アズラエル家の次男は半魔

伊達きよ

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2巻

2-2

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   *


「ん、ん」

 唇に、カインの唇が重なっている。何度もめられ、吸われて、唇はふやけそうだし、舌はしびれたようにじんじんとしている。

「まだ吸うなよ、……まだだ」
「んぁ、カイ、ン」

 上顎うわあごでてくるカインの舌には、ねっとりとした精気が絡みついている。リンダは思わずそれを吸おうとして、すんでのところで耐えた。
 目の前に極上の蜜を垂らされているのに「めるな」と言われているような気分だ。リンダは、ふう、ふう、と荒い息を吐きながら懸命に欲と戦う。

「……っふ、んぐぅ」

 舌を、ぢゅっ、と吸われて、リンダは思わずカインの背中に手を回してしまう。そのまま手を頭のほうに持っていって、髪に手を入れくしゃくしゃにして、自分のほうに「来て」と言わんばかりに力を入れて……

「んっ!」

 リンダはどうにか腕を下ろして、自分で自分の手を掴む。

「んー……、だいぶお利口になったな」

 口を離したカインが、親指で濡れた唇をこすりながら笑う。

「前はむしゃぶりついて、吸い付いて、なにしても離れなかったのに」
「はぁ……、はっ」
すがりついて『離れないで、ちょうだいよ』って。可愛かったなぁ」

 よしよしと愛玩動物のように頭をでられて、リンダはベッドに手をついたまま荒い息を何度も吐く。そして、膝をこすり寄せてから「い、まは、もうしない」とどうにか首を振った。
 リンダの精気を安定させるため、まずファングとカインはかわるがわるリンダに精気を供給してきた。長年淫魔としての力を封じ込めていたせいか、リンダが数週間と置かずに精気の枯渇に陥ってしまったからだ。二人はそれぞれ当番を決めて(リンダのあずかり知らないところで)、数日ごとにリンダを寝室に招いてくれた。
 なぜ寝室なのかというと、そのほうが都合がいいからだ。なにしろ、精気の一番効率の良い摂取方法は粘膜や肌を通しての吸収。つまり口や、性器などの接触が必要になる。兄弟の誰に見られるかわからない場所では、口を合わせる……ましてや肌を触れ合わせるなど絶対に無理だ。
 それにリンダは精気を吸収すると、「精気酔い」の状態になりやすい。まさに酒に酔ったようにへろへろになるし、さらにそれを超えると、まるで別人のように淫蕩いんとうな性格になってしまうのだ。おそらく、淫魔としての本性がさらけ出されるのだろう。
 定期的な精気の接種を半年以上続けて、ようやくリンダは断続的な「飢え」から解放された。
「よし! これでもう兄さんとカインから精気をもらう必要はなくなったんだよな」と喜んだのもつかの間。即、ファングとカインに「そんなわけないだろ」と冷静に断言された。
 リンダが行っていたのは、あくまで十数年分の飢えの解消、ただそれだけだ。つまりそう、リンダはようやくスタート地点に立ったにすぎない。淫魔として魔力を操っていくには、そこからさらに訓練が必要だろう、とファングは教えてくれた。
 なによりもまず、与えられるばかりだった精気を「我慢する」必要があった。精気を前にしても、淫魔の力が暴走しないようにするためだ。
 半分とはいえ淫魔の血を引くリンダは、やはり精気に弱い。目の前で垂れ流されると、どうしても気を取られてしまう。なにせ目の前に大好物を並べられているのと同じなのだ。よだれだって溢れるというものだろう。
 ファングとカインは、それまで散々リンダに精気を与えていたくせに、今度は「吸収してはいけない」と言うようになった。精気を吸わない訓練だから、と。リンダの中の淫魔は「そんなことってあるかよ~」「意地悪してないで精気くれ」とやいやい騒ぐが、リンダは毎回、どうにかこうにかそれを黙らせている。
 ――今もまた、リンダはカインによって訓練を受けている最中である。口の中、柔らかな粘膜に直接精気を注がれながら、それでも「吸収しちゃいけない」「自ら吸ってはいけない」と言われている。もはや拷問にも近い行為だが、リンダはこれに耐えなければならない。餌を前に、待て、を強いられる犬のように、リンダは「くぅ」「ふぅ」と鼻を鳴らす。

