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春を追いかけて

一方そのころ現世では・全力をつくしてこその文化祭

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 武道部、長刀班。 
 夏休み前の最後の合同練習会。
 今日はこの後アルの文化祭練習にお邪魔することになっている。
 なんでも本物のお嬢様についてどうしても理解ができないということで、私にお嬢様として参加して欲しいとの依頼だ。

「いつもと同じでいいんだよ。特に難しく考えないで。ほら、騎士の訓練を見学するときの様子でいいんだ」

 そんな感じで練習を見ていてくれるだけでいいと、アルに頭を下げられたので断るわけにはいかない。
 ただお嬢様はペットボトルも缶コーヒーも飲まないので、そのあたりはなんとかしなければなるまいと意見は一致している。

「ル、めぐみさん」
「ア、なおとさん」

 こちら現実世界での呼び方は、少し意識しないと間違える。
 周りに人がいる時は気を付けなければ。

「ごめんなさい。更衣室が狭いので各校順番なの。もう少し待ってもらっていい ? 」
「うん、いいけど・・・」

 アルが次の体育館利用の団体が集まっている方を見る。
 場所の引き渡しまではもう三十分ほどあるが、いつも早めに来て準備運動などをしている。
 
「あの、この木刀お借りしてもいいですか」
「いや、それはここの備品だから構わないと思うよ」

 剣道のサークルらしいおじさんがアルに教えてくれる。
 壁にかかった木刀から一本選ぶと、私の前で正眼に構える。

「場所もあるし、久しぶりに、どう ? 」
「いいの ? 」
「もちろん」

 私は嬉々としてなぎなたを取りに行った。



 少年少女が手を繋いで体育館を出ていった。
 扉が閉まるとやっと館内に騒めきが戻る。

「見ました ? 」
「ええ、なんですか、あれは。お稽古の時と速さも技も違う。あれはもう長刀ではありませんよ」

 向こうから剣道サークルの代表らしき人が近づいてくる。
 名刺を渡してきて挨拶をする。
 利用時間が近いので、名前は知らなくとも顔は見知っている。

「今のお嬢さんはこちらの生徒さんですか ? 」
「ええ、聖ジェノヴァーハ女学院の生徒です。男の子の方は・・・」
「ウチの生徒です。ですが剣道部の部員ではなかったと思います」

 剣道サークルの男性はうーんと唸る。

「先ほど少年の方が木刀を戻しにきたのですが」
「・・・」
「剣道の経験はあるかと聞いたら、指導を受けたことはないと言っていました。あれはチャンバラごっこだと」
「チャンバラ ? あれがですか ? 」

 そうです、と男性が答える。

「それともう一つ。彼は汗一つ掻かず、息切れすらしていませんでした。あれだけ動いて、信じられません」
「そう言えば彼女もそんな感じでした。どんな心臓をしているのでしょう」
「先生っ ! 」

 剣道サークルから呼ぶ声がする。

「撮れてます ! 今の撮れてますよっ ! 」
「本当かっ ?! あ、記録と見直し用に稽古はビデオで録画することにしているんですよ」

 指導者たちが駆け寄ると、ビデオカメラにはもう人が集まっている。

「ねえ、笑っているよ、この子たち」
「なんかおしゃべりしてますね」
「ものすごく楽しそうなんですが」

 チャンバラごっこ。
 確かにそんな風な感じでいるように見える。
 
「これ、データを頂いてもよろしいですか」
「私も。インターネットに流さないとお約束します」

 もちろん数年後、密かにデータは流出してしまう。
 モザイクがかけられていたのは、アップした者の微かな良心だったかもしれない。



 大きな競技場の近く。
 アルの学校の周辺は、夏休みの間は文化祭の練習場になるらしい。
 各クラスがそこで頑張っているのは、トラブルを避けてなにかあったら助け合うためだと言う。
 アルに連れられてそこに行くと、椅子と簡易テーブルが用意されていた。
 紹介されることもなく、当然のようにその椅子に座る。
 アルが扇子を渡してくれる。
 それを手にして、足を斜めに流すダッチェススラントと言う姿勢を取る。
 もちろん背筋を伸して、手は膝におく。
 視線は前方に向けて、顔はあちこち向けない。
 アルのクラスメートは私が何のために来ているのか聞いているのか、気にしないような感じで練習を始める。
 黙って見ているけど、なかなか面白い。
 どんなお話か知らなかったから、貸してもらったDVDを見てきたけれど、侍従としてみればプロの人たちよりも侍従っぽい。
 きっちり背筋が伸びているし、目立たずお嬢様と呼ばれるヒロインの動きを際立たせている。
 それでいて自分たちだけの時はしっかり存在をアピール出来ているし、その差が面白い。
 ただし、お嬢様役が庶民的すぎるのを除けば。

