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第九章 鬼起つ

49 バトルフォーメーション

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 衝突すると思った瞬間、飛行形態のH・F・Mの先端がリビングの窓を割って入ってきた。が、ガラスは人一人が通れるだけの大きさで割れただけで、H・F・Mは後退した。
 助かったとほっとして座り込んだアマンダの手をマリアは掴んで立ち上がらせた。

「さすがバルトね。さあ、乗るわよ」
「はあ!?」

 マリアはアマンダの手を握って走り出した。

「安心して。私、これの免許持ってるから。ああ、久しぶり。血が沸き肉が踊る!」

 化粧品の会社の常務とは思えないような言葉だった。
 窓から出たアマンダは彼女に手を引かれてH・F・Mの操縦席の下まで来た。

「バルト、このお嬢さんも乗せるわよ」
『かしこまりました。後部座席へどうぞ』

 男性の機械音にアマンダは驚きつつ、降りて来た梯子に足を掛けた。こうしなければここから逃れられないのだ。
 二つ縦に並んだ座席の後ろに座ると、すぐにマリアも前に座った。キャノピーが下り自動的に上からヘルメットが頭にかぶさり、身体を強力なシートベルトが締め付けた。さらにズボンの裾の部分に自動的にホースがつなげられた。

「何が起きても驚かないで。バルト、チェーンジ! バトルフォーメーション!」

 まるで子ども向けのアニメ番組のように前の席に座るマリアは叫んだ。
 その瞬間、移動遊園地のジェットコースターどころではない回転が起きた。強い力がかかって悲鳴もあげられなかった。

「歩行形態に変形してるからちょっと回転するけど我慢して」

 マリアの説明など聞いていられなかった。アマンダは混乱した。足を動かしたくても動かせないのだ。
 だが、それはわずか二秒のことだった。飛行形態のH・F・M、BR-02型バルトは人型歩行形態となった。
 軍大学の実習用として白を基調とし赤と青に塗り分けられた高さ20メートルの機体は、子どもの玩具のように見えないこともなかった。地元の人々の協力に感謝する飛行祭の時の展示で子ども達の興味を引くための配色だと言われている。頭部はどこか地球の古代ギリシア彫刻を思わせる顔で、現在主流になっているゴリラ型の頭部よりも人々の好感を得やすかった。プロポーションも人で言えば約七頭身で理想的な体形に見えないこともなかった。
 だが、内部にいるアマンダにはまったくこのH・F・Mの姿形は見えない。
 天地が通常に戻りアマンダははあっとと大きく息をした。
 マリアは落ち着いていた。

「やっと来たか、警備兵」

 マリアの座る前の座席の背に幾つかのスクリーンが現れた。外を見るモニターらしかった。小さく近衛兵が映っていた。彼らは銃を構えていた。アマンダは身をすくめた。

「兵士の銃は装甲が厚いから心配いらない。歩くから少し揺れるよ」

 マリアにとっては少しだった。アマンダにとっては地震だった。ドンという足音がするたびに身体が揺れた。シートベルトが無ければキャノピーに頭をぶつけていた。
 モニターに映る小さな兵士の銃はバルトにかすり傷も与えられなかった。だが、銃弾を撥ね返すたびにわずかに小さく揺れた。
 大小の揺れに気分が悪くなりそうだったが堪えた。

「門が見える?」
「はい」

 正面を映すモニターに東門が見えた。

「この門を壊せば宮殿の外だ」

 門の前に兵士らが銃を構えて並んでいた。
 マリアはスピーカー用のマイクに切り替えた。

「兵士諸君! 門から離れろ! これより攻撃する。銃は効かない。命を無駄にするな!」

 幾人かの兵士が門から離れた。だが、リーダー格らしい兵士は門の前から動かなかった。

「そうか、そのつもりなら遠慮はしない!」

 マリアは右腕を伸ばした。その動きに連動してバルトの右腕が金属でできた門扉を直撃した。

「え!?」

 門はいともたやすく破壊され、金属の破片が宮殿の前を通る道路に散っていた。危険を察知した兵士らは逃げたが遅れた兵士は金属片の直撃を受けて倒れた。倒れた兵を仲間が門から少しでも離そうと引きずっていく。

