上 下
81 / 258
第4章 星間指名手配犯襲来編

罪の在処と心の在処

しおりを挟む
「シュモちゃん。神って名乗るのやめたのね」

 願いが通じたのか、話し合いの余地を感じさせるそれにアストレイが嬉しそうな音程で言った。

『然り。3人の者、勇者達、そしてこの星、この世界を担う主神の娘、半身に。我は、私は、あなた達に礼を申したい、送ります。私を操って、動かして、乗っ取っていた生き物、生物を取り払って、離してくれたことを』

 元魔王の音声は、何処かたどたどしいものがあって、やはり結界内は未だ物凄い環境にあるのだろうことが伺えた。

「まだ本調子じゃねぇみてぇだな? 微妙に翻訳システムがスムーズに働いてねぇや」
「うん。念の為に聞いとくけど、もうこの星の人達に迷惑かける気はないんだね?」
『然り。我は、私は、修繕を終えて、修理をしたら私を作りし人、者達の星に帰る、帰還します。この星からいなくなり、去ります。』

 スガルの問いかけに、この星へ留まるつもりのないことを表す言葉が並んでいたが、その前提が製造責任が発生した所在へ戻ることにあるのか、そこへ戻ることが何かの理由で必要なのか、この言葉だけでは分からなかった。

「……一応、教えておくけど、キミの作られた星は滅亡したよ?」
「ああ。生命体と呼べるものは、存在しない。それでも戻るのか? お前の製作目的を遂行できる条件は揃ってないぞ?」

 製作目的。
空の上映会で言っていた、全ての人々が希望と慈愛に満ち溢れ幸福であること。
それを遂行する為の必要最低条件はただ1つ。
人が存在していること、だ。

『我は、私は、生み出された、生み出した者達と共に壊れる、朽ちるべきである。だから、ゆえに去るのだ、戻ります』

 機械、それ自らが己の判断で壊れるだの朽ちるべきであるだの言い出すことにフィリアは驚いて目を瞠り、アストレイは溜息をついた。

「キミがキミ自身の判断で魔王になってしまっていたんじゃなく、神になろうとしていたんでもないって言うなら別の道もあると思うよ?」
「ああ。この星に限らず、機械文明の発達が遅れてるトコってのはあるもんだ。そういう所に行って、人々の暮らしを楽にしてやる機械や魔導具を生み出す、作り方を教えてやる。正しい機械や魔導具との付き合い方とか共存の仕方を伝える、とかな? お前は、機械であり生命体でもあるんだ。橋渡し役としては申し分ないと思うぜ?」
「あら、素敵! いいじゃないそれ」

 スガルとブルーが言い出したことに元魔王であってもそれを理由に問答無用で討伐されることはないのだとアストレイは、心なしホッとした様子を見せた。

「手始めにこの星で練習してってもいいんじゃないかしら? 他の星の人達は、知らないがゆえにシュモちゃんの与えてくれるものに溺れて、楽に怠惰に生きようとしちゃう奴等も出るでしょうけど、ここなら例えアタシ達が説明しようと神様達が後押ししてくれようと魔王だったシュモちゃんを知ってる分だけ、警戒心を解かない連中は必ずいるわ。どっぷり浸かることにはならないと思うのよね」

 アストレイを含む3人の勇者がかけてゆく言葉にフィリアも考えた。
 魔王と共存する世界もあることを聞かされていたし、何よりこの魔王はこの星でまだ誰も殺していないし、何も壊していない ── 不法占拠されていた島が唯一の被害ヶ所と言えなくもないが ── のだから魔王でなくなったのなら共存は可能なのではないだろうか。

「あなたは色々な星や文明を渡っていらしたのでしょう? その分、色んな人々を…色んな人の有り様を見てきた筈。朽ちてそれを無に帰すよりも役立てる道を選んで欲しいと勇者様方は、仰っておられるのですよ」

