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6② ー遠乗りー

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「お誘いいただき、ありがとうございます!」
「いえ、誘われたのは、ヴィオレット嬢ですから。ご一緒できて嬉しいです。カミーユ様」

 エディはヴィオレットと一緒に現れたカミーユを見て、かろうじてがっかりは顔に出さず口元を上げた。

「二人きりでは、ヴィオレット嬢のお立場もありますからね……」
 言いながら哀愁を漂わせているが、実際二人での乗馬はさすがに衆目がある。

 カミーユを誘ったのは他に友人がいなかったからというのもあるが、カミーユに遠乗りの経験が少ないことを思い出したのだ。

「カミーユ様と乗馬はあまりご一緒したことがなかったので、たまには良いかと思いお誘いしました」

 乗馬を一緒に行うのはファビアンが嫌がった。二人きりになりたいわけではなく、乗馬でこてんぱんに負けるのを、カミーユに見せたくないからだ。遠乗りなら勝ち負け関係ないのだから誘ってもいいものを。

 カミーユは一人では遠乗りができない。教える者がいないため上達するのが遅かったこともある。ヴィオレットが王宮に行く際に誘わない限り、遠くまで馬に乗ることができなかったのだ。

 乗馬も久し振りか、カミーユは嬉しそうに馬をなでると、ぎこちないながらも馬に跨った。
 しばらく歩かせているのを見るに問題なさそうだ。エディは先にヴィオレットに馬に乗るよう、手綱を持ちながら促した。

「学院に入って馬に乗るのは初めてです。お姉様も、最近馬に乗られていないのではないですか? 前は王宮でご一緒しましたけれども」
「私もしばらく乗っていませんね」
「遠乗りでお怪我をされたとか……」
「そんなことがあったのか?」

 言われて思い出す。学院内で馬に乗れると聞いて何度か走ったところ、ファビアンに誘われて遠乗りをした。その際に落馬して大騒ぎになったのだ。
 怪我の程度は大したことはなかったのだが、ヴィオレットが落馬したことでファビアンが慌ててしまったのである。

「自分が怪我をしたようにパニックになって、右往左往されて、こちらが冷静になりましたね」
「兄上……」

 カミーユには申し訳ないが、ファビアンは突然の出来事に対処できるほど器用ではない。
 護衛騎士のコームに医師を呼んでこいと言ったり、呼びに行けばファビアンの警備がいなくなるので、やはり自分が医師を呼びに行くと言ったり、支離滅裂なことを口にしていた。

「結局、普通に私が馬に乗って戻りましたけれど、学院に戻ったら戻ったで、私の乗馬の腕が悪いからだと悪態をつかれて、心底……疲労したのを覚えています」
「……想像がつくな」

 想像がつかれてしまう第二王子である。カミーユもさすがに苦笑いをした。

「兄上は、お姉様が一緒にいらっしゃらない時は、とても冷静な方なんですが、お姉様と一緒だと、途端……」
「確かに、ヴィオレット嬢といないと静かではあるな。周囲が話しているだけで本人は黙っていることが多いかもしれない」

 エディはヴィオレットの知っているファビアンの印象が強いようだ。唸るように思い出して、その傾向があることに驚いてみせる。

 ヴィオレットが一緒にいない時、ファビアンは黙っていることが多いらしい。ヴィオレットの前ではいつもの我がまま弟ムーブなので、どうにも信じられない。どれだけ外で猫を被っているのだろうか。

 エディは慣れた様子で馬に跨り手綱を操る。ヴィオレットとカミーユが軽く走らせて問題ないことを確認すると、学院内にある森へ走り出した。

 馬に跨ると景色の違いに気分が高揚した。高さが変わるだけで周囲の雰囲気が変わるような気がする。ヴィオレットは馬に乗る時のこの感覚が好きだった。
 自分が走るよりもずっと早く移動する。景色が次々変わるのを目端に映して、風を感じる。まるで束縛から逃れられるような、そんな空気がたまらなく気分がいい。