「あと一発!」

 左腕が門を完全に破壊した。驚異的な力だった。昨夜イネスは20年以上前のもので廃番だと言っていた。だが、今もこうして使えるとは。アマンダは圧倒的な力を持つマシンを使えるマリアもさることながらサカリアスもまたただの兵士ではないのだと実感した。

「行くよ」

 マリアの声と同時にバルトは門の瓦礫を越えて宮殿の外に出た。

「どこへ行くんですか」
「ビダル公爵邸」
「警護が厳しいのではありませんか」
「そうでもないよ。真ん中のモニター見て。右が公爵邸」

 モニターを見たアマンダはあまりの近さに驚いた。距離も表示されていた。400メートル。ピラル・ビーベスの授業を思い出した。教科書の通りに、首都の一区には宮殿や公爵邸があった。さらに驚いたことには公爵邸の周辺では銃撃戦が行われていた。

「大変です! 早く殿下を助けに行かなきゃ」
「大丈夫」

 何が大丈夫かわからない。よく見ると大型の火器が屋敷に向けて据え付けられている。

「あんなところにロケット砲みたいなのが」
「みたいじゃないよ。ロケット砲。だけどよく見て。そばにいるのは兵士じゃないよ。あれはヤクザ」

 アマンダはモニターを凝視した。すると連動してロケット砲の傍に立つ男が大きく見えた。兵士のような武装をせず、シャツの上に防弾チョッキをつけ、ヘルメットはバイク用だった。

「ありがたいことに、ヤクザの兄さんたちが警備の兵士を襲ってくれてる。あいつらの最終的な標的は殿下。大方朝早くに襲えばうまくいくと思ってるんだろうけど、お生憎様、ビダル奉公会の方が先に動いてるんだよ」
「ヤクザって、まさか白竜会」
「ご名答。フラビオ殿下は先手を打ったつもりだろうけど、そうはさせるか」

 公爵邸に100メートルまで近づくとマリアは叫んだ。

「兵士諸君、並びに白竜会とその傘下の組織の三下諸君、これより攻撃する。犬死したくなかったら、さっさと逃げろ!」

 H・F・Mから発せられる声に兵士は何を思ったのか、歓声を上げた。

「こいつら、馬鹿だな」

 マリアは外に向けて叫んだ。

「兵士諸君、このマシンは諸君の味方ではない」

 言い終えると同時にマシンの右手の中指から兵士たちの足元に火花が飛んだ。
 兵士らは動揺し互いに顔を見合わせた。
 ヤクザの方が対処が早かった。彼らはロケット砲をこちらに向けた。

「さすがは白竜会だ」

 マリアはロケット砲に照準を合わせた。

「一発お見舞いするか」

 H・F・Mの顔に当たる部分の額が光った。額から放たれた青いビームはロケット砲に命中し、砲弾が爆発した。周囲にいたヤクザ三名は爆発に巻き込まれ即死した。20メートル以内にいた他のヤクザや兵士たちも爆風で吹き飛んだ。ロケット砲のかけらを受け血まみれで倒れている者も一人二人ではなかった。
 アマンダはひどいと叫ぼうとしたが、「ひ」としか言えなかった。
 これはアマンダとサカリアスが原因なのだ。二人を助けるためにマリアがやったことなのだから。この先出る死者もまた、アマンダとサカリアスに責任がある。
 この死者の家族から恨まれ銃口を向けられても文句は言えないのだ。人の命を奪うということはそういうことだ。
 彼らの魂に安らぎあれ、アマンダは心の中で祈ろうとしたが、そんな暇はなかった。
 突然、座席が右側に回転しちょうどマリアと背中合わせになったのだ。正面にモニターがいくつも現れたが、アマンダには何を意味するものか、わからなかった。
 人工頭脳の音声が穏やかな声で教えてくれた。

『戦闘モードです。後部座席のお嬢さん、あなたも戦っていただきます。レーザーの照準は私が合わせますので、あなたはこのスイッチが赤く光ったら押してください』
「そんなこと……」
『大丈夫、私を信じてください』