 顔を上げたフィリアはそう言って、3人の勇者が提案していることを事実上、支持する立場を明確にした。

「今すぐ返事しろとは言わないよ。どうせその結界、1週間は危なっかしくて解けないから。その間、ゆっくり考えて。消滅と安堵を選ぶのか、贖罪と受容を選ぶのかを。……ブルー」
「了解。いい返事を待ってるぜ。じゃあな」

 スガルの支持を受けたブルーは、それだけ言ってLIVE回線を切った。

「……これで、よかったのですわよね?」

 モニターが真っ黒になってから消えていくのを何とはなしに見つめていたフィリアが、ぽつりと呟く。

「道具とか機械ってのはよ、自分の意思で喋らねぇだろ? 目的を持って作られて、壊れるまで働いて、要らなくなったら捨てられる。そこに……道具や機械の側に選択権は存在しない。例え作られた目的と違う目的で使われたとしても文句すら言えねぇ。だが、あいつには意思がある。他の道具や機械にはできねぇそれが出来るんだ。出来る以上は選ばせてやらなきゃフェアじゃねぇだろ」

 ブルーの言葉にスガルも頷いて、困っているような…哀れんでいるような、薄い笑みを浮かべる。

「ある意味、今のは自首だと思うんだ。それが、もう誰かに使われるなんて嫌だから朽ち果てることで全部終わりにしたいって意味なら、僕もあんなこと言わなかったんだけどね」
「そうね」

 独白じみたスガルの台詞に同意したのは、アストレイだ。

「包丁買ってきて誰かを殺して、殺したそいつも死んじゃった後で、現場に残された包丁に “ボクが刺しました” って自首されてもさ? それってどうなのよ、実際?」

 困っているような顔をしたアストレイが、右へと首を傾けて掌で頬を包み込むようにして続ける。

「確かに事実は事実なのよ? 凶器って意味ではね? でも包丁を監獄に入れたり、裁判で判決下したり、死刑に処すなんて言い出すバカいないでしょ? “それでも作られた目的と違って人殺しに使われたボクが悪いです” って包丁に言われて納得して、その包丁を錆びて朽ちるまで放っといたり、鋳潰したりするヤツにはなりたくないのよ、アタシは。意思のあるなしに関わらず、そういう使い方したヤツが悪いのに包丁の所為だなんて! 納得いかないもの!」

 きっと何が正解か、と決めつけるのは難しいことなのだろう。
悪だ正義だなんて簡単な話ではないし、何をどう許してどれを許さないのか。
誰に判断を委ねるのか。
そして、これまでのことをどう清算するのか。

「色々と考えさせられますわよね。罪の在処ありかと心の在処ありか。切り離しては考えられない問題なだけに」

 心が心として在り、罪が罪として在る限り、永遠に解決することなく命題として残ってゆく話なのかもしれなかった。

「うん。勇者派遣隊本部と管理界には連絡入れて、今回の事のあらましを話しておいた方がいいだろうね。どう転んでも対処できるようにしておかないと」
「了解。報告書と一緒に片付けようや?」

 スガルの言葉に肩を竦めながらブルーが言うと彼は、がっくり項垂れてしまった。

「うわ、しまったぁ! まだそれも終わってなかったんだったあ……」

 流石にこれ以上、王国への書簡を遅らせる訳にも行かず、あれやこれやと処理している内に一行はアルバマルト連峰を抜け、ツェンバルティア公国とサディウス王国の国境付近まで艦を進めていたのだった。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

美形に溺愛されて波乱万丈な人生を送ることになる平凡の話

BL / 連載中 24h.ポイント:2,536pt お気に入り:1,045

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:32,448pt お気に入り:3,450

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:114,943pt お気に入り:2,900

突然訪れたのは『好き』とか言ってないでしょ

BL / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:24

[R18] 引きこもり令嬢が先生になりました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:1,324

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:51,254pt お気に入り:6,938

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49,181pt お気に入り:2,735

処理中です...