「カイン……う、カイン」

 リンダは暴走しそうになる自分をどうにか押さえつけて、救いを求めるようにカインの名を呼んだ。

「どうした?」

 カインは機嫌よさそうにリンダの髪をでてくる。あぐらをかいた自分の上に、向かい合うようにしてリンダをのせたまま。
 リンダは彼のうるんだ唇に自身の親指を当てる。く、と下唇を下げるように指を押し込むと、カインはあっさり口を開いた。とがらせた舌先から、とろりと精気がしたたる気配がする。リンダは無意識のうちに喉を鳴らしてから、腰を揺らした。

(おいしそう。おいし、そう)

 カインのその精気が、あまりにも美味おいしそうで。リンダは「あぁ」と濡れた息をらしてカインを熱い目で見つめた。尻のほうが、どうにもむずむずとうずいて仕方ない。

「んんっ」

 淫魔の姿になった時いつも飛び出てくる尻尾が「出たい、出して」と騒いでいる。それをどうにか押さえつけながら、リンダは首を振った。

「大丈夫。平気」
「あ、そう」

 カインはそう言うと、リンダをころんとベッドに転がした。脚でカインを挟み込むように座っていたせいで、転がるついでに自然と脚が開いてしまう。カインはその間に身を差し込み、のし、とのしかかってきた。カインの股間のたかぶりが、リンダの陰茎を布ごしにグッと押し上げてくる。

「欲しくないのか? 淫魔にならない?」
「んぐ」

 リンダはカインを押し返すようにその厚い胸板に手をやるが、そこに力なんてほとんど入っていない。脚を開くことによって自然とゆるんだ後孔から、とろ……と蜜が溢れてきた。そこに挿れて、こすって、精気を注いでほしいと淫魔の本能がささやいている。

(淫魔になりたい。思い切り羽を出して、尻尾出して巻きつけて……。そして、ぐちゃぐちゃになるまでかき混ぜて、出して、いっぱい出して。それから、それから……)

 欲望は際限なく湧いてくる。それを察しているのだろうに、カインはリンダの脚を折り曲げるようにしながら持ち上げる。自然と上向いた尻、ちょうど穴のあたりに、カインがボトム越しに陰茎を強くこすりつけてきた。

「はっ、あ……!」

 ぐりっ、と服の上から穴をこすり上げられて、リンダは目を見開く。じゅわ、とれた蜜のせいで下穿きがぺたりと穴に張りついた。にちゃ、ぬちゅ、と情けない音がして、リンダの頬がカッと熱くなる。

「……っ、精気、吸ってない。淫魔にもなってない。もっ、いいだろ」

 後で下穿きを替えなければならない、と頭の隅で考えながら、リンダは目をらしつつカインに主張する。かれこれもう一時間以上、差し出される精気を吸わずに耐えている。この特訓を始めたばかりの頃は開始数秒で角と羽と尻尾を飛び出させて、ちゅうちゅうと口に陰茎にと吸い付いていたので、かなりマシになったほうだ。

「そうだな。かなり我慢強くなった」

 カインがわざとらしい笑みを浮かべながらうなずく。この表情をする時の彼は、大抵ろくなことを考えていない……と警戒したその時、カインの指がリンダの股間の、その下に伸びてきた。

「たとえ俺がお前のここに精気を注ぎ込んでも」
「ひぐっ」

 カインの無骨な、しかし長くしなやかな指が布ごしにリンダの臀部でんぶでる。ぐちぐち、と濡れた音は聞こえているはずなのに、カインはそれを無視して親指の腹で穴の縁をふにふにと押す。

「吸ったり、淫魔になったりなんてしないもんな」
「んぅっ、ん、……カインっ、おま」

 なんでそんなに意地悪なんだよっ、と言いかけて、あまりにも子供のような物言いになりそうで唇を引き結ぶ。とりあえず、無言でぽこぽこと胸板を叩いてから、「……しないっ」とねたように唇をとがらせた。
 と、カインが眉間にしわを寄せて「はぁ」と溜め息を吐く。

