文字の大きさ
大
中
小
122 / 161
番外編
姉妹④ 新婚初日
荷の片づけなんてものは半刻も経たずに終了してしまった。
何しろ、持ち込むものはほとんど無いに等しい。
必要なものは、荷造りを終えてから市場に調達に出るつもりだった。
しかしそれすらも短時間で終わってしまいそうで、華南は新居の部屋を見渡してため息を吐いた。
「いったいどれだけみんな、あんたの見方だったのよ」
「ん? まぁ人望ってやつだ」
呆れたように問いかけると、当人である隆蒼は少しだけ口角を上げてニヤリと笑った。
華南と隆蒼の同期や同僚達から次々と結婚祝いの品が運ばれてくるのだが大体の物に「隆蒼頑張ったな!」「隆蒼本当におめでとう!!」などと手紙が付いているのだ。
普通は花嫁の私ではないのか? と不満に思うこともないのだが、やはり長い年月の彼の片思いを思うと周囲で見守っていた者達にも感慨深いものがあるのだろう。
祝いの品もその気持ちが上乗せされているのか上質な日用品が多かった。
「まぁでも助かるわ、これで鍋類は買わなくて済むわけだし……食器も一通りあるわね、そうしたら家具……」
そう言って部屋を見渡して
「も、いらないわねとりあえずは……」
「食材くらいじゃないか?」
「そんな気がする」
そう言って肩を竦める。
なんと驚くことに家具は翠玉からの祝いの品として卓や各種椅子、棚や衝立が贈られて来ていたのだ。
そして泰誠をはじめ禁軍の面々からは合同で、上質で大きな寝台が贈られてきていた。
本人たちより周囲の方がこの結婚に浮かれているのではないかと思えるほどの状況に、二人で少々困惑しているのだ。
「まぁとりあえず、これだけ祝福してもらえて幸せだって思っておきましょう」
「そうだな」
互いに頷き合って、買い物リストをまとめ上げると、そろって買い物に出かけた。
夕暮れ時に、買い物から帰宅して食事を済ませるとなんだかんだで随分いい時間になっていた。
湯あみを終えて、長椅子に身体を預けて寛いでいると、同じく湯あみを済ませた隆蒼が隣に座った。
朝からなんだかんだバタバタしていてあまり実感がなかったが……今日って新婚初夜なんじゃ。
そう思ったらなぜか急速に華南は、隣に座る隆蒼の気配にドキドキと胸が騒ぎだした。
まってまって! なんで急にこんな意識してるのよだって隆蒼よ! 今迄ずっと一緒にいたじゃない!
そう言い聞かせるけれど、そうすればするほど胸の高鳴りがどんどん強くなる気がした。
おかしい! こんなはずではないのに……
今更こんな事にドキドキするほどの生娘でもなければ、経験が少ないわけでもない。
以前の結婚の時の初夜はどうだったっけ? などと考えてみるが、その時すでに元夫とは恋人同士であったわけで、初夜もいつものノリだったような。
考えてみれば隆蒼とは、あの結婚を決めた日から、じっくり二人きりになることはなくて、口づけすらも、あれきりしていない。
ど……どういう顔したらいいの‼︎
いろいろ考えだしたら、頭の中が混乱してきて、ぎゅうっと膝の上に置いた拳を握った。
「なんか……緊張してる?」
唐突に隆蒼の声が頭上から響いて、ポンと頭の上に、暖かくて少し重たいものが乗った。
「っ!」
驚いて見上げれば、華南の顔を心配そうにのぞき込む隆蒼の顔が、やけに近くて思わず息をのむ。
「そ……そりゃあ……それなりには……考えてみればあんたと二人の時間ってあれ以来だったし」
顔がどんどん熱くなるのを感じながら、それでも言い訳のように言葉を紡ぐ。
「確かに、そうだな」
今思い出したかのようにそう呟く隆蒼は、なぜかすごく余裕があるような様子で。
こいつ、私のことずっと好きだった割には舞い上るようなこともないのよね……自分だけがドキドキしててバカみたいじゃないか。
沸々と悔しさがこみあげてくる。
ススっと隆蒼の手が降りてきて、頬を包むと俯きかけた華南の視線を上に戻した。
至近距離で隆蒼と目が合う。
「気が変わるんじゃないかってずっと心配してた。だからこうして今一緒にいて……夢なんじゃないかと思ってる」
華南の頬を指で撫でながら、どこか他人事のように呟いた隆蒼は、華南の肩に手を回すと、ぎゅうっと抱き寄せてきた。
唖然と引き寄せられるがままに隆蒼の胸に抱きこまれた華南だが、反射的に、隆蒼の背に手を回す。
「夢じゃあないんだな」
大きく息を吐くと、なおもしみじみと呟く隆蒼の声が彼の胸越しに聞こえてくる。
「っ……馬鹿じゃないの!! 何をいまさら」
あまりにも情けない彼の言葉に、先ほどの狼狽や戸惑いとは打って変わって、呆れの感情が強くなってきた。
どうやら隆蒼は、華南よりもさらに手前の段階で戸惑っていたらしい。
片思いが長かったせいなのか、まぁ彼の独特な感性のせいなのかは分からないが……考えてみれば実に彼らしい。
はぁ~っと思わず隆蒼の胸の中で大きく息を吐く。
そうだ、この男は普通の範囲に収まらないし、いまいち予測がつかないし、何を考えているのか分からない奴だったのだ。
「あんたが私に結婚してくれって言ったんでしょ?」
「や……実はその辺の記憶が熱で曖昧でな」
「は!? どういう事よ!!」
聞き捨てならない言葉に顔を上げて、下から隆蒼を睨む。睨みあげられた隆蒼は、気まずげに視線を逸らした。
華南の中では、あの日隆蒼が言ってくれた言葉はとてもうれしくて、一生忘れられない出来事になると思っていたのに……それが記憶が曖昧だと? あの口付けも? 全部?
