聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

文字の大きさ
上 下
4 / 52
ユーリア   *胸糞注意

4 婚約解消と家族との再会

しおりを挟む
 二人の関係を目の当たりにして、逆にあの日から心の準備はできていた。

 その日は、私の治療が終わってからちょうど二ヶ月後のことだった。



「ユーリア。今日は君に大切な話をしにきたんだ」

 それを伝えに来たミハイル様の隣には、ヴェロニカさんがピッタリと寄り添っていた。

 わざわざ直接私の元を訪れたミハイル様は、珍しく緊張した様子だった。

 ああ。

 とうとうこの日が来たのかと、とうに覚悟はできていたけど、やっぱり心は痛んだ。

「部屋に入ってもいいかな?」

「はい。王家の御厚意で滞在させていただいている身です。どうぞ、私の許可など得る必要はないのです」

 私に与えられた部屋は続き部屋となっていて、隣はずっと過ごしていた寝室であり、こちら側は応接室の役割も果たせる。

 ミハイル様とヴェロニカさんに、部屋の中央に設置されたソファーを勧めた。

 ミハイル様とヴェロニカさんが座った向かい側に、私も座る。

「これから君に伝えることは、君をどれだけ傷付けるか理解している。誹りはいくらでも受けるつもりだ」

「どうぞ、ミハイル様の話を続けてください」

 ミハイル様が話し始めると、不思議と心は穏やかなものとなっていた。

「私は、ヴェロニカの事を愛している。彼女との出会いは運命だっと感じているんだ。これから先、聖女の役目を果たしていかなければならない彼女のことを、公私共に支えていきたい。ユーリア。どうか私との婚約を解消してくれ」

 ミハイル様はそれを言い切ると、膝に置いた拳に力を込めており、私からの糾弾を待っているようだった。

「承知しました。王太子殿下」

 だから、その言葉をお伝えした時は随分と面食らった顔をされて、私を見ていた。

「これまでありがとうございました。殿下が寄り添ってくださったから、病床にいても日々に絶望しなくて済みました」

 これは、本心からの言葉だった。

「私は、お二人のこれからを祝福いたします。私の命を救ってくださったのは、ヴェロニカさんです。幸せを願うのは当然のことです」

 それを聞き終えた王太子殿下は、安堵したような表情を見せていた。

「ありがとう、ユーリア。いや、ライネ辺境伯爵令嬢」

「では、必要な書類をこちらに届けていただけましたら、すぐに署名したいと思います。城を出る手筈も整えたいので、家族に連絡していただけると助かりますが」

「私が責任をもって全て行う。君の負担にならないように」

 話が済み、必要なことが決まると、殿下とヴェロニカさんはすぐに部屋から出て行った。

 そう言えば、ヴェロニカさんは特に何も喋らなかったな。

 殿下の隣に座って、穏やかな微笑を浮かべていただけだった。

 ほっと、人知れずため息を吐く。

 終わったのだ。

 これで、私とミハイル様との婚約関係は。

 最後はとても、呆気ないものだった。




 婚約解消の手続きが終わると、数日後には辺境伯爵家の領地へと出立していた。

 急なことだったので実家のライネ家からの迎えが間に合わず、その代わりに王家が丁寧に送り届けてくれた。

 王太子殿下が私の事を案じてくれた結果だ。

 最後まで丁寧に接してくれて、やはり責める気持ちは生じなかった。

 これからは、私が好きなように生きればいい。

 それができる健康な体になったのだから。

 健康になったと言っても体力は無くて、領地に向かうまでの道中で何度か体調が悪くなり、随行してくれていた王家の医師に何度もお世話になっていた。

 この先どうやら、遠くに旅行するのは無理そうだと、帰路の間に悟った事だった。

 六年ぶりに生まれた家に戻ると、屋敷の前では家族総出で出迎えてくれた。

 多くの使用人が立ち並ぶ中、馬車から降りた私を真っ先にお父様が抱きしめてくれた。

「ユーリア。よく戻ってきてくれた!」

 お父様はむしろ、婚約解消を喜んでくれていたようだ。

 家族ともずっと離れ離れだったから、私に会えた事を喜んでくれるのは、私もとても嬉しかった。

 六年間一度も会えることが無く、手紙のやり取りもあまりできなかった。

 大好きな家族に会えない寂しさを、王太子殿下の優しさが埋めてくれなかったら、闘病生活は耐えられたものではなかった。

「お父様……お母様も、お兄様も、ご心配をおかけしました。そして、王家との婚約が無くなった私を温かく出迎えてくれて、ありがとうございます」

「貴女が元気になってくれたことが何よりよ。私の命よりも大切なユーリア」

 お父様に代わって、今度はお母様が私を抱きしめてくれた。

「お前の事は、この先もずっと俺が守る。お前は何も気にせずに、家で安心して過ごせばいい」

 騎士よりも逞しいお兄様の言葉も、嬉しかった。

「さぁ、疲れているだろう。ユーリアの部屋は整えてある。体を清めて、ゆっくり休みなさい。城から来た方々は、私が対応するから」

「ありがとうございます、お父様」

 家族の温かい言葉に背中を押されて、久しぶりとなる実家の自室で疲れた体を癒せていた。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:115,156pt お気に入り:2,904

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,313pt お気に入り:5,992

野望

BL / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:241

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:51,258pt お気に入り:6,939

突然豹変した高スペックな幼馴染みと後輩にねらわれてます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:44

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:51,155pt お気に入り:404

踏み出した一歩の行方

BL / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:66

処理中です...