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本気の愛

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「僕のこれが優しさ?そんな訳ないでしょう」

「スミヤさん…!!」

「──…下心だって、わからない?」

 押し退けよとした彼女の手を束ねて固定する。

「離してください…っ」

 畳の上に押さえ込まれたミレイは、豹変したスミヤを前に悲しい表情をした。

 そんな彼女の顔を舐めるように見た後、冷たい声でスミヤが笑う。

「このブラウス──ボタンが取れてるね。どうしたんだい?」

「…ッ─」

「犯人は兄さんかな」

 数ヶ所のボタンが外れたうえ、不格好に糸が飛び出しているブラウスの胸元に、スミヤが指を当てる。

 残っているボタンに彼の指がかかり

 それと同時に頬に唇を寄せられ──ミレイは顔をそむけた。

「や めてください…!! こういう事は…っ、もう、本当に……!!」

チュッ...

「…ッ─スミヤさん…!!」

「……ふぅん、涙目で懇願?たまらないねぇ」

 ブラウスをはだけさせ、現れた彼女の肩に軽く歯を立てたスミヤ。

「いいじゃないか。出ていく前の思い出に、気持ち良い事をしてアゲル……」

「いやあ…っ」

 首を振って抵抗するミレイ。

「カルロさん以外の人と…っ…するなんて、もう、嫌です…!!」

「……」

「わたしが好きなのはカルロさん…っ。それは絶対に変わりません!」

「…だから僕には抱かれたくないって?」

 スミヤは服の中に手を滑り込ませ、腰のくぼみを撫でながら、小さな声で甘ったるく囁いた。

「フフ……うぶだね」

「……!!」

「愛が無くても身体はつながるんだ。そして──…身体をつなげて、気持ちよく……気持ちよくされるうちに……" 愛 " を、錯覚できる」

「うそ…ッッ」

「嘘じゃないさ。君はただその愛を僕によこせ」

「……!?」

 偽りの愛をスミヤは欲する。

 そんな愛で、彼は満足できるのだろうか。

 そんな愛は錯覚なのだと、他でもない──彼自身が言っているのに。

「いや…ッ」

 虚しくなるだけの愛をかき集めて

 スミヤさんは、本当に満たされるの…? 

「スミヤさんっ…スミヤ さん…!」

 このまま流されたらいけない

 このまま続けたら……

 わたしたちは壊れてしまう

「わたしはスミヤさんに抱かれたくない!何をされても、愛を錯覚したりするわけない…!」

「…やってみなければ、わからないだろう?」

「どうしてわたしなんですか?スミヤさんはもっと、もっと別の───本気で好きになった人を抱いてあげてください…──ッッ」

「……」


「……本気で……好きな……」


 本気で誰かを好きになれば…

 彼だって、この行為の虚しさに気付くだろう


「──…」


「……、…スミヤ さん…?」


 不意にスミヤが動きを止める。

 彼女の言葉に反応したのか。

 ミレイの頭の横に手をついて、被さったまま目を合わせた。


“ え……!? ”


 頬に張り付いた黒髪をはらうことをせず

 ミレイを見据える、無言の瞳。


「……っ」

 
 無言の中に、感じるものがある──。

 彼のその蒼色の目が、ひっそりと隠す真実がそこにあった。

「スミヤさん…‥」

 同じ目を向けられた事が、以前にもあった。

 その時は気のせいだと思った。気のせいだと思い込んで、深く考えずに流してしまった。


“ スミヤさん、もしかしてあなたは…… ”


 ──つまり、そういうことなんですか?


「──…あなたは…、本気の愛を、知らないわけじゃあない……?」


「……」


「本当に好きな人は、もういるんですね」


「……どうだろうね」


 スミヤは言葉を濁した。

 ミレイは今になって、これまで気付けなかった自分を悔やむ気持ちになった。

 どうして、よりにもよって、こんな状況で……気が付いてしまったのか。

 彼の瞳に籠められた想いは



 ──恋敵への嫉妬だ。



 いったん気付いてしまったミレイは、どんな言葉を彼にかけるべきかわからない。

「……ハァ、さめた」

 スミヤはふいと目をそらし、溜め息をこぼす。

「もういいよ。……なんか冷めちゃったから サ」

 気まぐれな男だ。

 スミヤは彼女の手を離し、被さっていた身体を起こした。

 立ち上がった彼は、足元に置かれた将棋の盤をまたいで畳の上を歩いていく。




..........



“ 本気の相手?…馬鹿を言わないでくれ ”


 本気になっても、報われない

 本気になることを許されない

 そんな愛を知ったところで──その先にあるのは、悲劇か、喜劇か。

……仕方がないじゃないか。

 僕が本気になった相手はどう頑張ったって、僕に振り向いてくれる筈がない。

 どれだけ執着しても、叶わない──。

 それなら、他の誰かに愛を求めるようになるのも自然じゃないか。

 たとえその愛が錯覚でも、僕を包む快感が一瞬でも

 それで構わない。

“ 愛だの恋だのに本気になる権利を、僕は与えてもらえなかった ”

 仕方がないさ

 だって、僕が本気で愛した相手は──




「……ミレイ」

「…っ、なんですか…?」

「一度決めたターゲットは僕に堕ちるまで逃がさない趣向だったけれど、もう君からは手を引くよ。……君、疲れるから」


 だから安心したら?と

 障子を開けて、振り返った彼が言う。


「あ、…あの…っ」


「……何?」


 ミレイは彼を呼び止めた。

 でも、いったい何を言えば……。


「その、お、おやすみなさい……」


「──…うん、君のせいで眠れそうにないよ」


「……っ」


「フフ、冗談…」


 なかば冗談でもないけれど


「君はそのまま本気の愛を貫きなよ」


 これからは、邪魔も手助けもしないからさ


「──…そして…僕から兄さんを奪ってくれ」


 振り返ったスミヤは微笑みを浮かべていて

 でも……その目に嫉妬の色を映していた。

 ──その目が透き通っていた日が、スミヤの過去にもあったのだろう。

 けれど彼の愛は報われなかった。

 彼の執着は許されなかった。

 想いを口にすることさえ諦めるしかなかった。

 数えきれない女を抱いて、気になった男にも片っ端から手を出して……

 そうして束の間の愛をかき集めていないと、スミヤの心は……もたなかったのかもしれない。


「とっとと奪って、僕から見えないところに連れていっておくれよ」


「……っ」


「……おやすみ、ミレイ」


 ミレイを残して部屋を出たスミヤは、シャツのボタンを外しながら風呂場へ向かった。

 その所作はいつになく乱暴だ。


「ハァ、疲れた…」


 誰もいない長い廊下で、ひとり……切ない声で呟きを零しながら───。







───…





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