう、カルロさんはいつだって助けてくれた。

 面倒臭がりながら、それでも、いざってときに頼りになる人だったから…。


「…ハァ、……やっぱり、ね」

「……?」

「残念だけれど、君の " 好き " は思い込みだよ」

 スミヤは目を細め

 今度は、笑うでなく顔をしかめた。

 その意味がミレイにはわからなかった。

「卵からかえったばかりの雛が目の前の蛇を親と思い込んで慕うのと同じ、思い込み」

「……!!」

「君は兄さんに危機を救われ、しまいには数年前からの探し人が兄さんであると知った。……そりゃあ、運命を錯覚するのも無理はないね」

「そ……んなはず……ない……」

 スミヤの言葉を強く否定したい。

 けれど彼の目は真剣で、からかっているのではない事が伝わってくるから……

「……っ」

 その話がしごく真っ当まっとうであると認めざるを得なかった。

“ 思い込んでる……?わたしは、カルロさんを本当の意味で愛していないの? ”

 そんな訳はなかった。

 彼の過去を知り、その苦しみを知り……同じくらい胸を痛めた自分は偽りではない。

 でも好きになったきっかけは、いとも単純で、安易なトラップ。

 ミレイは本当の彼に向き合う前に、すでに──彼に恋をしていた。

 彼と過ごした時間だって、ほんの少しだ。


“ そんなわたしだったから…… ”


 ああ、そうか

 ……ミレイは静かに納得して、穏やかに微笑んだ。 


“ だから怖いんだ ”


 向き合った時間が短すぎて

 好きになった理由が単純すぎて

 だから、彼と離れるのがこんなに怖いんだ。


「……スミヤさん、わたし、今 とるべき行動が、わかった気がします」


「……、それは、何?」


「カルロさんと距離を置くことです」


「ふぅん」


 胸のつかえが取れたように思うミレイは、身を乗り出すと手を伸ばして、盤の上の駒を取った。

 それはスミヤの陣地に置かれた「王」の駒──。

 もう腹の探り合いは終わりだと、そう告げるかのように。

「──…それが君の選択?」

「はい」

「後悔するかもしれないけど」

「……大丈夫。自信はありますから」

 ミレイは駒を軽く握りしめて、箱の中に収めた。

「たとえ離れてもカルロさんを想う気持ちは薄れない…!その自信は、ありますから。カルロさんはわたしの事を忘れるかもしれないけど、もともと……嫌われてるので」

 はにかみ笑いでミレイはそう言ってのけた。

 スミヤは少し驚いた後、腕を組んで黙りこむ。

「証明してみせます!わたしの " 好き " は本物ですからね?」

「……」

「だから大丈夫……、大丈夫です」

 ミレイは他の駒も集めて、ひとつひとつを綺麗に箱に戻していく。

 そうと決まれば、ミレイは家を出る支度シタクをしなければいけないのだ。

「ありがとう、スミヤさん」

「……!」

「スミヤさんも優しい人です。やっぱり……兄弟だからカルロさんに似てるんですね」

「……馬鹿だね」

 話を終わらせて、片付けのすんだミレイは立ち上がる。

 笑顔で礼を言う彼女にスミヤは顔をしかめた。

「だから君はムカつくよ…っ」

「…ぁ…!!」

 ふっ切れたかのような彼女の顔が、何故だか気に喰わなかった。

 スミヤは歩き出したミレイの手を掴んで引き下ろし

 バランスを崩して仰向けに倒れた彼女に、馬乗りとなって顔を近付けた。




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