聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

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エカチェリーナ  *バッドエンド注意

26 陰謀と思惑

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 当初の予想通り、橋に魔法を落とした犯人は判明しなかった。

 複雑に、乱雑に混ざり合った魔法は、誰のものか元を辿るのは難しい。

 王家はどのようにこの事件の詳細を公表するのか、まぁ、私には関係ないことだと、王子のところまでわざわざ聞きに行かなくても、復興支援に目処が立てばあちらから報告があるだろうと、それを待っていた。

 待っていると思ったところで、ふと我に返った。

 自分には関係無いと思っているのだから、別に待つ必要もないだろうに。

「エカチェリーナさん」

 どんなタイミングなんだ。

 私が座っていたのは学院の裏庭にあるベンチ。

 その後ろに、いつの間にか王子が立っていた。

「私が嫌がることをわかっておきながら、話しかけてくるだなんてね」

 待っていたことを誤魔化すために表面上は迷惑そうにしたのに、

「お忙しいところを申し訳ありません。でも、聞いてほしい事があります」

 でも、王子はめげなかった。

 はっと、息を吐きだす。

 私の負けだ。

「どこに行けばいいの?」

「授業が終わり次第お迎えに行きますね」

「来なくていい。ここで待ってる」

「はい。ではまた後で来ます」

 その場では一度別れ、改めて放課後に王子が案内した場所は、意外にも王都で人気の喫茶店だった。

 そこの店内にある個室に私を連れて行く。

 向き合って座る王子と私。

「あの、まずはこれをどうぞ」

 これとは、目の前に置かれた三段重ねのケーキスタンドだ。

 アフタヌーン・ティーといったところか。

「私は君とデートをしにきたわけじゃない」

 随分と雰囲気のある店内とメニューの数々は、さぞかし若い子達に人気なことだろう。

 私には明らかに場違いだ。

 個室は都合が良いのだろうけど、こんな所で深刻な話をするつもりなのかと、呆れていた。

「はい。エカチェリーナさんが嫌だと思うことはしません。でも、ただ話をきかせるわけにもいかないので、食べながら聞いてもらえたらと」

「王子がそう言うのならいただくよ」

 一国の王子の話を、食べながら聞いていいと言うなら遠慮なく。

 私が場の雰囲気にそぐわないのであって、食べ物に罪は無い。

 喋りたいのなら勝手に喋ればいいと、目の前の人には視線を向けずにお茶に手を伸ばす。

 私が食べ始めると、王子も本題を話し出した。

「兄上とヴェロニカさんが婚約する以前に、兄上の婚約者だった女性がいるのはご存知でしょうか」

「うん。もちろん、知っている」

 ライネ辺境伯爵家の娘だ。

 今は領地で元気に過ごしていると聞いた。

 そもそも、病に侵された令嬢が王太子の婚約者だったのには恩以外の理由があるのだ。

 その令嬢の病を、ヴェロニカさんが癒した。

「あの、多分エカチェリーナさんは、兄上と御令嬢の裏の事情もご存知なのかもしれませんが……」

 裏事情とは、理由、カモにされていた話のことだ。

 ライネの娘を人質のようにされて、実家は随分と無心されていたらしい。

「それで、こちらに留学した経験がある帝国の皇子殿下が御令嬢に好意を抱いて帝国への留学を勧めています」

「それには別の理由があるね。あの城の今の主が原因だね」

 何だか王子の様子がとても深刻そうだったから、ここに来るまでに小鳥を使ってざっと城の様子を調べておいた。

「エカチェリーナさんにはお見通しですね。兄上には迷惑をかけたので幸せになってもらいたいけど、だからと言って誰かの不幸の上では意味がないと、僕は思っています」

「私個人の考えとしては、それは間違ってはいないと思うよ」

 王子はほんの少しだけ安心したような笑みを浮かべた。

「橋の崩落を彼女のせいにして、賠償金としてライネ領の資源を手に入れようとしています。僕の力では、国王の横暴から御令嬢をお守りすることができません。力不足を痛感しています」

 結局、犯人がわからないから、都合の良い人物をでっちあげることにしたのか。

 暗殺しない限りは、アレはやりたい放題なんでしょうね。

「せめて、彼女達が希望する通りに無事に帝国へ送り届けようと思っているのですが、それはミハイル兄さんの願いでもあります。ただ……」

 ライネ家は、娘を亡命させることにしたようだ。

 でも、この国から帝国までに至る道中がなによりも厄介なのだろう。

 一夜にして二つの国が樹海と化した、今では大厄災と呼ばれている出来事が過去にあった。

 もう、10年前のことだ。

 その二つの国があった場所は、易々と人が行き通える場所ではなくなっている。

 それが無の森のこと。

 足を踏み入れたものを惑わし、迷わせ、遂には行方がわからなくなる。

 その樹海の端に、私の家はある。

「この時期に君が国を離れるのは、他に理由があるのでは?」

「エカチェリーナさんは、お見通しなのですね。前王が僕の父だったのはご存じですよね」

「そうだったかな」

 興味のないフリで話をさっさと進めさせる。

「僕は少し警戒されているようです。もちろん、兄にではありません。国王に、なので、少し国外で過ごそうと思いました」

 王子は追い出されるか。

 あまり良いタイミングとは言えない。

「エカチェリーナさんにお願いというか、これは僕からの依頼という事になるのですが」

「対価があるのなら聞こうか。何をしてくれる?」

「エカチェリーナさんが望むことなら、何でも叶えたいです」

「村を永続的に支援して。王子の名前の下で」

「えっ、そんな事でいいのですか?」

「そんなことではないでしょ」

「わかりました!」

 頼られていると感じたのか、王子はとても嬉しそうに答えている。

「皇子殿下は、帝国で御令嬢を迎える準備をしています。僕達は空を通っていくつもりです」

「長旅に耐える体力がないから、令嬢を竜に乗せて連れて行くつもりなんだね」

「はい。エカチェリーナさんには、付き添いと護衛をお願いします」

「一つ尋ねるけど、私に頼むのは、王太子とヴェロニカさんの提案でもあるの?」

「はい。兄上が相談して、ヴェロニカさんがエカチェリーナさんの名前を出しました」

「なるほどね」

 後で、ヴェロニカさんに会いにいかなければならないようだ。

「出発は明日の早朝となると思いますが大丈夫ですか?」

「平気だよ」

「しばらく家を空けることになっても?」

「これくらいの距離ならすぐに戻って来れるから問題ない」

「ありがとうございます!あと、これはエカチェリーナさんにお土産です」

 話がまとまったところで、何か紙袋を持っているなと思っていたら、それから王子が取り出したのは、少々採取がめんどうな薬草のブーケだった。

「王子。地獄耳を使って私の独り言を聞くな」

「違います!ただ、エカチェリーナさんの声は勝手に耳が拾うから……気を悪くしたのなら……ごめんなさい」

 子犬に上目遣いに見られたら、怒る気も失せる。

「まぁ、いい。これは貰って嬉しい物だから、感謝はするね。ありがとう」

 この王子は、調合で必要な鉱石で作った装飾品なんかも持ってきそうだな。

 砕いてくれてかまいません!とか言って。

 うっかり言葉にしないように気をつけないと。

「ケーキのおかわりはいかがですか?」

 私はもういらないけど……

「お土産に焼き菓子を用意してもらいましょうか?村の入り口に届けますよ。エカチェリーナさんがお渡ししたい子供は何人ですか?」

 王子が手帳を出したから、素直に子供達の人数を教えた。

 手帳から少しはみ出したものは見なかったことにする。

 王子は、相変わらずあの絵葉書を大切にしているようだった。


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