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しおりを挟むこの世界にさよならをする、最後の一歩を踏み出したときだった。
服つたいに背中を、強く引っ張られた。
「っっ⁈」
地面のない先へと落ちるはずだった身体は仰け反るように真逆の方向へ。
〝ドスンッ〟
ワガママお饅頭ボディは勢いよく後ろへと倒れこみ、尻餅をついてしまった。
「……え」
辺りを見渡しても誰もいない。
およそ言葉では説明のつかない状況に、呆然としていると……、
「リク……それだけは、やめてくれ。お願いだから……」
聞こえるはずのない声がした。
背中に感じる小さな温かさ。
それは、紛れもなく妖精さんの温かさだった。
──俺はまた、既の所で妖精さんに救われた。
始まりのあの日もそうだった。
自ら望んで、一歩を踏み出したはずなのに……救われたと思った。
〝邪魔をされた〟ではなく〝救われた〟
そう思えてしまうことが……答えなのかもしれない。
「妖精さん……ごめん。俺、また……」
途中まで言いかけて、やめた。
だって違う。俺がいま本当に伝えたい気持ちは、
「ありがとう妖精さん。ありがとう……」
感謝の気持ちなのだから。
背中に感じる妖精さんの温かさ。返事はないけど、ぎゅっと服を掴まれてるのがわかる。
もう会えないと思っていた。もう、終わりだと思っていた。また、始まるんだ。ここから、また。
色々と聞きたいことは山積みだ。
それでもとりあえず、お家に帰ろう。
そう言おうと思った時だった。この、ほっこりとした温かい空気は俺一人だけのものだった。
「……その呼び方はやめてくれ。もう妖精さんじゃないんじゃ」
一瞬で頭の中を疑問符が覆った。
妖精さんが、妖精さんじゃない?
体をブルンブルン振って、肉厚の揺れに合わせて背中に居るであろう妖精さんを振り払う。
「な、な、なんじゃ。なにをするんじゃ!」
目の前に現れたのは、紛れもなく妖精さんだった。パタパタと羽を動かし、ひらひらと宙を浮いている。
どこからどうみても、妖精さんだ。
「妖精さん、お家に帰ろう」
「だからその呼び方はやめろ。もう、妖精さんじゃない。……じゃあ、そういうことで」
そう言うと妖精さんは背を向けて、この場から立ち去ろうとした。
「ちょっ、ちょぉっ! 脚を掴むでない! は、離せーっ」
それはおかしなことだった。
思い返してみると、背中を引っ張られたことも普段の妖精さんからは考えられないことだった。
時間を止めたり、過去に時間を戻したり。人知を超えた不思議な力を操る妖精さんが、どこか人並みというか、とても物理的というか……。
何よりもいま、普通に喋っている。
テレパシーじゃ、ないんだ。
「よう……せ……いさん?」
おそるおそる、もう一度呼んでみた。
「だーかーら‼︎ 妖精さんって呼ぶな‼︎ そして離せ‼︎」
──俺は、妖精さんの脚を掴んだその手を、離すことができなかった。
「いいから離せーっ! 本気で怒るぞ⁈ お、怒っちゃうからな⁈」
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