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5 ラシェル
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洗い終えたタオルやシーツを持って、干し場へ進む。ラシェルの仕事は主に掃除や洗濯。その他雑務である。
当分はここで働いてお金を貯めて、ほとぼりが冷めるまで我慢する予定だ。
公爵邸は普段メイドの入れ替えは少ないのだが、今回募集があり、サイラスが買った名で、メイドの仕事を手に入れてくれた。下働きだが、気が楽でいい。
ただ、ここのメイドたちは新人いびりが好きらしく、面倒な仕事をラシェルに押し付けるふしがある。
三馬鹿。もとい、ラシェルに嫌がらせをするメイドは三人いるのだが、その三人がなぜかこちらを横目で見て笑いながら通り過ぎた。
「風が強いから、洗濯物が飛んじゃうわよねー」
その意味の分からない大声は何なのか。問うまでもなく、干し場に行けば、なぜか少し前に干したシーツが全て地面に落ちていた。
「洗濯物を洗っている間に、わざわざ干した物、落としに行ったの? さっきまでさぼっていたのに?」
ここに来てまだ一月も経っていない。最初に会った時はにこやかに、一緒に頑張りましょー。なんて笑顔を向けてきたのだが、一瞬で態度が変わった。
ラシェルが何かしたのかもしれないし、気に食わないことを言ったのかもしれないが、ちょいちょい嫌がらせをしてくるのはうっとうしい。
その気持ちは分かっていると、トビアが悪態をついた。
『幼稚な嫌がらせしてる暇あるなら、働けっての。役立たずども! いるんだよね。とりあえず虐めたいって、ねじれた性格の持ち主。どうする? ねじっちゃう? ひねっちゃう??』
「どっちも、またにしておいて……」
王宮で嫌がらせを受け続けていたせいか、最近トビアの毒づき方が激しい。さすがに殺されては困るので、なだめておく。
(まあね、これだけ続けば、すれてくるわよね)
前任者も、あの三馬鹿に嫌がらせをされて辞めていったのではなかろうか。嫌がらせに付き合っていると、倍の時間が掛かってしまう。
「仕方ないな。トビア、全部洗っちゃいましょう」
ラシェルの号令に、トビアが姿を現した。水のような不安定な液体の姿ながらも、重そうな髪の毛と一緒に体をぐるりと動かして、落ちていたシーツを浮かせると、どこからともなく湧き出た水と一緒に、ぐるぐると空中で洗い始める。
それが終わればパッと水が吹き飛んで、綺麗に乾いたシーツができあがった。
『これくらい、お手のものだよ!』
「水の魔法か。メイドにしては珍しい力だな」
トビアを誉めようとすると、どこからともなく声が届いた。木陰で寝転んでいたのか、起き上がった男がこちらを見ている。
(気配を感じなかった。いつからいたの!?)
トビアも急いで姿を消す。しかし、もう見られた後だ。
こんなところでさぼっていたのか、男はうーんと伸びをすると、ゆっくり立ち上がった。
黒髪の身長の高い男。闇のような瞳なのに、ギラリと光る。
「名前は? 見かけない顔だな」
「今月から入った、ミシェル・ドヴォスです」
男はラシェルに名乗らせながらも自分の名前は言わず、じっと見つめてくる。
(しくじった。人がいるとは思わなかったわ)
「ミシェル、ちょっと来なさい! いつまでやってんのよ!」
「はーい! 今、行きます」
三馬鹿の一人に呼ばれて、ラシェルは頭を下げて踵を返す。男は無言のまま、いつまでもラシェルの後ろ姿を見つめていた。
名前の分からない、黒髪の男。
本人は木陰に隠れていたが、ラシェルが建物に入るまで、視線が届いていた。
(どこの貴族だろう。目を付けられたのは間違いないわよね)
トビアは見られていただろうか。男は魔法を使うと言っていた。精霊の力を使うとは言っていない。
姿を現してはいたが、トビアの姿が見られるとは限らない。ラシェルは契約者なため、精霊をはっきり見ることができても、契約者でない者にとっては、存在が曖昧になるからだ。
見ることができるならば、余程の力を使った時くらい。あの程度の力ならば、そこまでではなかった。
気付かれていないと良いのだが。
簡単な魔法であれば、貴族だろうが平民だろうが、使える者はいる。もちろん学ぶ必要はあるが、ミシェル・ドヴォスの身分は男爵令嬢だ。魔法書を手にすることはできる。魔法ならば言い訳ができた。
しかし、精霊と契約していると気付かれるのは面倒だ。精霊使いは精霊との相性もあるため、魔法を使う者よりも稀少で、力の強い者が多い。ミシェルの身分で精霊使いだと気付かれれば、その力を使えと強要する者も出るだろう。
(騎士を警備にするより、精霊使いを警備に使った方が、余程使い勝手がいいもの)
魔法を使えない騎士もいるのだから、精霊使いは貴重だ。
「トビアに気付かれていないみたいだったから、大丈夫だと思うけれど」
『僕のことは見えてなかったと思うよ』
トビアの言葉に安堵する。とはいえ、怪しい動きはしないように気を付ければならない。
サイラスから買ったメイドの紹介状は、正規のものだ。ドヴォス男爵夫妻にも面会済みで、彼らはラシェルが娘であると嘘を突き通すだろう。本物の娘のミシェルは平民の男と駆け落ちしたため、その醜聞を隠したいのだ。
娘を心配していないことに腹も立つが、どこの親も同じなのかもしれない。そのおかげで名前を得られたので、文句は言えないが。