 人工頭脳に信じてくださいと言われるとは思わなかった。

「わかった」

 すべては謹慎中のサカリアスを助けるためだ。

『それでは開始します』

 その声と同時に右手の前に床から伸びた棒の先端の丸いスイッチの中央部が赤く光った。反射的に押した、

『命中です』

 モニターの一つに爆発する車の映像が映し出された。

『初めてにしては上出来です』
 
 まるでゲームだった。これは本当に命のやり取りなのだろうか。
 迷う間もなく光った。押した。今度は上空を低空で飛ぶヘリコプターが落ちた。
 怖いと思った。

『お見事。あれは偵察用ヘリコプターです』

 一方、前を向いているマリアも額からのビームや指からの発砲でヤクザや兵士たちを倒しながら前進した。近衛隊の兵士はわめきながら本部に連絡を入れていた。
 H・F・Mバルトの前と後ろには兵士やヤクザが倒れ、装甲車やヘリコプターが燃えていた。
 長い100メートルを進み門の前に立つと門扉が開いた。

「マリア・ラーデマケルス、ルシエンテス子爵令嬢をお連れ申し上げました」
 
 マリアの声に屋敷の扉が開いた。だが、アマンダは背後の敵を倒すのに必死だった。スイッチがひっきりなしに赤くなるのだ。
 が、やがてスイッチが付かなくなった。もう誰もいない。

『敵は5キロ四方には見当たりません』

 だが、いずれまたやって来るのだろう。そうなったらまた赤い光を押さなければならない。
 座席が元の位置に戻った。座席の位置が急に低くなった。マシンが跪いたのだ。
 ヘルメットが自動的に外されキャノピーが開いた。爽やかな朝の空気のつもりで吸い込んだアマンダは煙と血の匂いに愕然とした。
 マリアが立ち上がった。

「それでは、お嬢様、私はこれで失礼します。またどこかでお会いしましょう」
「ありがとう。またお会いしましょう」

 また会えるのだろうか。アマンダにはわからなかった。それでもそう言わずにはいられなかった。
 マリアはマシンの手のひらの上に降りた。手はゆっくりと地面に近づきマリアは地面を踏んだ。シートベルトに縛られているアマンダにはその光景は見えなかった。
 再び手があげられる気配がした。

「あっ!」

 赤い髪が見えた。アマンダは泣きたくなった。

「昨夜は眠れたか」
「はい」
「食事は?」
「まだです」
「よかった。吐いて窒息すると大変だからな」
「殿下は眠れましたか」
「ああ。夢を見た」
「夢?」
「話すと実現しなくなるというからいつか話そう。生きていれば話せる日が来る」
「はい」
「さて、それでは朝食を食べに行こう」

 サカリアスは前の座席に座った。キャノピーが閉じヘルメットが降りて来た。モニターが表示される。
 アマンダは胸がいっぱいになった。やっと二人になれた。

「バルト、私を覚えているな」
『はい。ビダル公爵様。サカリアス様でよろしいですか』
「ああ。よろしく頼む。もし危険になったら後部座席の令嬢を優先しろ」
『かしこまりました』

 危険と背中合わせの旅が始まるのだ。

「アマンダ、変形する。Gがかかるから尻と足に力を入れて筋肉を緊張させるんだ」

 筋肉の緊張状態がどんなものかわからないが、言われた通りにお尻と足に力を入れた。

「チェーンジ! ファイターモード!」

 何故変形の時に大声で叫ぶのかしらとアマンダは思ったが、すぐに座席が回転したのでお尻と足に意識を向けた。
 H・F・Mバルトは器用に腕や足を折りたたんで戦闘機に変形すると垂直に上昇した。

「アマンダ、行くぞ、宇宙の果てまでも!」

 戦闘機モードのバルトは朝日を背中に負って首都上空を音速で駆け抜けた。



 早朝の一連の出来事の報告を受けた皇帝は眉一つ動かさなかった。
 だが、アマンダの乗ったH・F・Mによる犠牲者数を聞くと、急に笑い出した。

「朕の目に狂いはなかった。まこと、朕の娘であればのう」

 近衛司令官は相槌を打ってよいものか悩んだ末、報告を淡々と伝えるにとどめた。




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