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「しー、ない、ない、ない」 
涙でぐしゃぐしゃになったシファラの顔を柔らかいタオルで拭きながら、
ミーナはリュートたち一家が待つリビングへ入った。
ぐしゃぐしゃに泣く前は汚れを落として、ピンクのドレスを着たお姫様のようだったのだが、軽く食べた食事がよくなかったようだ。
初めて食べたサンドウィッチがいけないわけではない。それは目を輝かせて食べていた。原因は紅茶だ。熱い飲み物に慣れていなかったため、口をヤケドしてしまったのだ。
薬を塗ったが、ご機嫌は直らず、こんな初対面になってしまった。

「まぁ、そんなに泣いて。こっちへいらっしゃい」
侯爵夫人マディアは、ミーナから、シファラを受け取る。
横には緊張した風情の嫡男トルドがいる。
「しー、ない、ない、かゆる」
「シファラ、あなたのおうちはここよ。
帰ってきてくれてうれしいわ」
そう言いながら、シファラの涙を拭う。
マディアは鮮やかなピンクの髪に赤い瞳の美人だ。
リュートは青系の髪と瞳なので、対照的だ。
「しー、しーない」
「あら、シファラちゃん、名前が嫌だったの?」
「しー、ない」
「シファラちゃん、大丈夫よ。ここで楽しく暮らしましょう」
やっと泣き止んだシファラはマディアをじっと見つめた。
姿勢を変えて抱きつくと、
「しー、ない」
その声はか弱かった。
マディアがぎゅっと抱きしめて、
「シファラちゃん、私の娘になりなさい」
凛とした声で言った。

「シファラ、お前のお兄ちゃんだぞ。トルドって言うんだ」
シファラはマディアの腕の中から、顔を向けた。
「しー、しやにゃい」
泣き止んだシファラは、また泣き始めた。
「トルド、ゆっくりね。シーちゃんは、10年も閉じ込められて生き抜いてきたのだから」
トルドにもわかりそうなことは伝えてある。けれど、まだ12歳になったばかりのリュートとマディアの愛息子であるトルドがシファラの生い立ちを理解するのは難しいと思っていた。

しかし、とマディアは思う。
この子は、可愛い。普通の可愛さじゃない。
銀髪に金の瞳。
まだ10歳なのに、人を魅惑する。
だからこそ、自分がしっかり育てたいと、マディアは誓った。


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