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玉座の間。両陛下とドランを前にして、セチアはただただ俯いていた。
何も発さない妹に代わり、ランジアが口を開く。
「陛下、セチアはこのように反省しております。この国が豊かになったのも、もとはセチアが見つけ、たっ――」
セチアの名前に反応するかのように、再びお守りが妖しく光る。
すると、ランジアが呻き声を上げ、突如胸をおさえて床に倒れ込んだ。
「姉様? ランジア姉様ッ!」
セチアが慌てて屈むと、駆け寄ってきたドランに押し退けられる。
「どいてくれ! ランジア? 胸が苦しいのか? セチア、医者を呼ん――…えっ?」
ランジアが突然起き上がり、四つん這いになった。
騒然とした玉座の間が、静まり返る。
ランジアが上半身を起こす。隣国で発見されたゴリラを思わせる動きで。
「ウホッ」
「……ランジ…………ア?」
ドランは、口をポカンと開けた。玉座に着く両陛下も事態を呑み込めていないのか、目を丸くしている。
「ウホッウホホ」
ドレス姿の彼女は、手足を使って玉座の間を駆け回る。自身の胸元をドコドコと叩き、ウホウホと声を上げた。
玉座の間にランジアの鳴き声だけが響くなか、やって来た男が一人。
「陛下、突然申し訳ございません。ご報告したいこと、が――……何事だ? あの聖女様がはしたなく走り回るとは」
「スプルス宰相閣下!」
我に返ったドランが混乱のまま彼に近づく。
「ランジアが何者かの呪――うほ」
「殿下?」
宰相は首を傾げる。
「ウホホ」
ランジアを追うように、ドランが四つ這いで走り出す。
気づけば国王夫妻も、護衛の騎士たちもウホウホと室内を走り回る始末。
異様な空間に取り残されたセチアと宰相が見つめ合う。
間もなくして、宰相の体もぐらりと揺れた。セチアが、まさかと思って彼に駆け寄ると――
「くっ、あははっ! こうも条件通りに動くとは! 愚かだなぁ聖女よ。面白いものが見れた、満足だ。なぁ」
いつの間にか宰相の背後に現れた男。セチアの記憶が正しければ、彼は間違いなくランジアの従者だった。
――なぜ宰相様と……それに姉様はなぜウホウホと?
セチアの頭は疑問が尽きないどころか、思考を放棄しつつある。
「ふっ。左様でございますね。私としてはお命を頂戴――あぁ、セチア様。こちらを」
彼に手渡されたのは、分厚い紙の束。困惑のまま、ペラペラと捲る。
自身の無実を示す証拠にセチアが驚き顔を上げると、見覚えのある胡散臭い笑顔があった。
「お気に召しましたか? せっかくですし、奴らを大衆に晒したあと、処刑でも」
「お前は物騒だな。魔物であるから殺す、そんな愚かな人間と同じになるつもりか? なぁ、セチア」
言って、宰相はセチアの頭に手を乗せる。
――まさか……そんな。姉様の結界から出られるはずが……。
「ルクド、様?」
「あぁ。どうだ? 愉快だろう?」
「えっと、その。笑っていいのかわからない…複雑な、心境です」
「そうか。三日ほどこのままだから、よろしく頼む」
「三日も!」
ウホウホと自由に駆け回る人々を眺め、何ともいえない表情のまま続ける。
「これはルクド様が?」
「お守りに細工をしてな。呪えるか試した。王妃は君を最後まで信じていたようだから、見逃そうと思ったんだが、この部屋にいるのが条件だ。悪いことをしたな」
疲れてしまったのか、床に転がる王妃を見ながらルクドは言った。
「あの、なぜゴリラなのでしょう?」
尤もな疑問を突きつけるセチア。
「怪我をさせるのはダメ、殺すのは論外。そこで多数決をとってな。聖女さんを動物にするなら何が良いと。……ゴリラだった」
「…………なるほど」
セチアは言いながら、全く納得できなかった。
「さて、満足したし帰るか。部屋に入れないのを怪しまれるのも面倒だ」
セチアは、帰ろうとするルクドを慌てて呼び止める。
「ルクド様!」
「あとは頼んだぞセチア。君には、ここに大勢の人を呼ぶという役目がある。俺もあの城の皆も、聖女と勇者は大嫌いだ。無論、仲間を泣かせる奴もっ……と」