「それは淫魔の力じゃねぇの?」
「は? いんっ、まの力なんて……あっ」

 淫魔の力は使ってない、と言いかけるが、ボトムの隙間からするりと入り込んできた手にそれをはばまれる。

「ん、カインっ」
「今日の特訓おしまい。とりあえず、一回出しとけ」

 限界だろ、と耳元でささやかれて、リンダは視線をさまよわせた後、こくりとうなずく。

「出した分は、ちゃんと『いれて』やるから」

 特訓中に精気を吸うのは禁止だが、それが終わればカインはリンダが満足するまで精気を与えてくれる。腰が砕けそうなほどどろどろに甘い、極上の精気を。
 リンダは思わずごくりと喉を鳴らしてから、カインの胸を押しのけようとしていた手を、彼の肩にするりと回した。
 自ら脚をわずかに開いたリンダを見て、ぎら、と目を光らせたカインには気づかないまま、視線を下にらす。

「っカイン、……出した、い。出させて、くれよ」

 素直に言わなければ、この意地悪な弟は「別に、嫌ならまだ続けてもいいけど?」と言い出しかねない。特訓をすることはやぶさかではないが、今日は引っ越し祝いだなんだと色々あって疲れてしまった。これ以上は体も心も持ちそうにない。

「っなぁ、カイン……頼むよ」

 多少切羽詰まったように名前を呼ぶと、わずかに笑みを浮かべたカインがリンダの陰茎をゆるく握りしめた。

「任せとけ。全部俺が、してやるから」

 軽く頬に口づけをして、カインがリンダの腰を抱え上げる。リンダはされるがままに脚を開きながら「っあ」と声を出しった。
 たっぷりと精を吐き出して、その分、いや、その倍以上の精気をじっくりと注がれて。リンダはようやく飢えから解放されたのであった。



   第二章


(なんか、カインと兄さんとは、肌を合わせるのも当たり前になってきたなぁ)

 精気をもらいはじめた頃は恥ずかしくてたまらなかったのに、今では当たり前のように精気のやり取りをしている。

(俺は助かってる……っていうか、それがなきゃ聖騎士にもなれなかったわけだけど。二人はどう思ってるんだろう)

 負担じゃない、とは言ってくれているが、本当に迷惑じゃないのだろうか。ファングがアズラエル家に戻ってくるのも、自宅とファングの家とを行き来するリンダの不便さをおもんぱかってのことだろう。

(解決策は、俺が精気の供給や、吸うのを我慢する特訓……みたいなのを受けなくてもいいほど魔力を安定させる。それか、俺が他に精気を供給してくれる人を見つけること……、か?)

 なんとなくしっくりこなくて、リンダは内心首をかしげる。

「では聖騎士団新人団員の諸君、これからの君たちの頑張りに期待している」

 朗々と響いた言葉に、リンダはハッとまばたきをする。一瞬だけ意識を飛ばしていたが、今は、なによりも大事な聖騎士団の入団式の真っ最中だ。
 壇上では、獅子のたてがみのような豊かな金髪をなびかせた、聖騎士団団長のアーザック・ラドウィンがにこりとほほんでいた。一見優しそうに見える彼だが、「炎帝」と呼ばれるほどずば抜けた火属性の魔法能力を持ち、魔族の一個小隊であれば指先ひとつで燃やし尽くすと言われている豪傑である。

(こ、この人を前によく考え事なんてできたな、俺は)

 ぼんやりと気を抜いてしまった自分の横面を内心で平手打ちしながら、リンダは改めて姿勢を正す。
 ――季節は春。ついにリンダは聖騎士としてはじめの一歩を踏み出していた。今日は入団を祝い、今後の健闘を誓うための「聖騎士団入団の式典」だ。
 式典は、聖騎士団詰所つめしょのちょうど真ん中に位置する「誓いの聖堂」で行われていた。天井はかなり高く、並んだ小窓からは眩しい光が燦々さんさんと降り注いでいる。正面には聖騎士団の紋章であるわしと獅子が描かれたステンドグラスがあり、太陽の明かりを透かしてきらきらと輝いていた。広々とした聖堂内には、数十人の新人聖騎士が横三列に並び、それを眺めるような形で、左右に聖騎士団幹部や来賓らいひんが控えている。
 来賓らいひんは、国の中枢機関の各上層部やこの街の市長などが招かれていた。まさに、錚々そうそうたる顔ぶれだ。聖騎士団は、国にとってそれほどに重要な機関なのである。
 聖騎士団はヴァレンザーレ国に五つ存在する。国を東西南北、そして中央で分けて、各地域を守る要となっているのだ。リンダが所属するのは、東の聖騎士団。つまりアーザック・ラドウィンは正式には「東の聖騎士団団長」となるわけだが、基本的には皆自身の管轄の聖騎士団を「聖騎士団」とだけ呼んでいる。区別するのは、各地の聖騎士団が一堂に会する時などだけだ。
 そしてリンダは、その聖騎士団に、今まさに入団せんと式典に臨んでいた。

