後宮の棘

香月みまり

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第8章 絆

第274話 尻尾

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早朝に目が覚めて、冬隼は深く息を吐く。
 
習慣とは怖いもので、翠玉との打ち合いをしていた時間にどうしても、目が覚めてしまう。

仕方ない、やることはいくらでもある。

そう思い、寝室を出ると。



「どうした?」

室を出ると、すぐに膝をついている烈が目に入る。

こんな時間にめずらしい。

「何かあったな?」

問いかけると、ギラつく瞳がこちらを見上げる。


こいつがこんな目をする時は、何かが起こったという事だ。

「来い」

一声かけると、そのまま足早に執務室に入る。烈もついて入室する。


「昨夜、邸内の周りをうろついていた者を、秋に尾行させました。」

戸口に立ったままの烈は、拳を握りしめている。


「秋が、戻ってきません。代わりに香弾こうだんが使われたのを確認したしました」

その言葉を聞いて冬隼は、目を見開く。


「香弾だと?
間違いなく秋のものだったのだな?」

確認するようにそう言うと、ゆっくりと烈が頷く。

「間違いありません」


香弾は彼らの一族に伝わる秘薬だ。

彼ら全てが奥歯に隠し持っている、見た目は小さな丹薬のような袋だと、聞いた事がある。

一定の力と噛み方をしなければ潰れず、潰れたときに出る香りは、特殊な嗅覚を持つ同じ一族の者達にしか認識できない。
普段の生活の中で誤って噛むことは少ないという。

多くが、力尽きると思った時に最後の力を振り絞って噛み砕く。

それが自分の亡骸のありかを教えるためであったり、もしくは隠した物を仲間に伝えるためであったり、自分の任務の経過を伝えるためであったり様々だ。

とにかく残された仲間達に何かを伝えるために使われる。と、冬隼は聞いている。




「昨晩、秋の香弾が潰された場所を部下に確認させましたが、何もなかったそうです。
そこから秋は移動したか、させられたのか、香りが移動して行った形跡がありました。
そして香りは今わずかなものになりつつあります」


「どういうことだ?」
首をひねる。
どうやら香弾には、まだ冬隼が知らされていない性質があるらしい。

烈が頷く。その瞳は更に鋭い光を放っている。


「香弾にはもう一つ特性があります。
生きた人間が噛み砕くと唾液に混じり、流されて体内で消化されます。徐々に香りは消えるのです。
しかし、噛み砕いた後に死ぬと。
死人は唾液も出なければ消化もできません、強い匂いが残ったままになります。」

その言葉を聞いて冬隼は目を見開く。

「では秋は生きていると?」

「はい、居場所もおおよそ目星がついております」



「どこだ!?」

秋が連れ去られた場所。それはつまり、翠玉を害そうとする者の居場所である可能性が高い。

ようやく、敵の尻尾を掴めるのだ。


昭嶺宮しょうれいぐうです」

烈の口から出た言葉に、冬隼は言葉を失う。


「昭嶺宮、皇太后の宮だと?」

「はい。」

静かに頷く烈の言葉に、冬隼は考え込む。

皇太后、前皇帝の時代の最後の王妃

まさか一体

今更あの人が何をできるというのだ?


何のために?




ふと、思い出す。

見事に活けられた紫の花は、あれは偶然ではなく。



「そう、いう事か」

低くうなる。

そうであるならば、早く手を打たなければ、ならない。
秋の香りが消えてしまえば、折角見えた尻尾を逃すことになる。

それが、今後どれだけ翠玉の命を脅かすのか。

そんな事は、もう許さない。

今ここで、終わらせなければ。


「すぐに、兄上に謁見を願おう。」

「御意」
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