後ろから抱きついてきたセチアを一瞥し、ルクドは困り顔で頭を掻いた。
「私の居場所のために、ありがとうございます」
「どーいたいまして。……さてセチア、帰れないんだが?」
「……私は、魔王様の臣下です」
「どうしても譲らないと。なら、命を下そう。人として生き、我々のために魔石の廃棄量を減らすため尽力してくれ」
「もちろんです! ですが魔王領にも行きます!」
「は? 君は、人間だ。それがどれほど危険なことか理解できるだろ?」
「では、私を悪者にしたくなければ攫ってください!」
「なぜそうなる!」
焦るルクドを、ギィが笑う。
「今度こそ誘拐ですね。ルクド様?」
「無茶言うな。下手すりゃこの国を敵に――」
「お願いします。一緒に過ごして、私の居場所はあそこだって思ったんです。もちろんポリアンサスでも研究を続けます! 私、あの地を緑でいっぱいにしたいんです。それで、ルクド様とずっとふぐっ!」
顔を赤らめて言うセチアの口を、ルクドが手で塞ぐ。
「……わかった。お前さんも物好きだな」
輝きを増した大きな目を見下ろしながら、ルクドは付け足した。
「ただし、条件がある。人間に化けた俺を一年以内に見つけたら、臣下にしてやろう。俺の下に就きたいのなら、それくらいできてもらわなきゃな」
ルクドはセチアの拘束をあっさり振り解き、右手をひらひらと振って姿を消した。
「え?」
ギィは唖然とする彼女の肩を、慰めるように叩く。
「あの、そのままギィさんが私も連れて行ってくれたりは……」
「追い返されると思いますよ。貴方が一人であの領へやって来たとしても。それに、約束を守る御方なのは、この一年でよーくご存知でしょう?」
「っ! はい!」
セチアは力強く頷いた。
「セチア様なら見つけられます。ルクド様は、どう足掻こうと魔族ですから」
ギィは言って、転移魔法で姿を消す。
ウホウホとうるさい異様な空間で、セチアは次の一手を考える。
――姉様にお守りを貰って探す? でも、それは私の力の証明にならない。なら考えるんだ。これからどう動くのが正解か。彼が人間に化ける理由と利点を。
何も発さない妹に代わり、ランジアが口を開く。
「陛下、セチアはこのように反省しております。この国が豊かになったのも、もとはセチアが見つけ、たっ――」
セチアの名前に反応するかのように、再びお守りが妖しく光る。
すると、ランジアが呻き声を上げ、突如胸をおさえて床に倒れ込んだ。
「姉様? ランジア姉様ッ!」
セチアが慌てて屈むと、駆け寄ってきたドランに押し退けられる。
「どいてくれ! ランジア? 胸が苦しいのか? セチア、医者を呼ん――…えっ?」
ランジアが突然起き上がり、四つん這いになった。
騒然とした玉座の間が、静まり返る。
ランジアが上半身を起こす。隣国で発見されたゴリラを思わせる動きで。
「ウホッ」
「……ランジ…………ア?」
ドランは、口をポカンと開けた。玉座に着く両陛下も事態を呑み込めていないのか、目を丸くしている。
「ウホッウホホ」
ドレス姿の彼女は、手足を使って玉座の間を駆け回る。自身の胸元をドコドコと叩き、ウホウホと声を上げた。
玉座の間にランジアの鳴き声だけが響くなか、やって来た男が一人。
「陛下、突然申し訳ございません。ご報告したいこと、が――……何事だ? あの聖女様がはしたなく走り回るとは」
「スプルス宰相閣下!」
我に返ったドランが混乱のまま彼に近づく。
「ランジアが何者かの呪――うほ」
「殿下?」
宰相は首を傾げる。
「ウホホ」
ランジアを追うように、ドランが四つ這いで走り出す。
気づけば国王夫妻も、護衛の騎士たちもウホウホと室内を走り回る始末。
異様な空間に取り残されたセチアと宰相が見つめ合う。
間もなくして、宰相の体もぐらりと揺れた。セチアが、まさかと思って彼に駆け寄ると――
「くっ、あははっ! こうも条件通りに動くとは! 愚かだなぁ聖女よ。面白いものが見れた、満足だ。なぁ」
いつの間にか宰相の背後に現れた男。セチアの記憶が正しければ、彼は間違いなくランジアの従者だった。
――なぜ宰相様と……それに姉様はなぜウホウホと?