(俺が……、ついに俺が、聖騎士に)

 アーザックの挨拶の後は、彼から新人団員全員に騎士団の紋章が刻まれた徽章きしょうを渡される。
 ステンドグラスに描かれている紋章と同じく、上部にはたか、そして下部には獅子が施されている。天高くよりあまねく国を見下ろし敵を逃さないというたか、敵に向かって地を駆り喰らい尽くす獅子……という意図が込められているらしい。ようは、聖騎士はどんな敵も逃さず国を守る、という意思の表れだ。

たかのように、獅子のように、国を害する万事を排す)

 新人団員は一列になって、アーザックのいる壇上に上がっていく。アーザックはにこやかな顔で一人ひとりに徽章きしょうを手渡していた。「これからの活躍に期待しているぞ」とでも伝えているのか、受け取った新人聖騎士は皆一様に頬を紅潮させて「はいっ」と興奮した様子でうなずいている。
 徽章きしょうの授与は順々に進んで、いよいよリンダの番が回ってきた。

(お、大きい……)

 アーザックの前に立って、リンダはようやく聖騎士団団長の大きさに気がついた。離れた場所から見上げるだけではわからなかったが、彼はとても大きかった。ファングと同等か、少し勝るくらいだ。なにより存在感……その身を包むオーラというものだろうか、その圧がとても強い。実際よりひと回りもふた回りも体格がよく見える。

「リンダ・アズラエル」
「はい」

 リンダは声が上ずらないようにと意識して低い声を出し、アーザックの前に進む。徽章きしょうを持つアーザックの手は、よくよく見ると細かな傷だらけだった。

「聖騎士団の一員として、大いに励んでくれたまえ」
「はっ……、はい」

 定型文のようなひと言ではあったが、彼が言うとずっしりした重みがある。リンダは返事に詰まってしまったことを恥じながら、アーザックから徽章きしょうを受け取った。

「式典の後、すぐに団長室に来ること。いいな」
(……え?)

 徽章きしょうを介してアーザックと繋がったその瞬間、彼がリンダにだけ聞こえる声でぽつりとつぶやいた。リンダは返事もできないままに、思わずアーザックを見上げる。
 アーザックはそれ以上なにも言わず、にこ、とほほんで次の新人団員へ視線を移してしまった。少し歩みを崩してしまったものの、リンダもまた、なにもなかったような顔をして頭を下げ、壇上から下がる。アーザックが、あえてリンダにだけこっそりと伝えてきたのだ。下手に騒ぎ立てるわけにはいかない。

(な、なにかしたか? まさか式典の最中に考え事をしていたのが見えた? いやでも、それならわざわざ団長室に呼び出す必要ないだろうし。でも……)

 まさか入団早々ぼうっとしたことを叱責でもされたら、そしてそれを兄弟に知られでもしたら……、ファングやカインは呆れるだろうし、フィーリィに至っては絶対腹を抱えて笑うだろう。
 その後式典の間中、リンダはビシッと直立不動で姿勢を正したまま、頭の中では「やばい、やばいぞ、どうする」と不安をこねくり回していた。


   *


 式典の後、廊下で賑わう新人団員の間をって、リンダは足早に団長室へ向かった。

(こ、ここで間違いない……よな?)

 そして訪れた団長室。重厚な扉の前には「従卒じゅうそつ」と呼ばれる聖騎士が二人並んでいた。彼らは団長や副団長など位のある聖騎士に一人ずつ付いて、身の回りの世話などを任されるのだという。
 おそらくアーザックの従卒じゅうそつだと思われる聖騎士は、リンダを見るとにこりと笑って「団長がお待ちです」と中に招いてくれた。年の頃はリンダと変わらない……もしくは下であろうに、とても落ち着いて見える。リンダはしっかりと頭を下げてから、団長室に入った。
 中には、三人の男がいた。いずれも聖騎士の制服を身につけている。真ん中の執務机に腰掛けるのは、団長アーザック。その左隣には副団長のグラント・カーターが控えていた。こちらも団長に負けず劣らずの偉丈夫いじょうぶで、表情が柔和でない分さらにいかつく見える。見た目通り大変厳しい人物で、「聖騎士の規則を破った者は、副団長から世にも恐ろしい罰則を受けるんだ」などと噂されていた。言わずと知れた有名な聖騎士なので、もちろんリンダも顔と……その真偽不明の噂は知っている。

(団長、副団長と……こちらは?)

