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1章、転生で初めて人の温もりを知る
8話、慟哭
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あああっ、そういう事か!?
謎は全て解けた……。
繰り返し繰り返し、幼き頃から続けてきた修練や勉強の数々。
その中の一つである剣術そして組み手、こいつが多分犯人だと思う。
先日所用でリヨンへ赴いた時に、生まれて初めての模擬戦を行ったんだよ。相手は俺よりも歳が上で、おそらく近いうちに騎士へ昇格予定だったはずの騎士見習いのミゲルさんって言うんだけれど、至極あっさりと、あまりにも簡単に勝ってしまった。
あの細身で、どうみても筋力に劣るだろうアンリエッタさん以下の剣速。
彼もまた毎日愚直なまでに素振りを繰り返して来たはずなんだ、騎士見習いの全力の剣速があんなものな訳がない、メイドさん以下な訳がないだろ? でも結果は皆の知る通り。こうなってはもう考えられる理由は数点しか思いつかない。
一つ、俺が超強い
二つ、ミゲルさんが実は凄い弱い
三つ、アンリエッタさんが実は強かった
四つ、ミゲルさんが手を抜いていた
一はなぁ、正直俺って弱くはないと思うんだよ。子供の頃から真面目に修練続けてるんだぜ? ただ、今ですらアンリエッタさん相手に勝ちきれないんだよね。攻撃というか、剣圧が弱い代わりに動きが軽やかでとにかく早い、当たらないの。そんな俺が超強いか? 嘘くさいよねえ。
ただ本気の戦いならば勝てると思う。何せ力では圧倒してるんだからアンリエッタさんが捌ききれないほどの猛攻で押し捲ればいい。でも違うでしょ? 俺と彼女の組み手は勝つことが主目的じゃないんだから。
じゃ二か? 正直その可能性は否定できないけどそれでいいのか? それでは弱き人々を守れないだろう。無いと思いたい。
三はねえ、ある意味これが一番意味がわからない。俺は元の世界でも基本勉強ばかりしていたからゲームとかアニメはあまり見てないんだよ。ただ多少の映画や小説は手に取った事あるから完全なる無知って訳じゃない。大人気で世界中で大ヒットした作品とかあったろ? それらの影響もあってかエルフって弓か魔法が得意なイメージは正直あるよな。
で、本人も剣術は得意じゃないって断言するんだよね。人に教えれるような実力じゃ無いってさ、嘘を付くような人じゃないしなぁ。
四の案に関しては一番ないと思う、それで失敗して落ちるのは自分の名誉だから。油断はあっても手抜きはないと思う。
正直どの理由もパッとしなかった。
そもそも既に終わった勝負であり、例外的にすんなりと勝ってしまっただけの事、理由なんてどうでもいいのかもしれない。でも何か引っかかるんだよな。
どうしても納得が行かない俺はあれからもずっと考え続けていたんだ。
そして今日閃いた、気付いたと行った方が正しいかもしれない。
アンリエッタさんは忙しいだろ?
剣術の組み手が終わってからも当然雑務がいっぱいあるじゃないか。
だから少しでも楽になればと思ったのと、彼女の手がマメだらけで固くなるのをどうしても避けたかったんだ。だから組み手が終わったら毎回アンリエッタさんにインターヴェンションを掛けて、手の平にはファストヒールを掛けてたんだ。それが原因だと思う。
毎日俺が自分にかけるインターヴェンションを彼女にもかけてしまったからな、少しづつ強く強靭で、しなやかさをも併せ持つ筋肉に変わってしまったんだろう。で、彼女は体脂肪も低く、体重も軽いだろ?
俺は世にも珍しい回避型魔法使いを生み出してしまったのかもしれない。回避型砲台ってやばすぎんか?? 強すぎる気がしてきた。
でもこのインターヴェンションってやばくないかな?
毎日コツコツ積み上げた結果だろうから決してチートではないし、イメージの賜物だからズルでも何でもないんだけど、やらかしてしまった気がしてしょうがない……。
いつかアンリエッタさんには説明したほうがいいのかな?
実は違う世界から来た三十代のおっさんです。だなんて受け入れてくれるのだろうか?