沸々と鳩尾のあたりから怒りがこみあげてきた。
忘れたのなら……思い出させてやろうじゃない!
すでにこの時、華南の中には先ほどまでのしおらしさなど、微塵も残っていなかった。
隆蒼の背に回していた腕を抜いて、代わりに彼の身体に体重をかけて飛びつくとその首に両腕をまわす。
体勢を崩した隆蒼は華南に押しかかられたまま後ろに倒れた。
感想 260
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と国王は恋仲にしか見えませんので、私は妻をやめます
王妃アリアは、国王レオンと聖女セレナが愛し合っているという噂に苦しんでいた。夜通し共に過ごし、人前で名前を呼び合い、触れ合う二人は、誰の目にも恋仲にしか見えない。
それでもレオンは「国を守るために必要なことだ」と妻の痛みに気づかず、セレナも王妃の席へ座り、妻のように振る舞い続ける。ついに礼拝堂で、アリアは皆の前で二人を問いただす。
「お二人には、本当に呆れましたわ」そして結婚指輪をレオンへ投げつけ、「私は、あなたの妻をやめます」と宣言する。だが王妃が去った直後、妻になったつもりで振る舞う聖女へ、王宮中の視線は冷たく変わっていき。
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
終わりにします
「終わりにします」
その言葉とともに、侯爵令嬢シルヴィアは毒を飲んだ。
婚約者は妹を選び、父は妹だけを信じた。
誰にも必要とされなかった人生を終えたはずなのに、目を覚ますと三か月前へと時間は巻き戻っていた。
もう、誰かに愛されるためだけに生きるのはやめよう。
そう決めた彼女は、静かに運命を書き換えていく。
これは、一度死んだ少女が、自分自身の人生を取り戻すための物語。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
側妃を紹介されたので、その婚約はお断りいたします
公爵令嬢ヴィオレッタは、王子の婚約披露の日に、もうひとりの令嬢を「側妃に」と紹介された。
逆らってはいけない――そう信じて微笑んだわたくしは、濡れ衣を着せられ、お腹の子を奪われ、雪の離宮でひとり息を引き取った。
けれど目を開けると、そこはあの婚約披露の日。時間が、巻き戻っていた。
今度は、飲み込まない。今度は、微笑まない。
前の生で覚えた数字も、罠も、あの女の手口も、ぜんぶ覚えている。
「その婚約、謹んでお断り申し上げます!」
涙を武器にする令嬢に、二度は負けない。そして――誰も見ていないと思っていた場所で、ずっとわたくしを見ていた騎士がいた。
これは、運命に流されるだけだったわたくしが、自分の人生を"選び直す"物語。
【書籍化決定!】なぜ、私に関係あるのかしら?【完結】
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
【報告】アース・スターノベル大賞様にて金賞・コミラカイズ賞を
受賞致しました!
応援して下さった読者の皆様、誠にありがとうございました┏○))ペコッ
書籍化・コミラカイズに関しましては詳しく決まりましたら
再びご報告させて頂きます。
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
「君を愛することはない」と言われて三年、そろそろ白い結婚をやめようと思います
伯爵家の娘・セシリアには、幼い頃からの許婚がいた。
公爵家当主にして王国宰相、ユーリス・シルヴェイン――初恋の相手でもある彼と、セシリアはついに結婚する。
しかし結婚初夜、彼は静かに告げた。
「君を愛することはない」と――。
ユーリスはほとんど帰宅せず、聞こえてくるのは他の女性との浮いた話ばかり。
没落寸前だった伯爵家の借金を肩代わりしてもらった身では、反論する術もない。
セシリアに求められるのは、ただ"完璧な公爵夫人"でいることだけだった。
しかし"ある夜"をきっかけに、ふたりの関係はより歪になる。
彼が稀に邸へ戻る夜――ユーリスは決まって、セシリアの隣で眠るのだ。
理由も、意味も、分からない。でも、怖くて聞けない。
そんな折、社交界である噂が囁かれ始めた。
他国の王女との縁談、そして「本命の女性がいる」という声。
結婚して三年。愛されなくとも、傍にいられればそれで良かった。
けれど、もう――潮時なのかもしれない。セシリアは静かに、離婚を決意する。