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第二話 因縁
求馬の正体
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「酒を頼む。下り酒の良いのがあるだろう」
求馬が酒を所望した。
「はい。伊丹の剣菱、白雪、灘の菊正宗」
「今津の大関はあるかい」
「ええ、ございますとも」
「焼き物は何じゃ」
「鯛の浜焼きでございます。鮎もございますがいかがなさいますか」
「では鮎を塩焼きにしてくれ」
女が下がると同時に、求馬の指が伸びてきて、どきりとした。
「珍しく綺麗に結っておるな」
耳の上の髪を、指の背で撫でられた。
「似合いませぬか」
「いや、中々の男っぷりじゃ。で、どういう風の吹き回しだ」
求馬が目を細めた。
「実は、俺もこの店に来たかったからでございますよ」
求馬の目が見開かれる。
「ほぉ、お主もここへ、とな」
「鳥屋の下女が噂好きでしてね。実はお美津さんが、この店で男と出会っていたという噂を知っていたのです。ですが、俺一人では、この様な店に入るのは敷居が高くて」
「だから、俺が声をかけた時、あれほど喜んで見せたのか」
求馬があからさまにがっくりと肩を落とした。が、宗次郎は否定もせず、曖昧にうなずいた。
「なるほど、噂話とな。で、ここで何かを調べようと思ったのか」
「とりあえずどういう店なのか、見てみるくらいの事しかできませんが。誰と会っていた、などと尋ねたところで教えてくれはしないでしょうし」
店に入ったものの、その後のことは考えていなかった。
「そうか、町の噂か。しかし俺は上様に聞かされたぞ。あの娘が大奥の女中で、月光院様の遣いとしてこの店をよく使っていたのだと。それと、日本橋の船宿だとさ」
雲雀と二人て調べを進めるつもりが、既に上様の耳に入っていた。*伊賀者の暗躍を疑う。
「ちなみに娘が大奥を辞めた理由が、表向きには節倹に則り、とされているが、そもそもお美津殿は月光院様が私的に囲っていた女中ゆえ、節倹には関わっておらぬそうじゃ。月光院様曰く『婚姻の話が出ているどの理由で、自ら暇を申し出た』ということらしい。『それなのになぜ、身投げなどしたのか、気にはならぬか』と問われたわ。まったく、俺がその場に居合わせたことを見ていたのでござるかと、尋ねるところであったわ」
「……どういうことでしょう」
求馬にそれを尋ねたことも不思議ではあるが、上様が言っていたという辞職の理由も気になるし、上様が何を言わんとしているのかも不可解である。
「よもや、大奥でおったころすでに、外の男とできていた。だからそれを調べよと、仰りたかったのではないか」
「まさか、上様が」
言いかけ、宗次郎は口をつぐんだ。
開け放たれた窓から風が流れ、雨の匂いが充満した。襖が開けられたのだ。
料理を運んできた女中に、求馬が言いつけた。
「恐れ入る。亭主を呼んでくれ」
告げながら、さっそく手酌で二人分の杯に酒を注ぐ。
「お前も飲め」
勧められ、杯に口をつけた。
酒の味の良し悪しなど分からない宗次郎であったが、それでも旨いと目を見開く口当たりの良さである。
しかし……なぜ上様ともあろう御方が、一介の奥女中だった娘の身投げを不審がるのか。やはり、尾張の弟君との関係を疑っているということだろうか。
宗次郎の疑問は尽きない。
(それにしても、上様とそないな話を交わす。いったい、この求馬という男は何者なんや)
改めて、目の前で下り酒を楽しんでいる男の姿を、しみじみと眺めた。
いつもとは違うよそ行きの格好をした求馬は、「若様」と呼ばれるにふさわしい気品を漂わせている。濡羽色の髪は一本の乱れなく、その頭に張り付いて髷の先まで見事に整えられている。きっとさっきまで、長裃を凛々しく着こなしていたのだろう。