怖くて無理だぁ。
◇◇
午前中はアンリエッタさんと組み手を中心に剣術を磨いたら、午後は彼女と魔法の特訓、夜は勉強とベッドの上で出来る簡単な魔法のトレーニングをするんだ。それ以外の時間は飯と湯浴みを除けば、ほぼアンリエッタさんと一緒に行う家の共同作業で終わる毎日。そんな日々が幸せだったから何の苦もなく続けたよ。雨の日も、風の日も、雪がシンシンと降り積もる日もな。
年が明け、麦の作付けが始まる頃珍しくも我が家に来客が訪れたんだ。
ドンドンと、けたたましく鳴る我が家のドア。
扉を開けるとそこに姿を現したのは、初めての模擬戦で会ってから俺を可愛がってくれるベルガーさんだった。この体躯でドアを叩けばそりゃうるさいよな。と、想像したその姿がおかしくてクスリと笑うも、どうにもベルガーさんの様子がおかしい。
「坊主、いや、もう坊主と呼ぶのは失礼だな」
「いえ」
「フェリクス、お袋さんいるか?」
「はい、呼んできましょうか?」
「あぁ、頼む」
我が家を訪れた事がないベルガーさんが急に訪れ、母さんを出せと言う、どういう事だ? 嫌な予感しかしないじゃないか……。
「アンリエッタさん、どう思います?」
「わかりませんが、ただ事ではない気がしています」
「だよね? 僕もそうさ、嫌な予感しかないよ」
そう会話を交わしながら進むと、狭い我が家だ。あっという間に父さんと母さんの部屋に着いてしまった。
母さんに来客があり早く降りてくるように伝えると、俺達は階下へと戻りベルガーさんの相手をするのだけれど、いつもと様子が違い無駄話の一切をしないベルガーさんに戸惑ってしまう。
「フェリクスは16だったか?」
「はい、もうすぐ17になりますが、まだ16です」
「そうか……」
俺の年がなんか関係あるのか? まさか徴兵か?
アンリエッタさんと離れて徴兵とか困るんだけど。
ただならぬ雰囲気に思考が良くない方向へと沈んでいく。
「お待たせしてすみません」
母さんが居間にやってきたようだ。
母さんは実は体があまり丈夫じゃない、だから基本部屋で寝てる事が多いんだ。この多産な時代に、我が家に子が俺しかいないのはそれが原因だと思う。父さんが昔、小さい声でボツりと呟いていたのを覚えている。
「結婚式以来ですな奥方、急な訪問許されよ」
「お久しぶりですベルガー様。本日は遠いところまで、ようこそおいで下さりました」
ふぅ。
会話の途中にため息をつくベルガーさん、マナーの点からもありえないその行動が俺達の不安を増大させる。
「突然来て、突然こんな話をするのは心苦しいが……」
「──我が友アドリアンが亡くなった」
衝撃の内容に静寂が訪れ、この部屋を支配する。
誰も話せない。
誰も動けない。
あの父さんが?
俺が勝ったら顔をクシャクシャにして喜んでくれたあの父が?
……死んだ?
何言ってんだコイツ、そんな訳があるか。父さんは城館に勤めてるんだぞ? どうやったら死ぬって言うんだよ。
ゴトリ。
静寂を打ち払うかの様に、突然に響く重厚な金属音。
「坊主、坊主よ、すまんなぁ」
あの剛毅なベルガーさんが泣いている。
「これを持って帰ってくるのが精一杯だった。受け取ってやってくれんか」
そう言ってテーブルの上に置かれた、父さんが身に付けていた剣とガントレット。
その品々を見て俺は理解した。
父さんはもうこの世にいないのだと、だって騎士が剣を手放すはずがなかったから。
すすり泣く母さんの声、声無く落涙する最愛の女性、父さんに一体何があったのか聞くのは俺の役目だ。そうだよな? 父さん、俺は男だから……。
『フェリクス荷物はお前が持つんだぞ? 男だからな』
『フェリクス! さすが俺の自慢の息子だ』
走馬灯の様に次々と脳裏に浮かんでは消えていく父との情景に、自然と目頭が熱くなり頬を涙が伝う。
「父さんに何があったんですか」
「俺達の敵は人でもあるが魔物でもある。それは知ってるな?」
「はい」
この世界は、剣と魔法と魔物が跋扈する世界なのは知っていた。父さんが長い間守ってきたお陰なのかはわからないが、コンスタンツェ騎士爵領ではただの一度も遭遇すらした事がない魔物。
「ある集落から救援の要請があってな、騎士に従騎士、衛兵の一団で救援に向かうことになったのさ」
「──最初は順調だったんだ。この任務はもうすぐ終わる。皆がそう思った矢先にあいつが現れた」
余程悔しかったのか、ベルガーさんは歯が割れてしまいそうなほど奥歯を強く噛み締め、怒りに身を震わせている。
「あいつって?」
