97 / 161
第10章 後宮
第386話 訪問者の言霊
芙艶が湖紅国に嫁いだ際、皇帝は自ら出迎えに出て、彼女を歓迎してくれた。
物腰が柔らかく、穏やかそうな皇帝に「あなたの力が、必要なのだ。よろしく頼む」と手を取り言われて、芙艶は自信を込めて「お任せ下さい」と頷いた。
過ごす内に、後宮の様子も抱えている問題も理解できた。
皇帝には寵妃がいる事、そしてその他の側室には初夜以外全く皇帝の手がついていない事。それにより、清劉から嫁いだ皇女が随分とひどく寵妃に当たりちらしている事。それらを把握してため息を漏らした。
劉妃という同じ皇女出身の彼女は気位が高く、自身が蔑ろにされ、臣下の家出身の泉妃が寵愛を受けていることが、事の他許せない様子だった。更に自身が就くものと思っていた皇后の座を後から来た芙艶に掠め取られた事も気に入らないらしく、芙艶に対しても、当たりは強かった。
そしてもう1人の側室である廟妃も皇帝と泉妃の関係の深さには不満を呈していた。
それはそうである。
側室として嫁いでいるのに、皇帝の手がつかないのだ。子ももてず、大した役目もなくただ枯れて行くだけの人生など彼女達が満足するはずもない。
それについては、即位と婚礼の儀が終わり、落ち着いたところで皇帝には進言した。
もう少し、側室との関係を持つよう勤めるべきだと話した。
彼は世継ぎ争いの余計な火種は作りたくはないと言いながらも、それでも籠の鳥になった妃達に子を成してやる事で後宮の様子も変わるかもしれないと最終的には芙艶の話に乗った。
そうして、劉妃のもとに皇子が産まれ
泉妃が第二子を身篭り、廟妃も続いて身篭った。
しかし、芙艶には懐妊の兆しは一切無かった。
廟妃が孕むと、皇帝はその目的を終えたかのように、再び泉妃のもと以外には通わなくなった。
もちろん芙艶のもとにも。
しかし子を成せなかった罪滅ぼしなのか、彼は皇后として芙艶をとても頼りにしてくれた。
泉妃にも、ほかの側室達にもない絆が彼との間にあるとさえ思えるほどだった。
だから芙艶はそれで満足する事にしたのだ。
そんな中、密かにある出来事が芙艶に起こった。
その晩は暑い日だった。
日中の暑さがようやく冷めてきた夜更け。その客人は突然芙艶の前に現れた。
案内の者もつけずに、突然芙艶の室にやってきたその女は自らを皇太后だと名乗った。
「元の後宮の長であった妾に、皇后であるソナタの挨拶がなかったのでなぁ。どんな礼儀知らずかと思って顔を見に来てやったのさ」
そう言った初老の女は、芙艶を観察するように眺め回した。
皇太后の事は、嫁いだ際に予め話には聞いていた。
幽閉状態で監視もついているはずなのに、ここにいるのはなぜなのか?嫌な予感に、じりりと一歩下がりたい気持ちを抑えて睨みつけた。
「ふん、大層な才媛と聞いたが、つまらなそうな女よ。興味が削がれたゆえ、宮に戻るわ」
一頻り芙艶を観察した皇太后は、嘲笑を浮かべて背を向ける。
「子も産めぬ皇后など、ただの駒に過ぎんつまらぬものよ。今そなたが見ている私は、未来のソナタの姿ぞ。退位してのち子のおらぬ皇太后など、使い終わった手拭いの如く打ち捨てられるもの。哀れよのう。」
クスクスと不気味に笑いながら、最後にその言葉を吐いて、彼女は中庭へ出て行った。
あまりに唐突で呆気なくいなくなったその姿を呆然と見送りながら、夢を見ているのだろうか?と首を傾けるほどに現実感のない一幕であった。
それなのに、言われた言葉は随分と深く深く芙艶の胸の奥に刺さり鋭く抉った。
それは、見ないようにしていた芙艶の恐怖を掻き立てるのには十分で、彼女の自尊心を大きく刺激した。
才も学も美も名誉も権力も全て手に入れたはずだった。完璧な皇女、そして完璧な皇后になったはずなのに……一番重要なものが自分には足りていないのだ。
しかしそれは自分だけの努力でどうにかなるものではない。
皇后の責を毅然と果たしながらも、時々その現実に苛まれ、鬱々と過ごす事が増えていた。
どれほど努力して皇后として勤め上げても、結局のところ自分の行く先は、皇太后として寄る方なく離宮で寂しく忘れ去られたように生涯を閉じるのみなのだ。
嫁いだ姉達の子供の成長の様子や懐妊の知らせの文をもらう度に、あれほど蔑んでいた彼女達の方が幸せそうで、充実しているように思えてしまって、それが余計に悔しかった。
あれほど努力したのに……こんなに優秀なのに……なぜ最後の子どもだけが手には入らない?
