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二章
07
しおりを挟むだが、ここ最近は以前に増して憎たらしい男になった。
「まあ興味無いんですけど」
ほらみろこれだ。
生意気である。イサクが意味深に視線を向けると、飄々と交わして書類を突き出す。
「貴方、夜になると仕事できないんですから、今働かないでどうするんです? 考え事もいいですけど、手動かしてもらわなきゃ俺が困るんですよ」
どうして自分の周りには口煩い者が多いのか。
イサクは仕事を捌きながら考えた。心が癒される場所がどこにも無い。
部屋の隅に置かれた魔石が目に入る。
それはアダムに贈るための魔石だった。倒れた自分を介抱するために、たくさんの魔石を使ったに違いない。
帝国は鉱山をいくつも所有しており、質のいい魔石や鉱石が採掘できる。それだけでなく、一度使いきった魔石に再び魔力をこめる魔術式も生み出した。おかげで馬鹿みたいに魔石を採掘する必要がなくなった。現在は、魔術を組み込み再利用可能な魔石を輸出して利益を得ている。
だが、アダムは魔石に魔力を注ぐことが出来ない。アルファやベータと違い、オメガの魔力は極僅かなのだから。
仮に無理して魔力を注げば命に関わる。
だからアダム達オメガは、常に使い捨ての魔石を用いて生活しているのだ。イサクに使用した魔石分を考えると痛い出費だろう。
早くお返しに魔石を渡したいが、なんせ忙しくて時間がない。イサクとて人の姿で会うべきだとは思っている。
だが、
「駄目ですよ」
イサクの視線を遮ってノエが大量の書類を机に置いた。
「例の方に会う前にこの仕事を片してください」
「分かっている」
「だったらそんな行きたそうな目をしないでくれます? 忙しすぎて狼の手も借りたいぐらいなんですから」
そんな目とはどんな目だ。そもそも狼の手とはなんだ。皮肉か?
イサクは再び書類を読みながら舌を打った。
近いうちに南の国、ソワルフ王国との会談が控えている。当初の予定では、王国からやってくるのは外交官だけのはずだった。それが急にどうしてか、外務大臣まで着いてくるというのだ。
おかげでイサクの仕事は増えた。なんせ、外務大臣はソワルフ王国の三大権力の一人、ブロイル侯だ。
噂では、冷酷無比と恐れられていた前当主と違い、ブロイル侯は大変温和な性格をしているらしい。お貴族様の言葉を正しく訳すと、腑抜けと言われているのだ。
果たして今回の会談で得るものはあるのか。
なんせ、相手国は未だにオメガへの性差別が酷く、階級を重んじている。帝国はバース性による差別もなければ、身分によっての差別もない。
現に宰相に就いているイサクがそうだ。今は公爵を名乗っているが、元は貧民街で暮らしていた。
当然、揉めることもあったが、帝国は代々秀でた者にはチャンスを与え、そうして発展してきた。よって呪われようともイサクは宰相のままだ。
そんな価値観の合わない国同士の話し合い。拗れないわけがない。
ソワルフ王国は帝国で活用される魔道具の技術が欲しいのだろう。
魔石を用いた魔道具の開発は盛んで、今じゃこの国ではどこでも見かける物だ。だが、他国ではその限りではない。帝国は魔道具や魔術に関しては抜きん出て発展している。土地も広く作物も安定して収穫できていた。
あやかりたいと思う国は多い。
一方帝国は、関税の緩和と特産品である柑橘類を望んでいた。
だからといって、どうしても欲しいわけではない。関税が緩和されれば商人が盛んに活動しやすくなるし、柑橘類の食品はまだまだ目新しくて貴族が好む。
あったら嬉しいがなくてもいい。その程度だ。
イサクは陽が沈む前に何とか仕事を終えた。そして、帰ろうとするノエを引き止めると、傍らで手紙を書く。
「俺が変身したら、そこの魔石をこの鞄に入れろ。そして、俺に背負わせろ」
「えっ」
イサクが指示すると次の瞬間には狼になっていた。
四足で遥か上のノエを見上げる。ぱちくりと目を瞬く部下の足を前足でパンチした。
『何を惚けている。早くしろ』
「ああ、早くしろって言ってるんですかね。はいはい、狼の姿でも偉そうなんだよなあ」
イサクの言葉を正しく理解したノエは、背負う形の鞄に魔石を入れる。そして、イサクの前足を輪っかの部分に潜らせて、背中に背負わせた。
「ぶふっ」
立派な体躯をしたイケてる狼が、子供用の背負う鞄をしょっているのだ。
その不釣り合いな絵面にノエは肩を震わせている。イサクは目を眇めると、太い尻尾で思い切り脛を叩いてやった。
そして椅子に乗り机の上にある手紙を咥える。
準備が整ったイサクは、ふんっと鼻息荒く部屋を出ていった。
可愛い主が消えた部屋にはしばらくの間、愉快な笑い声が響いていたらしい。
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