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第3章 イーキュリア王国編

観念できた?

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 夜。
作戦決行は明日と決まりラリアル、ブルー、フィリアの3人は一旦、艦へと引き上げてきた。
 フィリアのオススメだという地球産料理ハンバーグ、ラリアルのオススメ銀河連邦政府代表第1惑星の名物だという、海藻類と葉物野菜のサラダにこの星でしか採れないエリナリアの果実を主原料としたドレッシングをかけた「エリナリアのヴァサヴー」が並び、食に対して拘りのないブルーがどちらのオススメも美味いと評して、グレープフルーツに似た果実から作られるさっぱりとした果実酒「カルサッシュのフルーツワイン」を傾けていた。
 何だかそれがとても美味しそうに見えたので、ラリアルとフィリアも真似してみて軽い度数で料理の味を邪魔しない味わいに嬉しそうな笑顔を浮かべて和やかな晩餐は過ぎていった。

「では私はそろそろ。明日に備えてお湯をいただいてから休みますわ」

 フィリアがそう言ってリビングルームの自席から立ち上がる。

「お酒飲んでるからシャワーにしといた方がいいよ?」
「そうですわね。湯船に浸かると中でそのまま寝てしまいそうですわ」
「そりゃ寝てんじゃねぇよ。脳が酸欠状態になって気絶してんだよ。危ねぇから絶対ぇやめろよ?」
「はぁい。では、おやすみなさいませ」

 のほほんお母さんと心配性お父さんみたいなコメントを貰ってクスクス笑いながら答えたフィリアは、ゲストルームの認証を解除して室内へと消えていった。

「おーう」
「おやすみー」

 フィリアの背を見送って、訪れる沈黙。
いつもなら何の苦も感じることのないこの2人きりの静けさが、どうにも居心地悪く感じるのは明日の作戦内容上、どうしても避けて通れないことをこれからしなくてはならないからだろうか。
それは「ラリアルをスガルに戻すこと」という、子供の頃から今現在に至るまで何の不具合も問題も起こすことなく成功してしまっているブルーの持つ力に依る方法だった。
 別にそれでちゃんと戻れてしっかり安定できるというなら使ってくれて全然構わないという気持ちと、己が最も忌んでいることをしなければならないということに対して感じている逃避願望が、半々で存在しているのはいつものことだった。
 まぁ、どうのこうの言ったって結局は押し切られるのだから諦めろよと我ながら思わないでもないのだけれど、どうにもこればっかりは「亜光速の諦め」が発動してくれないのだから仕方ない。

「観念できた?」

 フィリアが部屋へと消えて30分くらい経った時、そうラリアルが聞いてきた。

「お前なぁ」
「だってブルーが嫌なのは知ってるもん、僕」
「別に何もかも全部知ってるお前相手に今更嫌だとか思ってねぇよ。自分が認めたくねぇもんをお前に直視されることに毎度、踏ん切りがつかねぇだけだ」
「それ、嫌だってこととは違うの?」
「少なくとも俺の中では違う」
「どう違うの?」

