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第10章 後宮
第401話 産み月
「こらぁ!そこ!手ェ抜いてないでもっと振り抜きなさぁーい!!」
「ひぃ~」
「踏み込みが甘い!そんなんじゃ鎧に傷すらつかないわよ!!」
「も、もう勘弁して下さい~」
剣撃の音に混じる怒声と悲鳴。そして木刀を振り回しながら大きな腹を抱えて歩き回る愛しい妻の姿。
冬隼は目眩を覚えた。
産み月に入り、経過も順調な翠玉が医師からよく動いて子を下げて出産への準備に入るよう指示をされた時から嫌な予感はしていたのだ。
案の定、翌日から彼女は禁軍についてきて、今まで蒼雲と泰誠に任せていた自身の部隊とあの落ちこぼれ達の隊を見て回ると言い出した。
無理はしない、絶対に人と剣を交えるような事はしない、馬に乗らない。他にもいくつもの約束事を決めて、渋々承諾して華南に目付役を頼んだ。
自身の仕事を片付けて、隙間時間に様子を見にきてみれば、そこには訓練をする兵達の周囲を歩き回り、時に木刀で素振りを指導して怒声をあげる彼女がいた。
「一応、お約束は守っている……ようですけど、これは……悩ましいですね」
後ろに控えている泰誠が、乾いた笑いを漏らす。
その間にも、翠玉は1人の兵の元に向かい、木刀を振って見せ、形の崩れを指摘している。
その横顔はとても楽しそうで……久しぶりにこれほど溌剌としている姿を見た様な気もする。
しかしだからと言って、見過ごすわけにもいかない。
早足で修練場に迎えば、最初に冬隼の姿を見とめて「げっ!!」と声を上げたのは華南で、次いで夫の来訪に気づいた本人が「うわっ!」と声を上げて、そばにいた兵に自身の持っていた木刀を押しつけて証拠隠滅を図ろうとしている。
まずいという認識はどうやらあるらしい。
ならばまだ良い……とはならない。むしろ尚悪い。
「いい子にしているとの約束だが?」
すぐに喧騒の中から彼女を引っ張り出して、睨みつけると。翠玉は肩を竦めて上目遣いで見上げてくる。
「約束は、守っている……はずだけど……」
ギラリとさらに睨みつける。
「やっぱりダメよね……ははは、ごめんなさい」
気まずそうに笑って彼女は素直に謝った。
「心臓が止まるかと思ったぞ」
深く深く息を吐いて伝えると、翠玉の肩を抱いて演習場の外へ促す。
周りの兵達が、安堵するように息を吐いたのを感じた。
「大げさよ。ただ歩いて激を飛ばしてただけよ?」
大人しく肩を抱かれて場外に出る翠玉は、残念そうな顔をしている。
「木刀を持って、か?」
「う……いや、ほらぁ護身用よ、なんか飛んできたら困るし」
「そんな可能性がある場所に立ち入るな」
「うーん……ははは」
最後は笑って誤魔化した。
「華南も、止めろ!」
後ろをついてくる華南を睨みつけるも「はーい、すみませーん」と実のない返事が帰ってきた。
これは、つまり「あんた心配しすぎなのよ」と心の中で言われているような気がして、その華南の横を歩く泰誠を見れば「断じてそんな事はありません!」と首を振られる。
翠玉に華南をつけたのは間違いだったのではないかとふと最近よく思うのだ。
この2人、馬が会うのはいいのだが、横着な女2人が揃えばそりゃぁ色々破茶滅茶になるというものだ。
医師から動けとのお達しが出るまで、たしかに翠玉はとても大人しくしていたのだ。かなり我慢していることを華南はよく理解して付き合っていた。だからきっと2人して箍が外れたのだろう。
しかし、周囲にとって危険なことが、この2人にしてみると「大したことない」になる。
もっと常識的なやつをつければ良かったのだろうか。
今更になってそんな後悔が押し寄せるが時すでに遅しである。
「はぁ……頼むからあとひと月だけ辛抱してくれ……そうしたらいくらでも稽古に付き合うから……」
結局、叱ることもできず肩を落として静かに懇願する情けない夫でいるしかないのだ。
腹の中の我が子よ、できるだけ早く出てきてくれと違う方面で願いつつ。
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