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2章
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しおりを挟む「聞いたぞ、桜貴妃とやり合ったらしいではないか?」
夜、寝所にやってきた愁蓮が酒を飲みながら問うてきたので、紅凛はうんざりした顔を隠そうともせず、大きな舐め息をこぼす。
「誰に聞いたのです?・・・李昭ですか?」
探るように彼の顔色を睨め付けながら、その隣に腰をかけると、彼は肯定も否定もせずに、ただクスっと笑って紅凛の頭をゆったりと梳いた。
それ自体が肯定の意なのだ。
「ならば薬の事も・・・知っていらっしゃるのね?」
今まで彼が知っているのかどうなのか分からなかったから、あえてこの話を問う事はしなかったけれど、こんな些細な事が伝わっているのなら、彼の耳に入っていないなどとありえない。
問題は、どこまで入っているのか・・・あの医者が良心に負けて話してしまってはいないだろうか?紅凛はそれを心配していた。
「聞いているよ。しかしなかなか確たる証拠がつかめなくてな。結局犯人には行き着けなかった。すまない。しかし桜貴妃・・・彼女達が紅凛に薬を盛る利点はないだろう?」
どうやら愁蓮は、この薬の首謀者を桜貴妃達の仕業だとは考え辛いと思っているらしい。
皇帝の寵愛を受ける側室と、はなから皇子を育てる事を役目に存在する彼女達では、立場が違うだろう?
どうやら彼の考え方はそう言う考え方らしく・・・紅凛はどこから説明したらいいのだろうかと頭を抱えたくなる。
「王妃の座とか?」
そう首を傾ければ、愁蓮は軽く笑って「それはないよ」と言った。
「彼女達は月香を崇拝しているからな、月香が就くべきだった地位に自分が就こうなどと思うとは思えない。」
それこそが月香に対する裏切りだと彼女達は思うだろうよ?と彼は肩を竦めて酒を飲んだ。
たしかに愁蓮の考え方には一理ある。しかし紅凛にはどうも彼の考え方は甘いように感じた。
彼は、籠の鳥になった事などないから、本当の籠の鳥の鬱屈した心など分かろうはずもないのだ。
愁蓮の太腿に手を置いて、紅凛は甘い視線で彼を見上げる。
「陛下?私はこうして実際に後宮で過ごしてみてわかりましたが・・・後宮って所は本当につまらないところなのです。自分を磨き殿方を待つ。それ以外に何もないですから・。そんな所に身を置くのですからそれなりの張り合いがなければ生きていけません」
張り合い?
愁蓮の問うような視線にゆったりと微笑む。
「あるものは、安定した衣食住や美しい着物のため、あるものは、家族に送るお給金の為かもしれません。あるものは自身の名声を上げるため。
皆目の前に野心がなくてはこんなつまらないところでは生きていけません。」
そう告げれば、愁蓮は眉を寄せ首を傾ける。
「後宮とはそんなに鬱屈する所なのか?確かに女同士の付き合いは随分と心に負担を強いているとは思うが。紅凛も何か野心があるのか?」
頬を愁蓮の手が撫でる。
その手に紅凛は手を重ねると、甘えるように頬を擦り付ける。
「私の野心は、貴方様に愛される事、貴方を独り占めすることです。随分と欲張りな女でしょう?」
そう言って少し強気な視線で彼を見上げれば、一瞬だけ驚いたように息を飲んだ愁蓮が、くつくつと喉を鳴らした。
「たしかに・・・一番欲張りかもしれないな。しかし今現在それは叶っている。次にはお前はどんな野心をもつのだ?」
その問いに、紅凛は一瞬言葉に詰まる。
正直、今までそれ以上の事を考えた事が無かった。ただ考える事が山積すぎて・・・。
ただ彼のそばに居られる事が大切で・・・。
「貴方と・・・出来るだけ長くこうしている事です。いつかこの幸せが溢れていってしまうまで、なるべく長く」
言葉にしたら涙が出てきそうで・・・慌てて、愁蓮の胸に飛び込んで、彼の背に手を回すとギュウっと抱きつく。
それをどのように捉えたのだろうか、答えるように愁蓮背中をゆったり撫でて、紅凛の耳元に唇を寄せる。
「そんな日か来るとは、俺には到底思えないのだが?」
そう甘く囁かれた言葉に、紅凛は首を振る。
「人生は何があるかわかりませんから、今日貴方と一緒なら、明日も一緒にいたい。皇后になるよりも、子を持つよりも私にとってはそれが一番尊いことなのです」
顔を上げれば、愁蓮の熱い視線が紅凛を見下ろしていた。
「なんだか・・・今日の紅凛は大人だな?」
意外そうに言われて、紅凛は苦笑する。
「生意気ですか?」
10も下の娘が生意気な事を言いすぎただろうか?
そう思ったものの、見上げた彼の顔はどこか楽しそうで・・・。
「いや?魅力的だよ。また君に夢中になりそうだ」
口付けが降りて来て、寝台に押し倒される。
彼の手が怪しげに肌を撫でて・・・そして甘い快感と、熱い彼の身体を味わう時間が始まる。
少しでも長く、彼のそばにいたい。
そんな野心のために、良心を捨てることにした紅凛は、桜貴妃達よりもタチの悪い女かもしれない。
しかしもう、後戻りするつもりはない。
このまま、隠し通したまま彼と共に、少しでも長く・・・。
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