 ああ言えばこういうに近いやり取りの末に長椅子の上をにじり寄って来られてブルーは、やや胡乱な目でラリアルを見やった。

「ンだよ。今日やけに絡んでくんな? 酔っ払ってんのか?」
「ちーがーいーまーすー」

 他にこんな絡み方をされる理由が思いつかなくて問いかけるとラリアルは、ぱん、と1つ長椅子の上を叩いて現れたクッションを胸の上で抱え込んだ。

「何、いじけてんだよ?」
「いじけてませんー。いっつも僕より先にブルーが怒っちゃうからズルイって思ってるだけだもん」

 拗ねているような口調で言われたことに、そこか、とようやく合点がいったブルーは困ったように側頭を掻いた。

「アホか。アレに真っ先に怒んねぇで俺がお前の側にいる意味なんざあるか」

 幼い頃に何度も「どうして僕、勇者なんだろう?」「何で僕ばっかり勇者なんだからって言われるの?」そう言って泣いていた姿を今でも鮮明に覚えている。
 それでも受け入れて、乗り越えて、聖勇者にまでなったそんな人間の目の前で勇者としての苦しみを欠片も分かっていない生き物に「勇者たるものこうあるべき」なんて上から目線の押し付け理論を語られるのは、どうしても我慢できなかった。
例えそれが自分に向けられていた言葉でもそれ自体をラリアルに聞かせたことが。
あの発想ができることそのものが。
もうブルーにとっては地雷だったのだ。
 正直、ラリアル自身が止めてくれなければ、あそこでこの星からは一切手を引いて帰途に着く選択肢を何の躊躇もなく選んでいただろう。
この選択肢の有無が、逃げ場のない自世界産勇者や召喚勇者達と他所から来ている自分達の最大の違いであり、利点だとブルーは考えているのだから。
 たった1人の心無い行動が滅びの切欠なんて、人の世の歴史ではよくあることだ。
見捨てることで至るだろう結果に罪悪感を抱けるほど、自分が優しい人間ではないことくらい自分が1番良く分かっている。

(コイツがいなけりゃ、俺がなってたのは勇者じゃなくて、寧ろ魔王の方だったんだろうな)

 そんな思いを胸に「ぽん」とラリアルの頭へ1度だけ手を置いて長椅子から立ち上がり、自室の扉へと足を向ける。
クッションを抱えたまま目だけこちらへ向けたラリアルに自嘲が混ざる笑みを返して、手招きながら認証キーを解除した。
 彼女が立ち上がったことを確認して自室へ足を踏み入れる。
灯りはつけなかった。
 擬似的な景色を再現する設定になっている自室の窓には現在時刻を反映して星空が広がり、木々が点在する草原を模した為にそこかしこから虫達の柔らかな合唱が聞こえた。
 扉の閉まる機械的な音がしてそちらに目をやったブルーは、陰影だけでラリアルが入って来ていることを知り、窓際の壁に寄りかかってサイドテーブルへと右手をついた。
 流石にクッションを抱えたままでは来なかったらしい。
そんなことを考えてから、此の期に及んで逃避を続けているらしい往生際の悪い己の思考回路に嫌気がさした。
 ラリアルが側近くまでやって来て正面へと立つ。
右手をブルーの首へと回して、まるで捕まえているような力で自分の方へと下向きに引き寄せ、空いている左手で目元からコンソールグラスを外した。
習慣から目を閉じてしまったことで鋭敏になった聴覚がサイドテーブルへそれを置いた音を拾ったことで、つい、顔を左へ逸らしてしまう。
またそうすることで、ようやく閉じていた目を開くことが出来た。

「ブルー、見えないっ! 何でそっち向いちゃうのっ⁈」
「近いんだよっ、お前っ!」

 しなければならないことを考えたら当たり前と言えば当たり前の距離なのは分かっているけれど、物凄く至近から聞こえてきた声と気配に反射で言い返してしまった。

「だって近くなきゃ見えないじゃん!」
「っっっっっ、分かったから首離せっ!」
「じゃ、屈むか座るかしてよっ!」

 至極最もなことを言ってるのはラリアルの方だと理性では分かっているのに無駄と分かっている反抗をしてしまうこの気持ちは何なのだろう?
 照れ? いや、そんな可愛いモンじゃない。
さっきも本人に言った通り、どうしても嫌だとか思っている訳でもないし。
 あまりにもピッタリくっつかれて普段とは違う2つの柔らかさに戸惑っているのか? いや、それこそ今更だ。
 確かに訓練生時代に2人で風呂へ入っている時に突然、無意識で「渡られた」あの時の衝撃は今でも忘れ難いが、子供の時分に思慕を抱くことのなかったものに成長したからと言って憧憬や欲情を抱ける程、自分達に施されてある魅了系魔術阻止アンチチャームの術式はヤワではない筈だ。
 分類し難い自分の気持ちにモヤモヤしている内にサイドテーブルへ置いていた右手にラリアルの左手が重なった。