これでは、皇太后の言う通りになってしまう。
それだけは嫌だった。
物腰が柔らかく、穏やかそうな皇帝に「あなたの力が、必要なのだ。よろしく頼む」と手を取り言われて、芙艶は自信を込めて「お任せ下さい」と頷いた。
過ごす内に、後宮の様子も抱えている問題も理解できた。
皇帝には寵妃がいる事、そしてその他の側室には初夜以外全く皇帝の手がついていない事。それにより、清劉から嫁いだ皇女が随分とひどく寵妃に当たりちらしている事。それらを把握してため息を漏らした。
劉妃という同じ皇女出身の彼女は気位が高く、自身が蔑ろにされ、臣下の家出身の泉妃が寵愛を受けていることが、事の他許せない様子だった。更に自身が就くものと思っていた皇后の座を後から来た芙艶に掠め取られた事も気に入らないらしく、芙艶に対しても、当たりは強かった。
そしてもう1人の側室である廟妃も皇帝と泉妃の関係の深さには不満を呈していた。
それはそうである。
側室として嫁いでいるのに、皇帝の手がつかないのだ。子ももてず、大した役目もなくただ枯れて行くだけの人生など彼女達が満足するはずもない。
それについては、即位と婚礼の儀が終わり、落ち着いたところで皇帝には進言した。
もう少し、側室との関係を持つよう勤めるべきだと話した。
彼は世継ぎ争いの余計な火種は作りたくはないと言いながらも、それでも籠の鳥になった妃達に子を成してやる事で後宮の様子も変わるかもしれないと最終的には芙艶の話に乗った。
そうして、劉妃のもとに皇子が産まれ
泉妃が第二子を身篭り、廟妃も続いて身篭った。
しかし、芙艶には懐妊の兆しは一切無かった。
廟妃が孕むと、皇帝はその目的を終えたかのように、再び泉妃のもと以外には通わなくなった。
もちろん芙艶のもとにも。
しかし子を成せなかった罪滅ぼしなのか、彼は皇后として芙艶をとても頼りにしてくれた。
泉妃にも、ほかの側室達にもない絆が彼との間にあるとさえ思えるほどだった。
だから芙艶はそれで満足する事にしたのだ。
そんな中、密かにある出来事が芙艶に起こった。
その晩は暑い日だった。
日中の暑さがようやく冷めてきた夜更け。その客人は突然芙艶の前に現れた。
案内の者もつけずに、突然芙艶の室にやってきたその女は自らを皇太后だと名乗った。
「元の後宮の長であった妾に、皇后であるソナタの挨拶がなかったのでなぁ。どんな礼儀知らずかと思って顔を見に来てやったのさ」
そう言った初老の女は、芙艶を観察するように眺め回した。
皇太后の事は、嫁いだ際に予め話には聞いていた。
幽閉状態で監視もついているはずなのに、ここにいるのはなぜなのか?嫌な予感に、じりりと一歩下がりたい気持ちを抑えて睨みつけた。
「ふん、大層な才媛と聞いたが、つまらなそうな女よ。興味が削がれたゆえ、宮に戻るわ」
一頻り芙艶を観察した皇太后は、嘲笑を浮かべて背を向ける。
「子も産めぬ皇后など、ただの駒に過ぎんつまらぬものよ。今そなたが見ている私は、未来のソナタの姿ぞ。退位してのち子のおらぬ皇太后など、使い終わった手拭いの如く打ち捨てられるもの。哀れよのう。」
クスクスと不気味に笑いながら、最後にその言葉を吐いて、彼女は中庭へ出て行った。
あまりに唐突で呆気なくいなくなったその姿を呆然と見送りながら、夢を見ているのだろうか?と首を傾けるほどに現実感のない一幕であった。
それなのに、言われた言葉は随分と深く深く芙艶の胸の奥に刺さり鋭く抉った。
それは、見ないようにしていた芙艶の恐怖を掻き立てるのには十分で、彼女の自尊心を大きく刺激した。
才も学も美も名誉も権力も全て手に入れたはずだった。完璧な皇女、そして完璧な皇后になったはずなのに……一番重要なものが自分には足りていないのだ。
しかしそれは自分だけの努力でどうにかなるものではない。
皇后の責を毅然と果たしながらも、時々その現実に苛まれ、鬱々と過ごす事が増えていた。
どれほど努力して皇后として勤め上げても、結局のところ自分の行く先は、皇太后として寄る方なく離宮で寂しく忘れ去られたように生涯を閉じるのみなのだ。
嫁いだ姉達の子供の成長の様子や懐妊の知らせの文をもらう度に、あれほど蔑んでいた彼女達の方が幸せそうで、充実しているように思えてしまって、それが余計に悔しかった。
あれほど努力したのに……こんなに優秀なのに……なぜ最後の子どもだけが手には入らない?
これでは、皇太后の言う通りになってしまう。
それだけは嫌だった。
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
異国妃の宮廷漂流記
花雨宮琵(かうみやび)
キャラ文芸
唯一の身内である祖母を失った公爵令嬢・ヘレナに持ち上がったのは、元敵国の皇太子・アルフォンスとの縁談。
夫となる人には、愛する女性と皇子がいるという。
いずれ離縁される“お飾りの皇太子妃”――そう冷笑されながら、ヘレナは宮廷という伏魔殿に足を踏み入れる。 冷徹と噂される皇太子とのすれ違い、宮中に渦巻く陰謀、そして胸の奥に残る初恋の記憶。
これは、居場所を持たないお転婆な花嫁が、自ら絆を紡ぎ、愛と仲間を得て”自分の居場所”を創りあげるまでの物語。ときに騒がしく、とびきり愛おしい――笑って泣ける、異国妃のサバイバル宮廷譚。最後はハッピーエンドです。
※本作は2年前にカクヨム、エブリスタに掲載していた物語『元敵国に嫁いだ皇太子妃は、初恋の彼に想いを馳せる』を大幅に改稿し、別作品として仕上げたものです。
© 花雨宮琵 2025 All Rights Reserved. 無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」