 アーザックの右隣には、見たことのない団員が立っていた。ぼさぼさした金髪に眠そうな目、どことなく丸く見えるのは猫背のせいだろうか。なんというか……聖騎士らしくない聖騎士だ。
 誰だろうか、と失礼にならない程度に眺めていると、アーザックが「よく来てくれた」と相変わらず柔和な笑みを浮かべてリンダの敬礼をくように促してくれた。
 そして「早速本題だが……」と、早々に話を切り出す。

「君を呼び出したのは他でもない、君の『半魔の力』について話があったからだ」
「……え。あ、はいっ」

 一拍遅れて、リンダは真っ直ぐに姿勢を正してうなずいた。

(はんま、はんまって、半魔……だよな? ここで? こんな急に?)

 うろたえたリンダに気づいているのかいないのか、アーザックは気にした様子もなく話を続ける。

「君が試験の時に申告してくれたので、我々は君が半魔であることをもちろん承知している。……が、知っているのはごく一部の者だけだ」
「……は、い」

 たしかに、リンダは聖騎士試験の時に「自分は半魔である」旨を申し出た。嘘をついたところで、いつバレないとも限らない。それで落ちたらそこまでだと覚悟して、包み隠すことなく伝えた。が、結果的にはこうやって聖騎士になっている。
 試験の際は「それは周りに公表しているか?」とだけ聞かれた。ここは人間の国であるため、それ以外の生き物……特に「魔」のつく者は生きづらい。見た目が人間に近い者は、それを隠して生活していることのほうが多いのだ。
 リンダはこれも正直に「兄弟の一部だけには知らせているが、家族のほとんどが知らない。他は誰にも明かしていない」と答えた。
 その後どういう判断が下ったのかはわからなかったが、とりあえずその場ではそれだけで話は終わってしまい、今この瞬間に至るまで「半魔」の件については触れられなかった。

「君は兄弟の一部に知らせている、と答えたようだが、それはこの団に所属するファング・アズラエル、カイン・アズラエル、フィーリィ・アズラエルのいずれか、かい? それとも全員? もしくは他の兄弟が知っているのか?」
「長男ファング、三男カインのみです。それ以外の兄弟は、お……自分が半魔であることを知りません」

 後ろに組んだ手に、ぐ、と力を入れながら、リンダは簡潔に答える。アーザックは「なるほどな」とうなずいてから、自らの傍らに立つ副団長と……名前のわからない金髪の団員に目配せをした。

「じゃあ、予定通りいいかな?」

 視線を受け取った副団長と団員は、ちらりと目を合わせてからうなずいた。

「ファング・アズラエルとカイン・アズラエルは信用に足る団員です。万が一があっても、口外することはないでしょう」
「私もそう思います~」

 どうやら既に話し合いは進んでいたらしい。リンダの答えがなにかしらの決定に繋がったようだ。

「え、っと……?」
「さて、リンダ・アズラエル」

 戸惑うリンダに、組んだ手にあごをのせたアーザックが、柔和にほほんでみせた。全体的に優しい雰囲気をかもし出しているのに、どこか胡散臭うさんくささにも似た怪しさを感じてしまうのは、裏が透けないその笑顔のせいだろうか。

「君の所属部隊が決まった」

 唐突なアーザックの言葉に、リンダは思わず「は?」とらす。そして慌てて唇を引き結ぶと「は、はい」と重々しくうなずいた。

「君はこの、タグ……タグ・グリーンの部隊に入ってもらう」

 タグ、と呼ばれて、金髪の男が右手を上げた。謎の団員、改めタグはリンダに笑顔ともつかないにやけ顔を見せる。歯にきぬ着せず評するならば……なんというか、とてもやる気のない笑顔だ。

