聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

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エカチェリーナ  *バッドエンド注意

24 復讐者

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 渋々、しょうがなく、弟子のお願いを聞いてあげることにすると、使用許可を得た空き教室で王子から手厚いもてなしを受けながら時間を潰して、日没を迎えてから外に出た。

 今日に限って、月明かりもなく真っ暗闇だ。

 隣に立つ王子くらいしか見えない。

 こんな日は何かが起こりそうだ。

「夜は少し冷えますよね。これをどうぞ」

 いつから用意していたのか、王子が私の肩に大きなストールを掛けてきた。

 触り心地の良いものだ。

「新品なのでご安心ください」

「……そんなことは気にしてない」

 胸の前でストールを合わせて腕組みをした。

 隣に並んだ王子は、表情を引き締めている。

「話を聞いた段階では、見間違いか幻覚作用の何かの影響……薬物などを疑っていました。でも、魔力を感じられるとなると、魔法使いがからんでいますよね」

「学生が魔法の練習をしていたとか」

「人数は多くないので、魔力持ちの学生の現場不在証明はすでに確認しました。ちなみに、僕はエカチェリーナさんの魔法は間違えませんのでご安心を」

「…………」

「では、目撃情報のあった場所に向かいますね」

 歩き出した王子の、半歩後ろをついて行く。

「幽霊になってでも、もしくは幽霊でも会いたいって人がいるのでしょうか」

 前を向いたまま尋ねてきたことは、ただの雑談で、内容にあまり意味は無い上に興味もなかったけど、返事はしてあげた。

「さぁ。王子は?」

「僕はエカチェリーナさんですね」

「ふーん」

「信じてください」

 肖像画の中でしか実の家族を知らないのだから、大人しく家族に会いたいと言っておけばいいものを。

「王子は、どうやらもう幽霊は怖くないようだね」

 嫌味で言ってやった。

「はい。エカチェリーナさんが一緒にいてくれるおかげです。それに、本当に怖いのは、制御できない自分自身だと思っています」

「なるほどね」

 嫌味は通じないし、少しだけ振り向いて私に笑いかける王子の中には、不安や恐怖は微塵も感じられない。

 随分と逞しくなったようだ。

 弟子に付き合ってあげるこの時間も、師匠の義務となるのかな。

 王子は浮かれることなく、ちゃんと目的を忘れずに、辺りをよく観察しながら歩いていた。

 でも、それに気付いたのは私の方が先のようだった。

「王子。それ以上進んではダメ」

「え?」

「目を凝らして。もういるよ」

 私達の進行方向には、幼い男の子が立っていた。

 向こう側が透けて見えるから、明らかに実体の無い存在だ。

「えーっと、本当に幽霊なのでしょうか?」

「どうだろうね」

 王子は、私よりも半歩前の位置で立ち止まっている。

「君は誰?」

 得体の知れない存在にまず、対話を試みようと思ったようだ。

 私の方は、その子を見てなんだか王子に似ているなって思っていた。

 11歳だった頃の王子をさらに幼くしたらこんな感じだ。

 それから、奇妙な魔力を感じていた。

 肌が粟立つ、気持ちの悪いものだ。

 私達が立ち止まっていると、数歩先にいる男の子も立ち止まったままだった。

 その表情は、無表情から悲しげに歪み、


 “家族の仇を討たなければ”

 “僕も父も母も、あの男に殺されたんだ”

 “弟の君がやらなければならない”

 “僕達の無念を晴らして”

 “生き残った者の義務だ”