「全身が真っ黒なオーガだ。あんな真っ黒な魔物は初めて見た。突然変異種かもしれん」
「それで?」
「黒オーガはバカみたいに強くてな。あいつが現れた途端、森の側にあったその集落は地獄に早変わりだ。あいつが武器を振るうたび村人は当然ながら、衛兵や従騎士までもがボロクズの様にされちまう。悔しいが撤退するしかなかったんだ」
テーブルをドンと叩き、口惜しさと無念さを顔に浮かべていた。
「アドリアンは良い奴でな。負傷者を寝かせてた、村で一番大きな建物を守るため最後まで勇敢に戦った」
「あんたは何をしてたんだよ!」
言いたい事はわかる。
でも、他の騎士や従騎士は何をしてたんだ? 父さんにだけ危険な役目をやらせたのか? 理不尽に頭へカッと血が上り、ベルガーさんに掴み掛かってしまう。
「俺は、村人を逃すために村門で魔物を食い止めていたんだ」
掴み掛かる若造の手を払うでもなく、なすがままにベルガーさんが続ける。
「黒オーガのせいで近隣の魔物も半狂乱になっていたからな。恐らく人も魔物も、アイツから逃げるのに必死で、たまたま逃げる方向が同じだったのさ」
「父さん……」
「村人が雪崩こむ門に、魔物を通すわけにも行かんだろうが!」
ベルガーさんを掴んでいた手をそっと離す。腹立たしいがその通りだったから、父さんが逆の立場であってもそうしただろう。
ただ理解は出来ても納得なんて出来やしない。
亡くなったのは俺の父さんなんだ。
それからしばらくしてベルガーさんは帰って行った。
あの優しくて大きな父さんはもういない。
前世は三十数年生きたし今世もそこそこ生きている。でも俺は人の人生を背負ったことがない。今思えば一人で好きな様に生きて、勝手に人生を悟った気でいただけなんだ。
一家の大黒柱が、精神的支柱が失われると言うことが、一体どういう結末を辿る事になるかをまるでわかっていなかったんだ。
謎は全て解けた……。
繰り返し繰り返し、幼き頃から続けてきた修練や勉強の数々。
その中の一つである剣術そして組み手、こいつが多分犯人だと思う。
先日所用でリヨンへ赴いた時に、生まれて初めての模擬戦を行ったんだよ。相手は俺よりも歳が上で、おそらく近いうちに騎士へ昇格予定だったはずの騎士見習いのミゲルさんって言うんだけれど、至極あっさりと、あまりにも簡単に勝ってしまった。
あの細身で、どうみても筋力に劣るだろうアンリエッタさん以下の剣速。
彼もまた毎日愚直なまでに素振りを繰り返して来たはずなんだ、騎士見習いの全力の剣速があんなものな訳がない、メイドさん以下な訳がないだろ? でも結果は皆の知る通り。こうなってはもう考えられる理由は数点しか思いつかない。
一つ、俺が超強い
二つ、ミゲルさんが実は凄い弱い
三つ、アンリエッタさんが実は強かった
四つ、ミゲルさんが手を抜いていた
一はなぁ、正直俺って弱くはないと思うんだよ。子供の頃から真面目に修練続けてるんだぜ? ただ、今ですらアンリエッタさん相手に勝ちきれないんだよね。攻撃というか、剣圧が弱い代わりに動きが軽やかでとにかく早い、当たらないの。そんな俺が超強いか? 嘘くさいよねえ。
ただ本気の戦いならば勝てると思う。何せ力では圧倒してるんだからアンリエッタさんが捌ききれないほどの猛攻で押し捲ればいい。でも違うでしょ? 俺と彼女の組み手は勝つことが主目的じゃないんだから。
じゃ二か? 正直その可能性は否定できないけどそれでいいのか? それでは弱き人々を守れないだろう。無いと思いたい。
三はねえ、ある意味これが一番意味がわからない。俺は元の世界でも基本勉強ばかりしていたからゲームとかアニメはあまり見てないんだよ。ただ多少の映画や小説は手に取った事あるから完全なる無知って訳じゃない。大人気で世界中で大ヒットした作品とかあったろ? それらの影響もあってかエルフって弓か魔法が得意なイメージは正直あるよな。
で、本人も剣術は得意じゃないって断言するんだよね。人に教えれるような実力じゃ無いってさ、嘘を付くような人じゃないしなぁ。
四の案に関しては一番ないと思う、それで失敗して落ちるのは自分の名誉だから。油断はあっても手抜きはないと思う。
正直どの理由もパッとしなかった。
そもそも既に終わった勝負であり、例外的にすんなりと勝ってしまっただけの事、理由なんてどうでもいいのかもしれない。でも何か引っかかるんだよな。
どうしても納得が行かない俺はあれからもずっと考え続けていたんだ。
そして今日閃いた、気付いたと行った方が正しいかもしれない。
アンリエッタさんは忙しいだろ?