「どうした?」
宗次郎の視線に気づいた求馬が小首をかしげた。
「いえ、このように高価な下り酒でも豪快に飲むのだなと」
とっさにごまかしたが、これもまた事実。こんなにも美しい若様の姿であるのに、求馬は手酌でぐいぐいと酒を流し込んでいる。
「せっかくのうまい酒じゃ。ちびちび飲んではつまらぬ」
そしてやはり歯を見せて笑った。
ほどなくして亭主が来た。
「なんぞ御用でございましょうか」
「近う寄れ。聞きたいことがあるのだ」
亭主は膝をにじり、求馬との距離を縮めると、再度「何でございましょう」と顔を上げた。
腰は低いが、様々な客を相手にして来た自負心が、目の色に表れている。
「たいしたことではないのだが、以前、ここに月光院様御遣いの奥女中を案内したことがあると思うのだが」
求馬の口から『月光院』という名が出るや、亭主は笑顔を固くして、目の色を隠すように瞼を半分落とした。
求馬が続ける。
「その相手を知りたいのだ」
亭主が目を閉じた。
「それは、お答え致しかねます。御客人のことを他に漏らさない……が、手前どもの心得にございます。それゆえ、この立花があらゆる御身分のお客様に信用を頂いている次第でして」
丁重に、しかしきっぱりと断られた。
「逢引きだと思っておったのだが」
「そのご関係も私どもには分かりかねまする」
「では別の質問じゃ。先日、どんどんであった身投げを知っておろう?」
「ええ、それは」
「その娘、最近、この店を利用しなかったか」
「それはございません」……と、即答した後、すぐに居住まいを正して断った。
「今の言葉も聞かなかったことにしてくださいませ」
「そうか、それは済まなかった。下がって良い。ただし、お前も余から何も聞かなかったことにしてくれ」
求馬も思った以上にあっさりと引き下がり、それ以上は何も追究しなかった。
亭主が下がった後、宗次郎は求馬に尋ねた。
「あれで良かったのですか」
「ああ」
くつくつと求馬が肩を震わせて笑う。
「あれで十分だ。ありゃあ、逆にやばいことを知っていると、ばらしているようなもんじゃねえか。それにお美津さんのことも知っておった」
「確かに……」
「それより、これではっきりしたと思わねえか」
「何がですか」
聞きながら鮎の背をかじった。初物である。
「浅井の娘の死には、怪しいことだらけだってことさ。そしてなぜか上様までもが探ってなさる。俺は月光院様の遣いだと言いつつ、別の男と逢っていたのでは、と踏んでいるのだがな」
「どうでしょう。そんな下女の色恋沙汰ごときに、上様が探りを入れたりするでしょうか」
「では、宗次郎は何が隠されていると思うのじゃ」
どう答えたらよいのか思案している宗次郎の杯に、再び酒が注がれた。
「ところで、上様の鼠が如何に優秀なのか教えてやろうか」
「はあ……」
「俺は浅井殿に嘘の名を教えたのだ。それなのに、上様は俺に浅井殿の娘のことを問うてきた。この意味が解るか」
「はあ?」
酒と共に、口に広がる初夏の苦みをごくりと飲み下すと、箸を揃えてまっすぐ求馬の方へと向き直った。
「では松本求馬というのは、嘘の名前だというのですか。そもそも、上様とそのような話を交わされるとか、まったくもって、雲の上の御方ではありませんか。俺は、本当の名前を明かせぬほどの御身分の方と飲み交わしているということですか」
宗次郎の勢いに押されたのか、求馬が苦笑いをこぼす。
「そんな大層な者ではない。あの時は浅井殿の手前、身分を隠したかっただけじゃ」
「で、本当の名は……」
酒の杯を下ろすと、宗次郎の顔を上目遣いに見た。
「俺の名か? 俺は、松平求馬通春。尾張徳川家の二十男坊さ」
宗次郎と同じように鮎の塩焼きにかぶりつきながら、さも何でもないかのように答えると、にっと口角を上げた。
(尾張殿の弟君!)