「ブルー?」

 分かったって言ったよね? と後ろについているのが理解できる音程で呼ばれて、視線を1度天井へと向けたブルーは、自棄になったのとようやく諦めがついたのと半分半分な狭間気分で大きく深呼吸をした。
 サイドテーブルでラリアルの手に捕まえられている右手を甲から掌へと返して、手の中に収まった左手をギュッと握り締め、1度閉じた目を顎を下向けることで下ろしてから目を開く。
 きっと最初からそうだったのだろう。
ラリアルが真っ直ぐ見つめて来ているのが視界に入る。
それは闇に目が慣れたからではなく、発動を始めた自分の力の所為で己が蒼く発光しているからだとすぐに分かってしまい、頬ごと表情が強張ったのが自分で分かった。

「大丈夫」

 首に回していた手を解いて、強張った頬を包み込んだラリアルが優しく笑む。

「大丈夫だよ。ブルーの力は悪いものなんかじゃないんだから。瞳の奥、すっごくキラキラしてて綺麗なんだよ? まるで星空みたいに」
「………………そんなこと言うのは、お前だけだ」

 いつもの軽口と違って余裕が全くないのが、声と口調にハッキリ出ていて。
自分でもそれが分かったのだろう。
ブルーの眉根が顰められた。

「そりゃ、僕しか言わないよね。もう見れるの僕だけなんだから」

 勿体ないと思う反面、独り占めできるのがちょっと嬉しかった。
 彼が自分と同じ星の勇者達スターブレイブスたる魂を持つ証であると同時に、その身が光の使徒達ウィルタレインズである証、瞳の星と身体の発光現象。
 生来の青空みたいに綺麗な瞳の蒼、その奥に浮かぶ星々の煌めきにも似た輝きと、身体全体を覆うように淡く柔らかに灯る光は、自分がいるべき場所を教え導いてくれているようだった。

(こんなに綺麗なのになぁ。至高の蒼ゼイ・ブルーって、ホントの両親がつけてくれた名前の由来そのまんまなんだから)

 生い立ちの所為で本人が丸っと自分の瞳と力、その源となっているものを完全否定しているからか、その他の部分では嫌味なくらい自身の能力を完璧に使い熟している男と称される彼の唯一、コントロール下に置けていない代物が、この能力であることを知っているのは関係者だけだ。
 不思議なもので魔導具と言えば魔導具なんだけれどもそんな機能は一切搭載されていない筈のコンソールグラス1枚こっきり ── まだ艦を手に入れていなかった時など、ただの偏光グラスだった ── で抑え込めてしまえるものなので、コントロール出来ない原因は完全に心因性なのだが、それすら否定しているどうしようもない状態なのだ。
それで問題らしい問題が起こってくれたならまだ修正のしようもあったと言うのに。

『そんなもん使わなくても俺は強い』 

 そんな台詞が真顔で吐ける実力があったりするものだから大人達にしてみれば、より一層、質が悪いと言えた。
結果、もう本人が乗り越えなきゃダメだと壁にぶち当たるまで放っとこう……と放置され現在に至る。

(実際〈聖〉を獲得する為に出された最後の修行だって、僕より後に出発した筈なのに帰って来たときには当たり前みたいな顔して待ってたもんね。教官に教えて貰わなかったらずっと待ってたんだって信じるトコだったよ。でもこの様子じゃ、まだまだブルーがコレ外す日は遠そうだなぁ)

 ブルーに手を握られたまま、ちょん、と指先に触れているコンソールグラスを突っついて思う。
その日が待ち遠しいような、独り占め出来なくなるのが残念なような複雑な気分だ、と。
 不意に引き戻されたような感覚が身体に満ち、目の前にある空の蒼が穏やかに細められて、柔和な笑みが面に浮かぶ。

「お帰り。スガル・・・

 あの日と同じ言葉、声、笑顔。
嬉しくなって、つられるように破顔した。

「ただいま、ブルー」

 自然とそう答えを返していた。






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