121 / 189
第10章 後宮
第382話 父親
しおりを挟む「翠玉殿には身重の身体でこんな所に呼び立て申し訳ない」
雪稜の執務室に案内されて、すでに室内にいた皇帝に立って礼を取ろうとすると、礼を制された。
そのまま椅子に座るよう勧められ、翠玉は落ち着かない思いで、冬隼と並んで座した。
人払いがされて、部屋には冬隼と翠玉、次兄の雪稜と皇帝のみになった。
「どうやら劉妃は初めから、いずれこうなる事を見越して周到に自身の持ち物に毒物を仕込ませていたらしい。」
疲れた様子の皇帝に代わって雪稜が説明をしてくれる。
どうやら即効性の毒で、異変を感じた見張りの近衛が駆け寄った時にはすでに事切れていたらしい。
時間にして、翠玉が辞してしばらく経った頃であった。
「今思えば、たしかに劉妃の言葉は、遺言のようなものでもあったかもしれません。申し訳ありません。もっと早く気づいていれば」
あの時異母姉の思惑に気づけたのは翠玉だけである。悔しさに膝上で拳を握りしめる。
「いや、翠玉殿の落ち度ではない。どうかご自分を責めないでくれ。思い至らず徹底的に身辺を確認するよう指示しなかった私の落ち度だ」
慌てて言葉を重ねてきたのは皇帝で、彼も悔しそうに唇を噛んだ。
そんな2人に「どちらのせいでも有りませんよ」と、雪稜が息を吐いて、話を進める。
「それにしても、劉妃がこうして自害したという事は、彼女にかけられた容疑は、真実であったということなのでしょう。
容疑が固まる以前に死んでしまえば、彼女の罪は確定できない。惺殿下を罰することもできないから、彼女は惺殿下を守るために、そうしたのかもしれません」
その言葉に、翠玉はハッとして顔を上げる。
たしかに、これで母の罪に名を連ねて惺皇子が処刑される事はない。だから彼女はあの時流刑か王位剥奪の話しかしなかったのだと今になって思った。
あの時から彼女はすでにこれを決めていた。
余計に見落としていたことが口惜しくて手を握ると、その手に冬隼の大きな手が重なった。
「惺はどうしている」
痛ましげな声の皇帝の問いには、冬隼が答えた。
「まだ何も……ようやく慣れたところでしたがこのような事になって」
「多分それも全て劉妃が決めたことなのでしょう。もしかしたら惺殿下も理解した上なのかもしれませんよ。9歳の子にどこまで理解できているかは分からないですが……」
雪稜の淡々とした言葉に、一同が黙り込む。
予めそんな事を知らされていたのならば、皇子はどのような思いでこの数日を過ごしていたのだろうか?
「どう、致しましょうか?」
冬隼の問いに、皇帝が背を伸ばす。
「私の口から説明をしてやりたいが……ここに近づけることは劉妃が望まないだろう。しかし母とも別れの時間を作ってやりたい」
これだけ重大な事だ。翠玉や冬隼の口から簡単に説明できるものでもない。
「私が付き添い、明日連れてまいりましょう。私の庇護下であれば、異母姉も渋々承諾いたしましょう」
死んでまで守りたかった皇子だ。きっと異母姉も会いたいと思うだろう。
そう提案すると、皇帝がまた眉を下げる。
「貴方も大切な身体なのにこれほどまでに負担をかけてしまって申し訳ない。しかし父としてやはり幼い息子の心が心配だ」
「当然でございます。お気になさらないでください」
こうなった責任の一端は自分にもあるのだ。なによりつい先ほど、生きた異母姉と最後に皇子のこれからを約束したのだ。
帰りの馬車の中、冬隼と2人どちらも話す事はなかった。
寝台に入ったのも随分遅い時間だったが、互いに眠れず。冬隼の腕を枕にして体を寄せ合っていた。
「母親というものは、すごいな」
不意に冬隼がポツリと呟いたので、翠玉は冬隼の腕の中から彼を見上げた。
「劉妃の事?」
「多分お前が来る事を見越して、彼女はその時を決めていたのだろうな。すべては惺皇子のために、自らはどんな汚名を着せられても良いと……思えば俺達の母もそうだった気がする」
そう言って翠玉の腹をゆっくりと撫でる。
「親なんてみんなそうなのかもしれないわ。私たちだってこの子が生まれたらきっとそうなるのよ」
冬隼の手に手を重ねる。冬隼の熱でほかほかと温かい。
「そうだな……だが、俺は少し不安なんだ」
そう言って冬隼はもう片方の手でキュッと翠玉の肩を引き寄せた。
「俺の知る父……先帝陛下は妻たちを大切にしたが、俺たち子供には全く興味が無かった。世継ぎ争いで誰が死のうと、子はたくさんいる。優秀なものが残ればいいとお考えだった。それが余計に世継ぎ争いを激化させて妻たちを狂わせた。俺は実のところ父の温もりを知らない。抱きあげられた事もなければ、頭を撫でられたことすら記憶にない。だからこんな俺が親になれるのだろうかと、不安もある。
もちろん子ができたのは嬉しいし、まだ見ぬ我が子の顔は楽しみだ。だが、経験がないから分からない」
いつからかそんな不安を抱えていたのだろう。一気に話すと、黙り込んでしまった。
目の前の冬隼の胸をゆったりと撫でる。
「ふふ、大丈夫よ!2人の兄上様たちをごらんなさい。立派なお父上でいらっしゃるわ」
次兄の雪なんぞ早くに妻を亡くしながらも、稜寧を立派に育てているのだ。冬隼にだって出来ないはずがない。
「たしかに……そうだな」
冬隼の身体からわずかに力が抜けたのを感じる。
「実のところ兄上が惺皇子を気にかけて、あそこまで心を痛めていることには驚いた。泉妃との子ども達はよく通って可愛がっていたが、正直劉妃とは疎遠で、惺皇子の顔を見るのも公式な場だけだとこぼしていたから、てっきり父のようにあまり興味がないのかと思っていた。
しかし違ったのだな」
安堵したような、どこか寂しげな言葉を慰めるように、冬隼の胸に頬を寄せる。
「俺も俺なりにいい父になれるように努力しなければ」
彼らしくどこか生真面目な言葉に翠玉は思わず、噴き出す。
「あら、努力なんてしなくても、愛しいと思っていて、それを子供に伝えてくれたらいいのよ?」
56
あなたにおすすめの小説
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。