 脳裏に直接響く寒々しい声がそれを告げると、その子は王子を未練たらしくジーッと見つめて、そして煙のように消えていった。

 それは、一分にも満たない間の出来事だった。

「今のは……」

 王子は慌てる様子も無く、前方を見つめている。

「君の亡くなった兄を真似たモノでは?」

「やはり……そう思いますか…………」

 王子もなんとなく思い当たるものがあったようだ。

 王子は、元々の生まれはミハイルの弟などではなく、彼とは従兄弟であって、そして、ミハイルよりも王位継承順位は上だった。

 前王が実父であり、両親が同時に亡くなったから、叔父にあたる今の国王に引き取られ、ミハイルが兄となった。

 ただし、前王が亡くなった背景には色々と黒い事実が盛り沢山だ。

 現国王が王位を手に入れるために、裏で手を引いたのは明らかで……

「君は動揺しないんだね。君のでもうすでに知っているはずだ。すぐ間近に、君の親兄弟を殺した男がいるかもしれないということを」

 それを言っても、王子の表情は凪いだものだった。

「そうですね……本来なら両親や兄の無念を晴らすべきと思わなければならないのかもしれませんが」

「君はそうしないと?」

「そうですね。決して思い出が無い兄や両親だからという理由ではありません。上手く言えませんが……エカチェリーナさんと出会えてなければ、エカチェリーナさんに救ってもらえてなければ、そうしていたかもしれません。復讐によって得るものは、今のところは僕の自己満足でしかありませんから。国に悪い影響を与えることは良いことではないです。ミハイル兄さんはともかくとして、今は国王夫妻とは離れて暮らしています。彼らの顔を見なくて済むのは幸いですね」

 王子はこちらから見ると、泣いているようにも見える顔で微笑んだ。

 そんな複雑な表情もするのかと、こちらも複雑な気持ちになる。

 たった今、目の前に現れた正体不明のものは、実体を持つ人によって見せられた幻だ。

 気持ちの悪い魔力の痕跡。

 人の負の感情を煽る行為は、私のお師匠様が好みそうなことでうんざりする。

 暗闇の方を見て、まさかとは思っていた。

 お師匠様が何か関わっているのなら、それは有り得る話だ。

 あの人はただ面白いからと、人が悩み、踠き苦しむ姿を見たいがために、火種を投げ込んで大きな騒ぎを起こすのが大好きだ。

「私のお師匠様の話をしたことがあった?」

「いえ。詳しくはわかりません」

「一緒に住んでいたのはそんなに長くはないけど、とにかく恐ろしい人で……人なのかもわからない。私のお師匠様は、人であって人であらざる者だ。そして、人でなしで欠落者だ。木を隠すなら森の中。復讐を隠すなら新たな復讐者を。今ので君の関心をそらしたかったのかな」

「エカチェリーナさんのお師匠様が、何かに関わっているのですか?」

「正確には少し違うと思うけど、何か面白そうだと思って、事態をややこしくするためにわり込んでくることはあると思う。今までずっと行方不明だったけど、様子を見に戻ってきたのかも。復讐の種が育ったかどうかの確認をしに……」

「先ほどから仰っている復讐とは、誰が誰にですか?」

「…………君は、私を疑わないの?お師匠様の弟子の私を」

 王子は問いかけられたことを考えるように首を少し傾げると、言葉を選びながら私にそれを言った。

「僕がエカチェリーナさんのことを語るなんて烏滸がましいですが、エカチェリーナさんの優先順位というのか、もっと別のところにあるような……」

「ばぁやが……いなくなった今は……ヤケになって何かするかもだよ」

「うーん……それでも、やっぱり、それは違う気がします。また新しいレシピを覚えたので、竜に届けてもらってもいいですか?」

「やめて。いらない。必要ない」

 全力で拒否すると、王子はとても残念がっているけど、今はそれどころではない。

「お師匠様は数年前にふらりといなくなって、それ以来会っていない。あの人は、この世界にいたのかもわからない」

「えっと……この世界……別の世界……」

 王子は一生懸命に私の言葉を理解しようとしているけど、意味を知るのは生きているうちは難しいことだ。

「今の君の役目は王太子を守ってあげること。それから、あの騎士に気を付ける」

「ヴェロニカさんは守らなくていいのでしょうか?」

「そうだね。君にはその義務は無いよ」

「エカチェリーナさんがいるから?」

「そうだね」

 王子は、また考え込むような仕草を見せている。

「今の国王は……とても多くの人に恨まれています」

「それは、君の耳が聞いたこと?」

「はい。だから、誰が何をしてもおかしくはないですが、僕は……誰も犠牲の出ないようにしたいです」

「君に何ができるかな」

「わかりません。ただ、周りに気を付けておくことしか……」

 王子のがあれば未然に防げることも多くはあるだろうけど、それも完璧では無い。

「君と王太子が無事であることを祈るよ」

「はい……」

 この場ではこれ以上は何か起こる様子は無い。

 でも、月の光が届かない暗闇の中、その先の見えない不安の中にお師匠様の存在を感じて、王子以上に私の方が不安が大きくなっていた。




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