剣術の組み手が終わってからも当然雑務がいっぱいあるじゃないか。
だから少しでも楽になればと思ったのと、彼女の手がマメだらけで固くなるのをどうしても避けたかったんだ。だから組み手が終わったら毎回アンリエッタさんにインターヴェンションを掛けて、手の平にはファストヒールを掛けてたんだ。それが原因だと思う。
毎日俺が自分にかけるインターヴェンションを彼女にもかけてしまったからな、少しづつ強く強靭で、しなやかさをも併せ持つ筋肉に変わってしまったんだろう。で、彼女は体脂肪も低く、体重も軽いだろ?
俺は世にも珍しい回避型魔法使いを生み出してしまったのかもしれない。回避型砲台ってやばすぎんか?? 強すぎる気がしてきた。
でもこのインターヴェンションってやばくないかな?
毎日コツコツ積み上げた結果だろうから決してチートではないし、イメージの賜物だからズルでも何でもないんだけど、やらかしてしまった気がしてしょうがない……。
いつかアンリエッタさんには説明したほうがいいのかな?
実は違う世界から来た三十代のおっさんです。だなんて受け入れてくれるのだろうか?
怖くて無理だぁ。
◇◇
午前中はアンリエッタさんと組み手を中心に剣術を磨いたら、午後は彼女と魔法の特訓、夜は勉強とベッドの上で出来る簡単な魔法のトレーニングをするんだ。それ以外の時間は飯と湯浴みを除けば、ほぼアンリエッタさんと一緒に行う家の共同作業で終わる毎日。そんな日々が幸せだったから何の苦もなく続けたよ。雨の日も、風の日も、雪がシンシンと降り積もる日もな。
年が明け、麦の作付けが始まる頃珍しくも我が家に来客が訪れたんだ。
ドンドンと、けたたましく鳴る我が家のドア。
扉を開けるとそこに姿を現したのは、初めての模擬戦で会ってから俺を可愛がってくれるベルガーさんだった。この体躯でドアを叩けばそりゃうるさいよな。と、想像したその姿がおかしくてクスリと笑うも、どうにもベルガーさんの様子がおかしい。
「坊主、いや、もう坊主と呼ぶのは失礼だな」
「いえ」
「フェリクス、お袋さんいるか?」
「はい、呼んできましょうか?」
「あぁ、頼む」
我が家を訪れた事がないベルガーさんが急に訪れ、母さんを出せと言う、どういう事だ? 嫌な予感しかしないじゃないか……。
「アンリエッタさん、どう思います?」
「わかりませんが、ただ事ではない気がしています」
「だよね? 僕もそうさ、嫌な予感しかないよ」
そう会話を交わしながら進むと、狭い我が家だ。あっという間に父さんと母さんの部屋に着いてしまった。
母さんに来客があり早く降りてくるように伝えると、俺達は階下へと戻りベルガーさんの相手をするのだけれど、いつもと様子が違い無駄話の一切をしないベルガーさんに戸惑ってしまう。
「フェリクスは16だったか?」
「はい、もうすぐ17になりますが、まだ16です」
「そうか……」
俺の年がなんか関係あるのか? まさか徴兵か?
アンリエッタさんと離れて徴兵とか困るんだけど。
ただならぬ雰囲気に思考が良くない方向へと沈んでいく。
「お待たせしてすみません」
母さんが居間にやってきたようだ。
母さんは実は体があまり丈夫じゃない、だから基本部屋で寝てる事が多いんだ。この多産な時代に、我が家に子が俺しかいないのはそれが原因だと思う。父さんが昔、小さい声でボツりと呟いていたのを覚えている。
「結婚式以来ですな奥方、急な訪問許されよ」
「お久しぶりですベルガー様。本日は遠いところまで、ようこそおいで下さりました」
ふぅ。
会話の途中にため息をつくベルガーさん、マナーの点からもありえないその行動が俺達の不安を増大させる。
「突然来て、突然こんな話をするのは心苦しいが……」
「──我が友アドリアンが亡くなった」
衝撃の内容に静寂が訪れ、この部屋を支配する。
誰も話せない。
誰も動けない。
あの父さんが?