セチアの頭は疑問が尽きないどころか、思考を放棄しつつある。
「ふっ。左様でございますね。私としてはお命を頂戴――あぁ、セチア様。こちらを」
彼に手渡されたのは、分厚い紙の束。困惑のまま、ペラペラと捲る。
自身の無実を示す証拠にセチアが驚き顔を上げると、見覚えのある胡散臭い笑顔があった。
「お気に召しましたか? せっかくですし、奴らを大衆に晒したあと、処刑でも」
「お前は物騒だな。魔物であるから殺す、そんな愚かな人間と同じになるつもりか? なぁ、セチア」
言って、宰相はセチアの頭に手を乗せる。
――まさか……そんな。姉様の結界から出られるはずが……。
「ルクド、様?」
「あぁ。どうだ? 愉快だろう?」
「えっと、その。笑っていいのかわからない…複雑な、心境です」
「そうか。三日ほどこのままだから、よろしく頼む」
「三日も!」
ウホウホと自由に駆け回る人々を眺め、何ともいえない表情のまま続ける。
「これはルクド様が?」
「お守りに細工をしてな。呪えるか試した。王妃は君を最後まで信じていたようだから、見逃そうと思ったんだが、この部屋にいるのが条件だ。悪いことをしたな」
疲れてしまったのか、床に転がる王妃を見ながらルクドは言った。
「あの、なぜゴリラなのでしょう?」
尤もな疑問を突きつけるセチア。
「怪我をさせるのはダメ、殺すのは論外。そこで多数決をとってな。聖女さんを動物にするなら何が良いと。……ゴリラだった」
「…………なるほど」
セチアは言いながら、全く納得できなかった。
「さて、満足したし帰るか。部屋に入れないのを怪しまれるのも面倒だ」
セチアは、帰ろうとするルクドを慌てて呼び止める。
「ルクド様!」
「あとは頼んだぞセチア。君には、ここに大勢の人を呼ぶという役目がある。俺もあの城の皆も、聖女と勇者は大嫌いだ。無論、仲間を泣かせる奴もっ……と」
後ろから抱きついてきたセチアを一瞥し、ルクドは困り顔で頭を掻いた。
「私の居場所のために、ありがとうございます」
「どーいたいまして。……さてセチア、帰れないんだが?」
「……私は、魔王様の臣下です」
「どうしても譲らないと。なら、命を下そう。人として生き、我々のために魔石の廃棄量を減らすため尽力してくれ」
「もちろんです! ですが魔王領にも行きます!」
「は? 君は、人間だ。それがどれほど危険なことか理解できるだろ?」
「では、私を悪者にしたくなければ攫ってください!」
「なぜそうなる!」
焦るルクドを、ギィが笑う。
「今度こそ誘拐ですね。ルクド様?」
「無茶言うな。下手すりゃこの国を敵に――」
「お願いします。一緒に過ごして、私の居場所はあそこだって思ったんです。もちろんポリアンサスでも研究を続けます! 私、あの地を緑でいっぱいにしたいんです。それで、ルクド様とずっとふぐっ!」
顔を赤らめて言うセチアの口を、ルクドが手で塞ぐ。
「……わかった。お前さんも物好きだな」
輝きを増した大きな目を見下ろしながら、ルクドは付け足した。
「ただし、条件がある。人間に化けた俺を一年以内に見つけたら、臣下にしてやろう。俺の下に就きたいのなら、それくらいできてもらわなきゃな」
ルクドはセチアの拘束をあっさり振り解き、右手をひらひらと振って姿を消した。
「え?」
ギィは唖然とする彼女の肩を、慰めるように叩く。
「あの、そのままギィさんが私も連れて行ってくれたりは……」
「追い返されると思いますよ。貴方が一人であの領へやって来たとしても。それに、約束を守る御方なのは、この一年でよーくご存知でしょう?」
「っ! はい!」
セチアは力強く頷いた。
「セチア様なら見つけられます。ルクド様は、どう足掻こうと魔族ですから」
ギィは言って、転移魔法で姿を消す。
ウホウホとうるさい異様な空間で、セチアは次の一手を考える。
――姉様にお守りを貰って探す? でも、それは私の力の証明にならない。なら考えるんだ。これからどう動くのが正解か。彼が人間に化ける理由と利点を。
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