予想外であった。それなりに大きい大名家の坊ちゃんだと覚悟はしていたが、まさか御三家筆頭だとは。しかも、今追っている事件はどちらも尾張家との繋がりを疑っているというのに。
正体を知らなかったとはいえ、なんと呑気な……
自分の迂闊さも含め、色々衝撃過ぎて固まってしまった。そんな宗次郎を見てか、求馬の上がった口角は自嘲に変わった。
「どこの家の誰でも良いではないか。俺が宗次郎を友だと思うておるのだから。それとも、このような青臭い情を、お主は笑うか」
求馬の自嘲は、諦めにも似た寂しさをまとっているように見える。宗次郎はその寂しさに共感した。
己の周りにも、気軽に心を割れる友などいない。そのせいなのか、身分違いだとわかっているのに、求馬との距離感が心地よいと思い始めていた。だから宗次郎は素直に反応した。
無言で、だが慈しむような笑みをたたえ、静かに首を横に振る。
「宗次郎よ、こんな俺だが、今までと同じように接してくれるか」
「御意」
くそ真面目に答えた後で、二人同時に吹き出した。
だがこれで合点がいった。なぜ上様が、わざわざ求馬にこの話をしたのか。
「しかし……そういうことにございましたか」
「ん? 何がだ」
だが、この自称『冷や飯食いの遊び人』はそれに気付いていなさそうである。
「いえ、お美津さんが逢っていたという人物を探り出すのであれば、求馬様の御身分をお明かしになれば、立花の亭主も口を割ったのではないでしょうかね」
求馬が言うように、ただの逢引きであれば、相手の男をばらしたに違いない。そうではない相手だから隠したのだ。
その相手とは、求馬の兄君――松平安房守通温の遣い。
「うーん、俺はそういう、己の身分を振りかざすような真似は嫌なのじゃ。別の方法で探ってみようと思う」
しかし、あくまでも求馬は逢引きだと思っている。おまけに彼は真正直で誠実すぎた。
(また雲雀を使うか……)
宗次郎はまだ、お美津と尾張家との関係については、求馬に黙っていようと決めた。
---------------------
*江戸の街の忍び達
*伊賀者――吉宗の忍び(忍者)と言えば【御庭番】が有名ですが、その名称を用いたのはもう少し後の事。「伊賀者」という呼び方は、どこ出身の忍びでも関係なく、そういった者たちの総称のようなものです。吉宗の元にいた「伊賀者」は、全て和歌山城の「薬込役」という隠密から成っていました。
戦のなくなったこの時代、正式に江戸の街の護衛として元忍びが百人組に採用されています。百人組は「二十五騎組、伊賀組、根来組、甲賀組」の四組から成っていて、山門の警備や鉄砲隊として配備。
太平の世。活躍の場が少なく生活に窮した百人組たちは、内職でツツジの栽培を始めます。やがて百人組が育てたツツジは評判となり、内藤新宿は花の名所となったそうです。新宿区の花としてツツジが制定されているのは、こういった背景からだそうです。
(一部Wikipedia参照)
求馬が酒を所望した。
「はい。伊丹の剣菱、白雪、灘の菊正宗」
「今津の大関はあるかい」
「ええ、ございますとも」
「焼き物は何じゃ」
「鯛の浜焼きでございます。鮎もございますがいかがなさいますか」
「では鮎を塩焼きにしてくれ」
女が下がると同時に、求馬の指が伸びてきて、どきりとした。
「珍しく綺麗に結っておるな」
耳の上の髪を、指の背で撫でられた。
「似合いませぬか」
「いや、中々の男っぷりじゃ。で、どういう風の吹き回しだ」
求馬が目を細めた。
「実は、俺もこの店に来たかったからでございますよ」
求馬の目が見開かれる。
「ほぉ、お主もここへ、とな」
「鳥屋の下女が噂好きでしてね。実はお美津さんが、この店で男と出会っていたという噂を知っていたのです。ですが、俺一人では、この様な店に入るのは敷居が高くて」
「だから、俺が声をかけた時、あれほど喜んで見せたのか」
求馬があからさまにがっくりと肩を落とした。が、宗次郎は否定もせず、曖昧にうなずいた。
「なるほど、噂話とな。で、ここで何かを調べようと思ったのか」
「とりあえずどういう店なのか、見てみるくらいの事しかできませんが。誰と会っていた、などと尋ねたところで教えてくれはしないでしょうし」
店に入ったものの、その後のことは考えていなかった。
