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第10章 後宮
第382話 父親
「翠玉殿には身重の身体でこんな所に呼び立て申し訳ない」
雪稜の執務室に案内されて、すでに室内にいた皇帝に立って礼を取ろうとすると、礼を制された。
そのまま椅子に座るよう勧められ、翠玉は落ち着かない思いで、冬隼と並んで座した。
人払いがされて、部屋には冬隼と翠玉、次兄の雪稜と皇帝のみになった。
「どうやら劉妃は初めから、いずれこうなる事を見越して周到に自身の持ち物に毒物を仕込ませていたらしい。」
疲れた様子の皇帝に代わって雪稜が説明をしてくれる。
どうやら即効性の毒で、異変を感じた見張りの近衛が駆け寄った時にはすでに事切れていたらしい。
時間にして、翠玉が辞してしばらく経った頃であった。
「今思えば、たしかに劉妃の言葉は、遺言のようなものでもあったかもしれません。申し訳ありません。もっと早く気づいていれば」
あの時異母姉の思惑に気づけたのは翠玉だけである。悔しさに膝上で拳を握りしめる。
「いや、翠玉殿の落ち度ではない。どうかご自分を責めないでくれ。思い至らず徹底的に身辺を確認するよう指示しなかった私の落ち度だ」
慌てて言葉を重ねてきたのは皇帝で、彼も悔しそうに唇を噛んだ。
そんな2人に「どちらのせいでも有りませんよ」と、雪稜が息を吐いて、話を進める。
「それにしても、劉妃がこうして自害したという事は、彼女にかけられた容疑は、真実であったということなのでしょう。
容疑が固まる以前に死んでしまえば、彼女の罪は確定できない。惺殿下を罰することもできないから、彼女は惺殿下を守るために、そうしたのかもしれません」
その言葉に、翠玉はハッとして顔を上げる。
たしかに、これで母の罪に名を連ねて惺皇子が処刑される事はない。だから彼女はあの時流刑か王位剥奪の話しかしなかったのだと今になって思った。
あの時から彼女はすでにこれを決めていた。
余計に見落としていたことが口惜しくて手を握ると、その手に冬隼の大きな手が重なった。
「惺はどうしている」
痛ましげな声の皇帝の問いには、冬隼が答えた。
「まだ何も……ようやく慣れたところでしたがこのような事になって」
「多分それも全て劉妃が決めたことなのでしょう。もしかしたら惺殿下も理解した上なのかもしれませんよ。9歳の子にどこまで理解できているかは分からないですが……」
雪稜の淡々とした言葉に、一同が黙り込む。
予めそんな事を知らされていたのならば、皇子はどのような思いでこの数日を過ごしていたのだろうか?
「どう、致しましょうか?」
冬隼の問いに、皇帝が背を伸ばす。
「私の口から説明をしてやりたいが……ここに近づけることは劉妃が望まないだろう。しかし母とも別れの時間を作ってやりたい」
これだけ重大な事だ。翠玉や冬隼の口から簡単に説明できるものでもない。
「私が付き添い、明日連れてまいりましょう。私の庇護下であれば、異母姉も渋々承諾いたしましょう」
死んでまで守りたかった皇子だ。きっと異母姉も会いたいと思うだろう。
そう提案すると、皇帝がまた眉を下げる。
「貴方も大切な身体なのにこれほどまでに負担をかけてしまって申し訳ない。しかし父としてやはり幼い息子の心が心配だ」
「当然でございます。お気になさらないでください」
こうなった責任の一端は自分にもあるのだ。なによりつい先ほど、生きた異母姉と最後に皇子のこれからを約束したのだ。
帰りの馬車の中、冬隼と2人どちらも話す事はなかった。
寝台に入ったのも随分遅い時間だったが、互いに眠れず。冬隼の腕を枕にして体を寄せ合っていた。
「母親というものは、すごいな」
不意に冬隼がポツリと呟いたので、翠玉は冬隼の腕の中から彼を見上げた。
「劉妃の事?」
「多分お前が来る事を見越して、彼女はその時を決めていたのだろうな。すべては惺皇子のために、自らはどんな汚名を着せられても良いと……思えば俺達の母もそうだった気がする」
そう言って翠玉の腹をゆっくりと撫でる。
「親なんてみんなそうなのかもしれないわ。私たちだってこの子が生まれたらきっとそうなるのよ」
冬隼の手に手を重ねる。冬隼の熱でほかほかと温かい。
「そうだな……だが、俺は少し不安なんだ」
そう言って冬隼はもう片方の手でキュッと翠玉の肩を引き寄せた。
「俺の知る父……先帝陛下は妻たちを大切にしたが、俺たち子供には全く興味が無かった。世継ぎ争いで誰が死のうと、子はたくさんいる。優秀なものが残ればいいとお考えだった。それが余計に世継ぎ争いを激化させて妻たちを狂わせた。俺は実のところ父の温もりを知らない。抱きあげられた事もなければ、頭を撫でられたことすら記憶にない。だからこんな俺が親になれるのだろうかと、不安もある。
もちろん子ができたのは嬉しいし、まだ見ぬ我が子の顔は楽しみだ。だが、経験がないから分からない」
いつからかそんな不安を抱えていたのだろう。一気に話すと、黙り込んでしまった。
目の前の冬隼の胸をゆったりと撫でる。
「ふふ、大丈夫よ!2人の兄上様たちをごらんなさい。立派なお父上でいらっしゃるわ」
次兄の雪なんぞ早くに妻を亡くしながらも、稜寧を立派に育てているのだ。冬隼にだって出来ないはずがない。
「たしかに……そうだな」
冬隼の身体からわずかに力が抜けたのを感じる。
「実のところ兄上が惺皇子を気にかけて、あそこまで心を痛めていることには驚いた。泉妃との子ども達はよく通って可愛がっていたが、正直劉妃とは疎遠で、惺皇子の顔を見るのも公式な場だけだとこぼしていたから、てっきり父のようにあまり興味がないのかと思っていた。
しかし違ったのだな」
安堵したような、どこか寂しげな言葉を慰めるように、冬隼の胸に頬を寄せる。
「俺も俺なりにいい父になれるように努力しなければ」
彼らしくどこか生真面目な言葉に翠玉は思わず、噴き出す。
「あら、努力なんてしなくても、愛しいと思っていて、それを子供に伝えてくれたらいいのよ?」
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