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本編
49 二度目の約束
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自分が、何かを叫んだ気がした。
他人の声で、何を言ったのか。
二人の足元に赤黒い染みが広がっていく。
剣が抜かれると、レオンはゆっくりと地面に崩れ落ちていた。
ポタポタと血が滴り落ちる剣を持ったまま、レインさんは、地面に横たわるレオンを見下ろしている。
見下ろしたまま、微動だにしない。
耐え難いはずの激痛の中で、レオンはそんなレインさんを微笑を浮かべて見上げていた。
そこに至るまでの二人の姿を、私はただ見ていることしかできなかった。
体からたくさんの血が流れて、もうレオンは動く事ができない。
だからなのか、エンリケの支配からは解き放たれたようだった。
たまらなく、体が動く。
「レオン!!」
レインさんの脇を通り抜けて駆け寄り、レオンを抱き起こす。
たくさんの血が溢れて、止めようがなかった。
助けられない。
魔法が使えない私は、レオンを助けられない。
今、この時ほどそれを悔いた事はない。
「意味がない。聖女として、生まれてきた意味がない。貴方を救えない私は……」
ボロボロと涙が溢れ、声は震える。
「貴方を救えない私は、私は……」
失いたくないとどれだけ願っても、別れが訪れる。
その時が間近に迫っていることを認めたくはなかった。
「天命だ。誰にも、平等に、訪れる」
それを受け入れているかのような、レオンの穏やかな声。
王都で助けてもらった日から変わらない、労るように、気遣うように、私を見てくれている。
今にも灯火が消えそうなのはレオンなのに。
「エルナト様は、魔法が、使えなくても、たくさんの人を救ってきた。今だってシャーロットは、雨を降らせて、ちゃんと人を救えている」
王都の炎は、まだ全て消えたわけではない。
でも、直にそれも収束するはずだ。
「あそこに住む人達だって、天命なのに。たとえ、炎に呑まれても……」
「シャーロットと出会えた場所を、燃やされなくて、俺は、嬉しいよ」
「レオンは、ズルいです」
レオンは救えないのに、あそこに住む人達は救われてしまう。
レオンがそんな理由をつけるから、何の葛藤もなく、人を助けなくていいのならと、私は素直に雨を降らせ続けてしまう。
聖堂に良い思い出はなくとも、空が見える唯一の場所、中庭は大好きだった。
いつも、心地良く、優しい風が吹いていた。
そんな場所でレオンと出会った。
レオンの上にこぼれ落ちる涙に呼応するように、雨は降り続ける。
全てを押し流すような、激しいものではない。
優しく降り注ぐものでも、人々にとってはあの巨大な火柱を消す慈雨となっていることだろう。
レオンは王都の方角を眺めていた。
たとえ今すぐにあの雨を止ませ、王都が燃え尽きたとしても、レオンは私を責めたりしない。
どんな私でも、受け入れてくれる。
私の、唯一の人。
「レインを責めないで。正しいことを、した。俺が、シャーロットを、傷付けずにすんだ。怖い思いを、させない。痛い思いをさせない。俺が、シャーロットに、約束した事だ」
また、私の背後に立っているレインさんを見上げている。
穏やかな顔で、微笑んでいるようにも見える。
今、レインさんがどんな顔でレオンを見下ろしているのか、背を向けている私からは見えない。
レインさんの気持ちなんか、分かりたくもない。
私を殺めてしまった後のレオンの気持ちなんか、考えたくもない。
傷付けたところで、命を奪ったところで、この体は私のものではない。
他人の体となってまで、どうしてこんな運命を迎えなければならなかったのか。
「俺は、シャーロットの、そばにいる。約束だ」
「守れない約束は、しないでください」
私は、何も言葉にしてあげられなかったのに。
「ずっと、一緒だ」
「信じられません……」
レオンの想いすら聞いてあげることが出来なかったのに。
「そばにいる」
「信じない」
「ずっと、一緒だ」
「ずっと、一緒に、いてください」
「ああ」
息を引き取るその瞬間まで、レオンは、私を安心させるように同じ言葉を繰り返した。
「レオン……立って……動いて………」
目を閉じ、動かないレオンに訴える。
「レインさん……レオンと、一緒にいたい……」
今度は、背後に立つレインさんに訴える。
「レオンを、ここに一人で置いていけません……」
そこで、レインさんを初めて見上げていた。
泣いてはいない。
悲しんでいるようにも見えない。
何を思っているのかわからない顔。
感情を、殺している。
何もかもを押し込めて、一人で勝手に死よりも辛い決断をして。
レインさんの気持ちなんか、知りたくもない。
レインさんは、動かないレオンの傍に膝をつくと彼の手を胸の上に重ねてあげた。
目を閉じて、ほんの少しの黙祷。
それを最後に立ち上がると、もうレオンを見ようとはしなかった。
自分が進むべき方向だけを見て、私の腕を引いて無理矢理レオンから引き剥がすと、歩いていく。
レインさんは、レオンを置いていくと決めたのだ。
私が抵抗しようと、足で踏ん張ろうと、構わず腕を引いて行く。