「そうか、町の噂か。しかし俺は上様に聞かされたぞ。あの娘が大奥の女中で、月光院様の遣いとしてこの店をよく使っていたのだと。それと、日本橋の船宿だとさ」
雲雀と二人て調べを進めるつもりが、既に上様の耳に入っていた。*伊賀者の暗躍を疑う。
「ちなみに娘が大奥を辞めた理由が、表向きには節倹に則り、とされているが、そもそもお美津殿は月光院様が私的に囲っていた女中ゆえ、節倹には関わっておらぬそうじゃ。月光院様曰く『婚姻の話が出ているどの理由で、自ら暇を申し出た』ということらしい。『それなのになぜ、身投げなどしたのか、気にはならぬか』と問われたわ。まったく、俺がその場に居合わせたことを見ていたのでござるかと、尋ねるところであったわ」
「……どういうことでしょう」
求馬にそれを尋ねたことも不思議ではあるが、上様が言っていたという辞職の理由も気になるし、上様が何を言わんとしているのかも不可解である。
「よもや、大奥でおったころすでに、外の男とできていた。だからそれを調べよと、仰りたかったのではないか」
「まさか、上様が」
言いかけ、宗次郎は口をつぐんだ。
開け放たれた窓から風が流れ、雨の匂いが充満した。襖が開けられたのだ。
料理を運んできた女中に、求馬が言いつけた。
「恐れ入る。亭主を呼んでくれ」
告げながら、さっそく手酌で二人分の杯に酒を注ぐ。
「お前も飲め」
勧められ、杯に口をつけた。
酒の味の良し悪しなど分からない宗次郎であったが、それでも旨いと目を見開く口当たりの良さである。
しかし……なぜ上様ともあろう御方が、一介の奥女中だった娘の身投げを不審がるのか。やはり、尾張の弟君との関係を疑っているということだろうか。
宗次郎の疑問は尽きない。
(それにしても、上様とそないな話を交わす。いったい、この求馬という男は何者なんや)
改めて、目の前で下り酒を楽しんでいる男の姿を、しみじみと眺めた。
いつもとは違うよそ行きの格好をした求馬は、「若様」と呼ばれるにふさわしい気品を漂わせている。濡羽色の髪は一本の乱れなく、その頭に張り付いて髷の先まで見事に整えられている。きっとさっきまで、長裃を凛々しく着こなしていたのだろう。
「どうした?」
宗次郎の視線に気づいた求馬が小首をかしげた。
「いえ、このように高価な下り酒でも豪快に飲むのだなと」
とっさにごまかしたが、これもまた事実。こんなにも美しい若様の姿であるのに、求馬は手酌でぐいぐいと酒を流し込んでいる。
「せっかくのうまい酒じゃ。ちびちび飲んではつまらぬ」
そしてやはり歯を見せて笑った。
ほどなくして亭主が来た。
「なんぞ御用でございましょうか」
「近う寄れ。聞きたいことがあるのだ」
亭主は膝をにじり、求馬との距離を縮めると、再度「何でございましょう」と顔を上げた。
腰は低いが、様々な客を相手にして来た自負心が、目の色に表れている。
「たいしたことではないのだが、以前、ここに月光院様御遣いの奥女中を案内したことがあると思うのだが」
求馬の口から『月光院』という名が出るや、亭主は笑顔を固くして、目の色を隠すように瞼を半分落とした。
求馬が続ける。
「その相手を知りたいのだ」
亭主が目を閉じた。
「それは、お答え致しかねます。御客人のことを他に漏らさない……が、手前どもの心得にございます。それゆえ、この立花があらゆる御身分のお客様に信用を頂いている次第でして」
丁重に、しかしきっぱりと断られた。
「逢引きだと思っておったのだが」
「そのご関係も私どもには分かりかねまする」
「では別の質問じゃ。先日、どんどんであった身投げを知っておろう?」
「ええ、それは」
「その娘、最近、この店を利用しなかったか」
「それはございません」……と、即答した後、すぐに居住まいを正して断った。
「今の言葉も聞かなかったことにしてくださいませ」
「そうか、それは済まなかった。下がって良い。ただし、お前も余から何も聞かなかったことにしてくれ」
求馬も思った以上にあっさりと引き下がり、それ以上は何も追究しなかった。
亭主が下がった後、宗次郎は求馬に尋ねた。
「あれで良かったのですか」
「ああ」
くつくつと求馬が肩を震わせて笑う。
「あれで十分だ。ありゃあ、逆にやばいことを知っていると、ばらしているようなもんじゃねえか。それにお美津さんのことも知っておった」
「確かに……」
「それより、これではっきりしたと思わねえか」