「タグでぇす。部隊長やってます。よろしくね」
「タグ、部隊長……?」

 リンダはタグに視線を向ける。こう、聖騎士らしいピリッとした雰囲気がなさすぎて、逆に不安になった。同じ部隊長であるファングとは、まるきり、正反対といってもいいほど違いすぎる。
 その気持ちが表情から溢れてしまったのだろうか、「ふっ」と軽く噴き出したアーザックが、組んでいた指をほどいてタグを指す。

「風態は怪しいが、君が所属する部隊の隊長としては適任なんだ。そう胡乱な目で見てくれるな」
「あっ、いや」

 誤魔化すように首を振ってから、リンダはアーザックの言葉の意味に考え至り動きを止める。「君が所属する」とリンダを特定した言い方、そしてその前に話していた「半魔」の話題。つまり、もしかするとタグは……

「あの、もしかしてタグ隊長は……」
「お察しの通り」

 タグはそう言うと、細めていた目をぎょろりと開いた。目の真ん中では、人間ではありえない縦長の瞳孔が光っている。リンダは思わず軽く息を吸って、わずかに背をらす。
 やはりタグは、リンダと同じ「魔」の力を持った者だった。

「私の部隊には、魔の力を持つ者が秘密裏に所属しているんだ」
「ひ、秘密裏、に?」

 ごく、と息を呑むリンダに、グラントが厳しい視線を向ける。

「リンダ・アズラエル」
「……はっ、はい」
「新人とはいえ聖騎士たる者がそう簡単に動揺するな」

 冷たい言葉でぴしりと言い切られて、リンダは背筋を伸ばす。そうだ、自分は聖騎士としてここに立っているのだ。しかも目の前にいるのは、組織の長たる騎士団長、そして副団長、さらにこれから自分が所属する部隊の隊長だ。リンダは手にグッと力を込めて反対の手首をきつく握る。

「失礼しました」

 硬い声を出してあごを引くリンダに、グラントが「うむ」と重々しくうなずく。……が、肝心のタグのほうは、人外の目をまぶたの裏に隠してから「まぁまぁ~」と気の抜けた声を出した。

「私はそういうの気にしないんで。リンダくん、のんびり構えてていいからね」

 えらく砕けた物言いに、グラントがキッとタグをにらみつけた。なんとなくだが、相性の悪そうな二人である。

「タグの部隊は全員がなにかしら魔に関わりのある者だ。いわば、特殊部隊だな」
「特殊、部隊ですか」

 聖騎士にそんな部隊があるなど聞いたこともない。リンダはにわかに信じがたく、目をまたたかせた。がしかし、団長であるアーザックが言うのだから間違いはないのだろう。

「もちろん口外厳禁だ。君が半魔であることを知っているファングとカインにも。規則違反が判明したら……わかるな?」
「は、はい」

 わかるな、の内容がよくないものであることは十分に察せられた。よくて除団処分、最悪の場合は……命に関わるかもしれない。
 リンダはこくこくとうなずいて、そして「はて」と首をかしげた。

「あの……」

 ためらいがちに発言を求めると、相変わらず厳しい顔をしたグラントが「なんだ」と許可を与えてくれた。リンダは唇を湿らせてから、先ほど浮かんだ考えをそのまま口に出してみる。

「半魔の力を使う特殊部隊なら……、その、黙っていても自ずと正体がバレてしまうのではないでしょうか? 聖騎士団の中にあって魔族とバレずに過ごすのは、至難のわざでは?」

 聖騎士は、やはり聖騎士だ。ファングやカインを見ていればわかるが、実力はかなりのものだし、察しもいい。どのように魔の力を行使するかわからないが、そういった動きをしていれば気づかれてしまうものではないのか。
 そう思いながら問うてみれば、アーザックとグラントはちらりと視線を合わせ、タグが「ははは~」と気の抜けた笑いをこぼした。

「あ、いやいや。特殊部隊、なんて言い方をしたほうが悪かったね。うーん……、まぁ正体がバレることはないかな、まずない、うん」
「まずない?」

 なぜそう言い切れるのか、ときょとんとしていると、アーザックとグラントも、タグの発言に同意するようにうなずいていた。
 リンダが「なぜ」と問う前に、タグが「まぁ」と話を続ける。

「私の部隊に入ってみたらわかるよ」

 優しげ……というより、どちらかというと情けない笑みを浮かべた男は自信ありげにそう言って、うんうんとうなずいてみせた。


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