偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

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本編

35 誓い

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 レインさんの無駄話を聞きながら食事を終えて、再び部屋で休んでいると、次第に室内は陽光で明るくなっていた。

 ベッドから抜け出して、身だしなみを整える。

 身支度を終えて椅子に座ってボーッと窓の外を眺めていると、部屋の扉がノックされた。

 出立の時間になって、誰かが呼びに来てくれたようだ。

 おそらくレオンだと思う。

 扉を開けて隙間から見ると、予想通りに緊張した面持ちのレオンが直立不動で立っていた。

「時間になりましたが、出られますか?」

 遠慮がちに小声で尋ねられ、大丈夫だと伝える。

 少ない荷物を持って部屋の外に出ると、周りにはレオン以外誰もいないようだった。

「今さらなのですが、俺は貴女のことを敬称抜きでシャーロットとお呼びしてもいいのでしょうか」

 隣を歩くレオンから聞かれて、

「シャーロットと呼んで欲しいです。レオンのそれはどうにかなりませんか?」

「それとは、言葉遣いの方ですか?不快だと仰るなら、努力します」

「前と同じようにしてもらいたいだけです」

「わかりました」

「レオンがそんな話し方をすると、距離を感じてしまいます」

 壁を作られているようで、急な変化を寂しいと感じていた。

 玄関ホールから外に出ると、ダイアナの騎士が近付いてきた。

「レオン。不備が見つかって、出発時間が予定より遅くなる」

 向こうを見ると、馬車の周りに数人の職人らしき人がいた。

 修理でもしているのかな。

 時間がかかりそうならば、どうやって時間を潰そうかと考える。

「では、散歩に行かないか?」

 思いつくものがなかったので、レオンからの誘いは有難いものだった。

 二人並んでしばらく歩くと、麦畑がどこまでも広がる、黄金の絨毯が敷き詰められているような光景に出会う。


 美しい世界。


 これが、この大陸の聖女が守っているもの。

「綺麗ですね……」

 世界が美しいと思ったのは、いつぶりのことか。

「ここには綺麗なものがもっとたくさんある。シャーロットにもっと見せてあげたい」

 私は聖殿から出してはもらえなかったから、自分が守っているものにほとんど接することがなかった。

 あの大陸にも、こんな綺麗な場所があったのかな。

 あったとしても、今見ている景色のように美しいと思うことはないと思う。

 隣にいる人を見上げた。

 朝日の中で見るレオンの横顔は、見慣れた人のものにも見えるし、違う人にも見える。

 この景色を綺麗だと穏やかな気持ちで見られるのは、隣にレオンがいてくれる安心感からだ。

 不思議な感覚だった。

 私が見ていることに気付いたレオンが、それを尋ねてきた。

「怖い夢を見たり、していないか?前から時々うなされていたのが、気になっていたんだ。あの日を夢で見ているからなのではないかと」

 レオンは変わらず、ただただ私の事を心配してくれている。

 私には、その資格はないのに。

「レオンは、私の事を責めないのですか?たくさんの人を見殺しにしていると」

 今でもあの大陸を見捨ててここに来たことは、後悔していない。

 でも、レオンがどう思うのかは気になっていた。

 歩みを止めて真摯な顔で見つめられると、レオンから発せられた言葉は私を責めるものではなかった。

「聖女エルナトは死んだ。殺されたんだ。だからもう、何の義務も責任も負う必要はない。それは、あの大陸に住む者達が選んだことだ。あの大陸に住む者達自身の責任だ。シャーロットがその体で蘇った理由は、俺には分からない。でも今この瞬間はシャーロットのもので、あの大陸を救うために、今のシャーロットが存在しているわけじゃない。放っておけとは言わないけど、あの大陸で起こる事に、シャーロットが心を悩ますことはない」

 でもと、レオンは続けた。

「それでも、シャーロットが元いた場所に戻りたいと言うなら、そこに連れて行くし、他に行きたい場所があるのなら、俺が一緒に行く。まだ帝都での生活を体験してもらっていないから、できれば先にこのまま帝都へと向かって欲しいけど。俺は、処刑された時のシャーロットの気持ちは、きっと想像することすらできない。だから、絶対にシャーロットの気持ちを否定しない」

「私が帰らなければ、あの大陸は死んでしまうのですよ?」

「うん。そもそも、あの日にもう終わっている。あの処刑に関わった者達が生きているのなら、俺が復讐したいくらいだ。俺は、月華騎士団の騎士だ。この大陸とダイアナ様を守っている。でも、シャーロットがもう二度と誰かに裏切られることのないようにする。少なくとも俺は、シャーロットを裏切らない。シャーロットにはもう、怖い思いも痛い思いもさせない。もし、俺がシャーロットを守れない状況になった時は、ダイアナ様に守ってもらってくれ。レインだっている」

 レオンがいなくなる日が来るなど、想像したくもない。

「矛盾しています。私のことは、最後まで面倒見るって言ったのに」

「今でもそのつもりで、あの時以上にそう思っているし、ここで宣誓してもいい」

 レオンが膝をついて私の手を握り、今にも何かを言いそうだったから私の方がそれを止めた。

「騎士が二度も誓いを立てるものなのですか!?」

「騎士としてではない誓いなら立てられる」

「レオンの誠意は分かりましたから、もう行きましょう」

 跪いて私を見上げていたレオンから離れると、熱のこもった視線から逃げるように来た道の方を指さす。

 ちょうどレインさんの姿が遠くに見えて、

「よ、呼びに来てくれたようですよ」

 そちらの方に駆け出していたのは仕方のない事だと、自分に言い訳していた。




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