「じゃあ十五分休憩 ! 」

 彼らの視線が私に集まる。
 私はすっと扇子を顔の前で広げる。
 するとアルが胸に手を当てて頭を下げ、お茶の支度を始める。
 昔おばあ様が使っていたという、英国製のピクニックセットを探してきたという。
 籐のバックにお皿やカトラリー、カップなどが詰められている。
 もちろんプラスチックではなく、かわいいピンクの陶製だ。
 さすがにお湯は保温ポットだ。
 キャンプ用のコンロを使うことも考えたけど、公園などは火気厳禁なので諦めた。
 キャンプ用の小型電熱器でお湯を温める。
 早く抽出できるよう、茶葉はティーパックをばらして使う。
 これはエイヴァン兄さんに教わった裏技だ。
 あっというまに紅茶の良い香りが広がった。

「美味しいわ、アルフレッド」
「恐れ入ります、お嬢様」

 しばらくお茶を楽しんだ後、閉じた扇子越しにアルを見る。
 アルは黙って私の荷物を持ち控える。
 今日の仕事はこれで終わりだ。
 アルが駅まで送ってくれる。
 彼のクラスメートの姿が見えなくなるまでおすましを続けた。



 ルーを駅まで送って戻ってきたら、仲間たちが詰め寄ってきた。

「ねえ、お嬢様って言うのを教えてもらえるって聞いてたんだけど」
「椅子に座ってお茶飲んで帰っただけじゃんか」
「どこがお嬢様なんだよ」

 ワイワイと言う級友たちにため息が出る。

「君たちは一体何を見ていたんだよ。完璧な貴族令嬢だったろう ? 」
「どこがだよっ ! 」

 やれやれ、そこから説明しなくちゃダメか。

「最初に資料を渡しておいただろう。ちゃんと読んだの ? 貴族にとって召使は仕える者で従業員でも友達でもないんだよ」

 美味しいわ。アルフレッド

 これ、褒めているようで実は褒めていない。
 紅茶が美味しい。
 ただ、そう感想を言っただけだ。
 当然だが表情はかわらない。
 ヒロインに足りないのはこれなんだ。
 召使たちに満面の笑みで礼を言う。
 労をねぎらう。
 これはない。
 貴族はよほどの事がなければ使用人を褒めたりお礼を言ったりしない。
 召使のして当たり前の仕事を褒めるのは、逆に彼らが普段きちんと仕事をしていないかのように受け取られる。
 だから当家の中だけなら構わないが、他家では決してそのような態度は取らないように。
 セバスチャン様はルーにそう教えていた。        
 ルーは貴族令嬢として召使たちの働きを見ていただけだ。
 当然挨拶なんかしない。

「彼女からは召使としての動きは完璧ではないけれど十分だと聞いた。けれどヒロイン役が貴族令嬢になりきれていない。その辺りを確実にすれば、砕けた会話の時との差が出て面白くなるんじゃないかって言ってたよ。それと、座っていただけって言ったけど、その間の彼女を見ていた ? 」
「座って、たよね ? 」

 そうだよねとみんな言う。
 はあ、やっぱりわからなかったかな。

「その間、彼女が少しでも動いたかい。顔や手を動かしたり、あくびをしたりよそ見をしたりしたかい ? 」
「 !! 」
「そういう事だよ、ご令嬢っていうのは」

 ヒロイン役の子が真っ青になっている。

「無理。私、そこまでなりきれない。一時間近くも微動だにしないなんて、絶対できない」
「別にしなくてもいいんだよ。そういうものだとわかっていれば。こういう言い方するのはなんだけど、ミュージカル版がコントにしか見えないのは、令嬢がただのその辺の女の子だからなんだ。自分の目的のために召使を動かす。命の危険も考えずに動かすのは使用人だからだよ。はたからは酷に見えても、ヒロインからしたら自分のために働くのは当たり前なんだからね。しっかり貴族令嬢やってよね」

 無理、無理っ、無理ぃぃぃぃぃっ !
 ヒロインの叫びに別クラスから何があったのかと何人か駆け付けてくる。

「しっかりして。そう、そうよ。ねえ、彼女にお手本を見せてもらいましょうよ」
「お手本 ? 」
「ええ、あたしたちが召使としての動きが出来るようになったのは山口君っていうお手本があったから。ならヒロインにだってお手本があってもいいじゃない」

 あれ、変な話になってる ?

「ねえ、山口君、彼女、もう一度呼んでもらえる ? 重要な場面だけでいいから、セリフを読んでもらえないかしら。そうしたら少しはこの子の助けになると思うのよ」
「お、それ、いいな」
「お嬢様によるお嬢様の演技。いけるぞ、それ」

 ルーが、お手本 ?
 してくれるかな。
 来てくれたら、ちょっとは会えるわけで。
 こっち現実世界では全然会えてないし。

「えっと、一応頼んでみるけれど、期待はしないでよ。彼女には彼女の予定があるんだから」
「「「お願いします!!! 」」」
 
 僕の下心がほんの少し動いてしまった。
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