「何がですか」
聞きながら鮎の背をかじった。初物である。
「浅井の娘の死には、怪しいことだらけだってことさ。そしてなぜか上様までもが探ってなさる。俺は月光院様の遣いだと言いつつ、別の男と逢っていたのでは、と踏んでいるのだがな」
「どうでしょう。そんな下女の色恋沙汰ごときに、上様が探りを入れたりするでしょうか」
「では、宗次郎は何が隠されていると思うのじゃ」
どう答えたらよいのか思案している宗次郎の杯に、再び酒が注がれた。
「ところで、上様の鼠が如何に優秀なのか教えてやろうか」
「はあ……」
「俺は浅井殿に嘘の名を教えたのだ。それなのに、上様は俺に浅井殿の娘のことを問うてきた。この意味が解るか」
「はあ?」
酒と共に、口に広がる初夏の苦みをごくりと飲み下すと、箸を揃えてまっすぐ求馬の方へと向き直った。
「では松本求馬というのは、嘘の名前だというのですか。そもそも、上様とそのような話を交わされるとか、まったくもって、雲の上の御方ではありませんか。俺は、本当の名前を明かせぬほどの御身分の方と飲み交わしているということですか」
宗次郎の勢いに押されたのか、求馬が苦笑いをこぼす。
「そんな大層な者ではない。あの時は浅井殿の手前、身分を隠したかっただけじゃ」
「で、本当の名は……」
酒の杯を下ろすと、宗次郎の顔を上目遣いに見た。
「俺の名か? 俺は、松平求馬通春。尾張徳川家の二十男坊さ」
宗次郎と同じように鮎の塩焼きにかぶりつきながら、さも何でもないかのように答えると、にっと口角を上げた。
(尾張殿の弟君!)
予想外であった。それなりに大きい大名家の坊ちゃんだと覚悟はしていたが、まさか御三家筆頭だとは。しかも、今追っている事件はどちらも尾張家との繋がりを疑っているというのに。
正体を知らなかったとはいえ、なんと呑気な……
自分の迂闊さも含め、色々衝撃過ぎて固まってしまった。そんな宗次郎を見てか、求馬の上がった口角は自嘲に変わった。
「どこの家の誰でも良いではないか。俺が宗次郎を友だと思うておるのだから。それとも、このような青臭い情を、お主は笑うか」
求馬の自嘲は、諦めにも似た寂しさをまとっているように見える。宗次郎はその寂しさに共感した。
己の周りにも、気軽に心を割れる友などいない。そのせいなのか、身分違いだとわかっているのに、求馬との距離感が心地よいと思い始めていた。だから宗次郎は素直に反応した。
無言で、だが慈しむような笑みをたたえ、静かに首を横に振る。
「宗次郎よ、こんな俺だが、今までと同じように接してくれるか」
「御意」
くそ真面目に答えた後で、二人同時に吹き出した。
だがこれで合点がいった。なぜ上様が、わざわざ求馬にこの話をしたのか。
「しかし……そういうことにございましたか」
「ん? 何がだ」
だが、この自称『冷や飯食いの遊び人』はそれに気付いていなさそうである。
「いえ、お美津さんが逢っていたという人物を探り出すのであれば、求馬様の御身分をお明かしになれば、立花の亭主も口を割ったのではないでしょうかね」
求馬が言うように、ただの逢引きであれば、相手の男をばらしたに違いない。そうではない相手だから隠したのだ。
その相手とは、求馬の兄君――松平安房守通温の遣い。
「うーん、俺はそういう、己の身分を振りかざすような真似は嫌なのじゃ。別の方法で探ってみようと思う」
しかし、あくまでも求馬は逢引きだと思っている。おまけに彼は真正直で誠実すぎた。
(また雲雀を使うか……)
宗次郎はまだ、お美津と尾張家との関係については、求馬に黙っていようと決めた。
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戦のなくなったこの時代、正式に江戸の街の護衛として元忍びが百人組に採用されています。百人組は「二十五騎組、伊賀組、根来組、甲賀組」の四組から成っていて、山門の警備や鉄砲隊として配備。
太平の世。活躍の場が少なく生活に窮した百人組たちは、内職でツツジの栽培を始めます。やがて百人組が育てたツツジは評判となり、内藤新宿は花の名所となったそうです。新宿区の花としてツツジが制定されているのは、こういった背景からだそうです。
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