とにかく、油断は禁物だ。目立つ真似は避けていきたい。
当分はここで働いてお金を貯めて、ほとぼりが冷めるまで我慢する予定だ。
公爵邸は普段メイドの入れ替えは少ないのだが、今回募集があり、サイラスが買った名で、メイドの仕事を手に入れてくれた。下働きだが、気が楽でいい。
ただ、ここのメイドたちは新人いびりが好きらしく、面倒な仕事をラシェルに押し付けるふしがある。
三馬鹿。もとい、ラシェルに嫌がらせをするメイドは三人いるのだが、その三人がなぜかこちらを横目で見て笑いながら通り過ぎた。
「風が強いから、洗濯物が飛んじゃうわよねー」
その意味の分からない大声は何なのか。問うまでもなく、干し場に行けば、なぜか少し前に干したシーツが全て地面に落ちていた。
「洗濯物を洗っている間に、わざわざ干した物、落としに行ったの? さっきまでさぼっていたのに?」
ここに来てまだ一月も経っていない。最初に会った時はにこやかに、一緒に頑張りましょー。なんて笑顔を向けてきたのだが、一瞬で態度が変わった。
ラシェルが何かしたのかもしれないし、気に食わないことを言ったのかもしれないが、ちょいちょい嫌がらせをしてくるのはうっとうしい。
その気持ちは分かっていると、トビアが悪態をついた。
『幼稚な嫌がらせしてる暇あるなら、働けっての。役立たずども! いるんだよね。とりあえず虐めたいって、ねじれた性格の持ち主。どうする? ねじっちゃう? ひねっちゃう??』
「どっちも、またにしておいて……」
王宮で嫌がらせを受け続けていたせいか、最近トビアの毒づき方が激しい。さすがに殺されては困るので、なだめておく。
(まあね、これだけ続けば、すれてくるわよね)
前任者も、あの三馬鹿に嫌がらせをされて辞めていったのではなかろうか。嫌がらせに付き合っていると、倍の時間が掛かってしまう。
「仕方ないな。トビア、全部洗っちゃいましょう」
ラシェルの号令に、トビアが姿を現した。水のような不安定な液体の姿ながらも、重そうな髪の毛と一緒に体をぐるりと動かして、落ちていたシーツを浮かせると、どこからともなく湧き出た水と一緒に、ぐるぐると空中で洗い始める。
それが終わればパッと水が吹き飛んで、綺麗に乾いたシーツができあがった。
『これくらい、お手のものだよ!』
「水の魔法か。メイドにしては珍しい力だな」
トビアを誉めようとすると、どこからともなく声が届いた。木陰で寝転んでいたのか、起き上がった男がこちらを見ている。
(気配を感じなかった。いつからいたの!?)
トビアも急いで姿を消す。しかし、もう見られた後だ。
こんなところでさぼっていたのか、男はうーんと伸びをすると、ゆっくり立ち上がった。
黒髪の身長の高い男。闇のような瞳なのに、ギラリと光る。
「名前は? 見かけない顔だな」
「今月から入った、ミシェル・ドヴォスです」
男はラシェルに名乗らせながらも自分の名前は言わず、じっと見つめてくる。
(しくじった。人がいるとは思わなかったわ)
「ミシェル、ちょっと来なさい! いつまでやってんのよ!」
「はーい! 今、行きます」
三馬鹿の一人に呼ばれて、ラシェルは頭を下げて踵を返す。男は無言のまま、いつまでもラシェルの後ろ姿を見つめていた。
名前の分からない、黒髪の男。
本人は木陰に隠れていたが、ラシェルが建物に入るまで、視線が届いていた。
(どこの貴族だろう。目を付けられたのは間違いないわよね)
トビアは見られていただろうか。男は魔法を使うと言っていた。精霊の力を使うとは言っていない。
姿を現してはいたが、トビアの姿が見られるとは限らない。ラシェルは契約者なため、精霊をはっきり見ることができても、契約者でない者にとっては、存在が曖昧になるからだ。
見ることができるならば、余程の力を使った時くらい。あの程度の力ならば、そこまでではなかった。
気付かれていないと良いのだが。
簡単な魔法であれば、貴族だろうが平民だろうが、使える者はいる。もちろん学ぶ必要はあるが、ミシェル・ドヴォスの身分は男爵令嬢だ。魔法書を手にすることはできる。魔法ならば言い訳ができた。
しかし、精霊と契約していると気付かれるのは面倒だ。精霊使いは精霊との相性もあるため、魔法を使う者よりも稀少で、力の強い者が多い。ミシェルの身分で精霊使いだと気付かれれば、その力を使えと強要する者も出るだろう。
(騎士を警備にするより、精霊使いを警備に使った方が、余程使い勝手がいいもの)
魔法を使えない騎士もいるのだから、精霊使いは貴重だ。
「トビアに気付かれていないみたいだったから、大丈夫だと思うけれど」
『僕のことは見えてなかったと思うよ』
トビアの言葉に安堵する。とはいえ、怪しい動きはしないように気を付ければならない。
サイラスから買ったメイドの紹介状は、正規のものだ。ドヴォス男爵夫妻にも面会済みで、彼らはラシェルが娘であると嘘を突き通すだろう。本物の娘のミシェルは平民の男と駆け落ちしたため、その醜聞を隠したいのだ。
娘を心配していないことに腹も立つが、どこの親も同じなのかもしれない。そのおかげで名前を得られたので、文句は言えないが。
とにかく、油断は禁物だ。目立つ真似は避けていきたい。
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