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第8章 絆
第273話 想定外
しおりを挟む「ここが国境の街?すごい賑わいなのね!」
昼過ぎには目的の街である按境に入った。
今まで通過してきた街々と比較しても、街の規模はもとより、往来する人の多さに感嘆の声を上げる。
「大国で長年の同盟国であるの碧相との国境ですから、人の往来も商業も活発です。
国内でも王都に次いで一二を争う豊かな街です。」
翠玉の反応を楽しむように、華南がクスクスと笑いながら説明してくれる。
こんなやり取りは、この旅の道中は常で、その度に翠玉は自分の世間知らずを恥じていたのだが、「こんなに新鮮に感動していただけるのなら、お連れしている甲斐があります」と2人に言われ、最近は臆する事なくありのままの感情を自然に表現している。
「なんだか雰囲気が全然違うのね~」
キョロキョロと街の様子を見渡す。
建物の様式は今まで立ち寄ってきた街々とさほど変わらないのだが、露店や往来する人々の衣装の色彩や作りなどは、どこか独特なものが多い。
「碧相の文化にも影響されているのでしょう。珍しいものも多いので、落ち着いたら少し見て歩きましょうか?」
「そうね!とりあえずやることを片付けましょう。とにかく、州官の卓家に向かえばいいのよね?」
首を傾げて、隆蒼を見る。
黙って2人のやり取りを聞いていた彼がゆっくりと頷く。
「はい、おそらく碧相からも入国許可手形が届けられている頃と思いますので、まずはそれを受け取りましょう。
宿はそれから探しても遅くはないでしょうし。」
時間は正午を少し回った頃だ。今日は随分と余裕を持って到着する事ができた。
「そうね。行きましょうか」
この後の楽しみに機嫌よく頷くと、隆蒼もわずかに口角を上げて「こちらです」と大通りを指して進んだ。
州官の卓は、何代も前から王家に仕える、官吏の名家出身で、以前は雪の下に着いていた事もあり、今回はその信頼のもとに、国境越えの仔細を任されているのだそうだ。
官吏の地方への移動は数年に1度であるため、赴任の折に公邸を与えられるのだが、尋ねた彼の邸宅もそれに漏れず、どこにでもあるような高官の公邸そのものだった。
白い塀に囲まれ、その中にただ一つある朱塗りの御門を抜けてれば、女中を名乗る老婆が出てきて、隆蒼の名を聞くなり、翠玉と華南を見比べて、気持ち華南の方に向かってかしこまったように大きく首を垂れる。
「遠路ご苦労さまでございまする。」
このような高貴な方に生きているうちにお会いできるとは、と感無量の様子で目を輝かせる彼女に、なんとも居心地の悪さを感じる。
まぁ、こうなることは度々あったので3人とも何の反応せず、受け流す。
「使者はきているか?」
隆蒼が短く問えば、老婆は訳知り顔で大きく頷く。
「おいでになっております。ご案内いたしましょう」
そう言って、3人の前を歩き出した。
公邸の中は、特に贅を尽くした様子でもなく、それでいて清潔感は保たれていて、こざっぱりとしている。国内どこの公邸でも、特段の寒冷地でない限りは、全て同じ作りで同じ建物を使って作られているのは、翠玉も知ってはいたのだが
案内された、応接の間は少し違った。
王弟の妻の来訪であることに重々配慮したのか、
調度品も上等な物ばかりが飾られて、上座が仰々しく用意されている。
「案内の者を連れて参りますゆえ、楽になさってお待ち下さいませ」それだけ言うと老婆は一礼して部屋を出て行った。
こんなに気を使わなくてもいいのに、と3人で苦笑するも、戸口に立っていても拉致が開かない。仕方なしに用意された席に着くと、すぐに先程の老婆が男を伴って入室してきた。
上座に座っている者が、華南ではなく翠玉であった事に一瞬にわかに目を見開いたが「お連れしました」と言っただけで、彼女はすぐに退室して行った。
入室してきた男は、小太りの初老の男で、男は翠玉の姿を認めるなり、深く一礼する。
「李家の家宰を努めております毛丈漢と申します。今回のご来訪につきましては、兄上様より仔細を全て任されております」
兄の家の者が使者として使わされるのだろうとは思っていたのだが、わざわざ家宰を迎えに寄越したのかと驚く。
「ありがとう丈漢、しばらくお世話になりますね」
そう微笑んで声をかけると、不意に彼が顔を上げて、その人の良さそうな顔を苦渋に歪める。
「それが、大変申し訳ない事になっておりまして」
「どうしたの?」
首を傾げると、「はい」とまた頭を垂れる。
「姫様は非公式とはいえ他国の貴賓でございます。内密にしかるべき入国手続きを取らせていただいているのですが、少々こちらの不手際がございまして、許可状の発行が遅れておりますのです。」
「不手際?」
首を傾げると、彼はさらに深く頭を下げて
お恥ずかしい話です、と前置く。
「我国は、許可状を発給する省と賓客を扱う省が違いまして、通常であれば相互に連絡を取り合って行うべきものなのですが、どうやらそこに齟齬が生まれていたらしく、折り悪く発給を決済する者が他州へ出てしまいました。
急いで追いかけて決済を済ませているのですが、それを持ってこちらまで届けるのに1週間ほどかかるのです。」
「1週間も!?」
「大変申し訳ございません!