 森の中には小さな泉があって、そこまで行くことにした。そう距離がないので軽く走るに丁度いい。

「気持ちがいいですね。誘っていただいて良かったです」
「天気が良くて良かったです。また参りましょう」

 最初に誘ってくれたのはエディだが。そのエディはカミーユに遠慮して後方を走ってくれていた。カミーユのスピードに合わせてくれているのだ。
 後ろをちらりと見遣ると、エディはにこりと笑顔を見せる。そうしながら森の木々に顔を向けていた。

 学院の中の森とはいえ、人の気配はない。王族であるカミーユならば当然警備が付くわけだが、その警備はいない。エディは警備の代わりに周囲を確認しているのだ。

(悪いことをしたわ。カミーユ様に警備が付いていないことに慣れていたから、私も気にしていなかったけれど)

 せっかく誘ってくれたのに警備代わり。無論、エディは最初二人で遠乗りをしたがっていたが、二人きりは難しいのが実情。
 それでカミーユを呼んだわけだが、エディをカミーユの騎士のようにしてしまった。

(さすがに申し訳ないわね……)

 だが、何も言わずそんな気遣いができる人なのだ。

 エディの身辺調査の結果は、特に問題ないようだった。
 エディは国境近くの土地を持つ貴族の息子だが、母親は隣国ホーネリア王国の血を持っている。国境近くであれば他国との交流は多いため、珍しい話ではない。

 バダンテール家はホーネリア王国と繋がりが深く、古くから服や装飾品の輸入を行なっていた。高価な布や魔法の掛けられた宝石を輸入していてもおかしくない立場だ。
 魔力が多く魔導士と知り合いというのも嘘ではなかった。母親も魔力が強い方で、ホーネリア王国から魔導士を呼ぶこともあった。

 問題がなかったことに安堵はしたが、念の為母親の出身を調べさせている。
 ホーネリア王国がラグランジュ家やダレルノ王国を陥れる理由はない。デキュジ族の件で揉めたことはあるが、デキュジ族を国民として迎え自国に入れたことで、ホーネリア王国がそれ以上責任を追求することはなかった。

「カミーユ王子とは仲がいいんだな。親しいとは知っていたが」
 木漏れ日の中、泉で馬に水を飲ませながら、エディはカミーユに聞こえないように小声で話す。

 ダレルノ王国の王子は全員母親が違う。継承権で揉めるようなことはなかったが、カミーユがデキュジ族の血を引いていることで、貴族たちは遠巻きにしている。
 ヴィオレットがカミーユと親しくしているのは、ファビアンの婚約者だから仕方なくと思う者は多いが、ヴィオレットとカミーユは本当の姉弟のように仲が良かった。

「噂では、上辺だけの付き合いだと?」
「まあ、そんなところだな」
 エディは肩を竦める。それが一般的な認識だと言いたげだ。

「いい子だもの。それにかわいいでしょう?」
「一歳しか変わらないはずだけれども?」

 どこか不快そうな声音に聞こえて、ヴィオレットは吹き出しそうになる。

「カミーユ様は弟のようなものよ」

 体が小さく、男性というより男の子という印象のあるカミーユを前にして、エディは妬いたのだろうか。そんな態度、ファビアンにされたことがない。嫉妬するような口調が何だかおかしかった。

「お姉様、こちらに来てください。美しい花が咲いています!」

 木陰でカミーユがヴィオレットを招く。ヴィオレットはすぐに行くと返事をしながら、エディに笑みを向けた。

「兄と違ってかわいい弟よ」 
「兄がかわいく見えるならば、まだ呪いに掛かっていると思うよ」

 それは間違いない。ヴィオレットも肩を竦めてカミーユに近付こうとすると、地面にある枝を踏んでぽきりと音を出した。

 瞬間、ヴィオレットの頭の上で大きな羽音がし、黒い影が空に飛び出した。
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