俺が勝ったら顔をクシャクシャにして喜んでくれたあの父が?
……死んだ?
何言ってんだコイツ、そんな訳があるか。父さんは城館に勤めてるんだぞ? どうやったら死ぬって言うんだよ。
ゴトリ。
静寂を打ち払うかの様に、突然に響く重厚な金属音。
「坊主、坊主よ、すまんなぁ」
あの剛毅なベルガーさんが泣いている。
「これを持って帰ってくるのが精一杯だった。受け取ってやってくれんか」
そう言ってテーブルの上に置かれた、父さんが身に付けていた剣とガントレット。
その品々を見て俺は理解した。
父さんはもうこの世にいないのだと、だって騎士が剣を手放すはずがなかったから。
すすり泣く母さんの声、声無く落涙する最愛の女性、父さんに一体何があったのか聞くのは俺の役目だ。そうだよな? 父さん、俺は男だから……。
『フェリクス荷物はお前が持つんだぞ? 男だからな』
『フェリクス! さすが俺の自慢の息子だ』
走馬灯の様に次々と脳裏に浮かんでは消えていく父との情景に、自然と目頭が熱くなり頬を涙が伝う。
「父さんに何があったんですか」
「俺達の敵は人でもあるが魔物でもある。それは知ってるな?」
「はい」
この世界は、剣と魔法と魔物が跋扈する世界なのは知っていた。父さんが長い間守ってきたお陰なのかはわからないが、コンスタンツェ騎士爵領ではただの一度も遭遇すらした事がない魔物。
「ある集落から救援の要請があってな、騎士に従騎士、衛兵の一団で救援に向かうことになったのさ」
「──最初は順調だったんだ。この任務はもうすぐ終わる。皆がそう思った矢先にあいつが現れた」
余程悔しかったのか、ベルガーさんは歯が割れてしまいそうなほど奥歯を強く噛み締め、怒りに身を震わせている。
「あいつって?」
「全身が真っ黒なオーガだ。あんな真っ黒な魔物は初めて見た。突然変異種かもしれん」
「それで?」
「黒オーガはバカみたいに強くてな。あいつが現れた途端、森の側にあったその集落は地獄に早変わりだ。あいつが武器を振るうたび村人は当然ながら、衛兵や従騎士までもがボロクズの様にされちまう。悔しいが撤退するしかなかったんだ」
テーブルをドンと叩き、口惜しさと無念さを顔に浮かべていた。
「アドリアンは良い奴でな。負傷者を寝かせてた、村で一番大きな建物を守るため最後まで勇敢に戦った」
「あんたは何をしてたんだよ!」
言いたい事はわかる。
でも、他の騎士や従騎士は何をしてたんだ? 父さんにだけ危険な役目をやらせたのか? 理不尽に頭へカッと血が上り、ベルガーさんに掴み掛かってしまう。
「俺は、村人を逃すために村門で魔物を食い止めていたんだ」
掴み掛かる若造の手を払うでもなく、なすがままにベルガーさんが続ける。
「黒オーガのせいで近隣の魔物も半狂乱になっていたからな。恐らく人も魔物も、アイツから逃げるのに必死で、たまたま逃げる方向が同じだったのさ」
「父さん……」
「村人が雪崩こむ門に、魔物を通すわけにも行かんだろうが!」
ベルガーさんを掴んでいた手をそっと離す。腹立たしいがその通りだったから、父さんが逆の立場であってもそうしただろう。
ただ理解は出来ても納得なんて出来やしない。
亡くなったのは俺の父さんなんだ。
それからしばらくしてベルガーさんは帰って行った。
あの優しくて大きな父さんはもういない。
前世は三十数年生きたし今世もそこそこ生きている。でも俺は人の人生を背負ったことがない。今思えば一人で好きな様に生きて、勝手に人生を悟った気でいただけなんだ。
一家の大黒柱が、精神的支柱が失われると言うことが、一体どういう結末を辿る事になるかをまるでわかっていなかったんだ。
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