旦那様も早急にと部下を走らせてはいるのですが我が国は土地も広うございます。隣の州への移動でも日数がかかってしまいますゆえ」
そこまで聞いて天を仰ぐ
「1週間かぁ」
「どうされます?」
後ろに控えていた、華南が、こちらを伺う。
苦笑するしかない。
「まぁ仕方ないわよね~謝らなくていいわ、丈漢には落ち度はないんだし、1週間でなんとかなるのよね?」
「必ずなんとかすると、旦那様は仰せです。」
そう言って丈漢は、懐から書状を出して、こちらに押し上げる。
中を改めると懐かしい兄の筆跡で、今丈漢から聞いた内容と同じような事と、これだから文官はと愚痴があり、しばらく按境でゆっくりしていてほしいと認められている。
「仕方ないわね。とりあえず適当に逗留先の宿をとって待ちましょう」
その間に国境の街を見て歩くのもいいかもしれないと密かに思う。
広い街だ。飽きる事はないだろう。
「あの、その事ですがこの事をこちらの当主、卓様に相談しましたら、王弟陛下の奥方をこんな街中の宿に留めるなどとおっしゃって、逗留先を確保していただいてございます」
「え?」
思わず3人で顔を見合わせる。
「なんでも、こちらの州の州宰であられるお方のご自宅だとか。私も先ほど聞いたばかりなので、この後ご一緒に向かおうかと思っております。」
本当に申し訳なさそうにそう言って、丈漢が顔を上げると、折良く応接室の扉が叩かれる。
入ってきたのは、丈漢よりも少し歳上だろう、痩せた白髪まじりの男だ。身なりで一目で官吏と分かるその男は、翠玉を認めると、恭しく礼を取る。
「卓悦考と申します。
ようこそ按境へおこしくださいました。」
臆さず朗々とした張りのある声は、流石宰相の側にいた事のある者だ。
「悦考、世話になるわね」
苦笑して言うと、彼は脇に控えていた丈漢に視線を向ける。
「お話は伺われましたでしょうか?」
「えぇ、でもここまでずっと宿だったから大丈夫よ?」
首を傾けて言うが、即座に悦考が生真面目な表情で「いえ」と首を振る。
「ここは国境の街、豊かな街ではありますが人の往来が多い分、ならず者も多くおります。そのような警備も無い所に大切な御身を預けることはできません。州宰は是非にとおうせでございますので、ご安心ください。」
有無を言わせないその言葉に、翠玉は小さく息を吐く。
州宰は貴族や代々高官の家庭の出が多いものだ。安心というよりは、息が詰まりそうなのだが。
ここまで言われたら断れない。彼等にも責任というものがあるのだ。翠玉のわがままでそれを押し通すのはいささか憚られる。
どうするのか?と伺うような護衛2人の視線が背中に刺さるようでつらい。
「では、お言葉に甘えて」
笑顔は引きつっていただろう。
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