悲しむ間も、嘆く間も、与えてはもらえない。
レオンを、置いて行きたくない。
レインさんだって、こんな所にレオンを一人残していきたくないはずなのに。
モフーが私の服の中から這い出て来ると、レオンの所まで猛スピードで駆け寄っていった。
レオンの傍に寄り添い、そこから動かない。
重ねられた手の下に鼻を近付けて、ヒクヒクとさせている。
撫でてと言うように、頭を突っ込んで。
何度も何度も振り返る。
ボロボロと涙が溢れて、視界がかすむ。
どれだけ願っても、地面に横たわるレオンは動いてはくれなかった。
精霊達に、レオンとモフーのそばにいてあげてとお願いした。
動かない骸が、獣に喰われ、朽ち果て、土に還っても、レオンを一人にしないでと、お願いした。
元いた場所だとしても、ただ一匹残されるモフーを見守ってあげてと。
「俺を憎め。俺は、お前を生かさなければならない」
レインさんが、ようやく言葉を発した。
こっちを見もせずに前しか見ていないから、それを言ったレインさんの横顔だってほとんど見えない。
レオンのことしか考えてくれない、自分の想いすら二の次にするレインさんに、怒りと憎しみと哀しみをぶつけられるのならどれだけ楽になれるか。
腕を引っ張られるまま、引きずられるように重い足を動かして歩く。
癒えることのない想いを抱えて、在るべきところに帰るために。
帰ることができなかった人のためにも。
どれだけ哀しくても、それが、レオンの最期の願いだから。
他人の声で、何を言ったのか。
二人の足元に赤黒い染みが広がっていく。
剣が抜かれると、レオンはゆっくりと地面に崩れ落ちていた。
ポタポタと血が滴り落ちる剣を持ったまま、レインさんは、地面に横たわるレオンを見下ろしている。
見下ろしたまま、微動だにしない。
耐え難いはずの激痛の中で、レオンはそんなレインさんを微笑を浮かべて見上げていた。
そこに至るまでの二人の姿を、私はただ見ていることしかできなかった。
体からたくさんの血が流れて、もうレオンは動く事ができない。
だからなのか、エンリケの支配からは解き放たれたようだった。
たまらなく、体が動く。
「レオン!!」
レインさんの脇を通り抜けて駆け寄り、レオンを抱き起こす。
たくさんの血が溢れて、止めようがなかった。
助けられない。
魔法が使えない私は、レオンを助けられない。
今、この時ほどそれを悔いた事はない。
「意味がない。聖女として、生まれてきた意味がない。貴方を救えない私は……」
ボロボロと涙が溢れ、声は震える。
「貴方を救えない私は、私は……」
失いたくないとどれだけ願っても、別れが訪れる。
その時が間近に迫っていることを認めたくはなかった。
「天命だ。誰にも、平等に、訪れる」
それを受け入れているかのような、レオンの穏やかな声。
王都で助けてもらった日から変わらない、労るように、気遣うように、私を見てくれている。
今にも灯火が消えそうなのはレオンなのに。
「エルナト様は、魔法が、使えなくても、たくさんの人を救ってきた。今だってシャーロットは、雨を降らせて、ちゃんと人を救えている」
王都の炎は、まだ全て消えたわけではない。
でも、直にそれも収束するはずだ。
「あそこに住む人達だって、天命なのに。たとえ、炎に呑まれても……」
「シャーロットと出会えた場所を、燃やされなくて、俺は、嬉しいよ」
「レオンは、ズルいです」
レオンは救えないのに、あそこに住む人達は救われてしまう。
レオンがそんな理由をつけるから、何の葛藤もなく、人を助けなくていいのならと、私は素直に雨を降らせ続けてしまう。
聖堂に良い思い出はなくとも、空が見える唯一の場所、中庭は大好きだった。
いつも、心地良く、優しい風が吹いていた。
そんな場所でレオンと出会った。
レオンの上にこぼれ落ちる涙に呼応するように、雨は降り続ける。
全てを押し流すような、激しいものではない。
優しく降り注ぐものでも、人々にとってはあの巨大な火柱を消す慈雨となっていることだろう。
レオンは王都の方角を眺めていた。
たとえ今すぐにあの雨を止ませ、王都が燃え尽きたとしても、レオンは私を責めたりしない。
どんな私でも、受け入れてくれる。
私の、唯一の人。
「レインを責めないで。正しいことを、した。俺が、シャーロットを、傷付けずにすんだ。怖い思いを、させない。痛い思いをさせない。俺が、シャーロットに、約束した事だ」
また、私の背後に立っているレインさんを見上げている。
穏やかな顔で、微笑んでいるようにも見える。
今、レインさんがどんな顔でレオンを見下ろしているのか、背を向けている私からは見えない。
レインさんの気持ちなんか、分かりたくもない。
私を殺めてしまった後のレオンの気持ちなんか、考えたくもない。
傷付けたところで、命を奪ったところで、この体は私のものではない。
他人の体となってまで、どうしてこんな運命を迎えなければならなかったのか。
「俺は、シャーロットの、そばにいる。約束だ」
「守れない約束は、しないでください」
私は、何も言葉にしてあげられなかったのに。
「ずっと、一緒だ」
「信じられません……」
レオンの想いすら聞いてあげることが出来なかったのに。
「そばにいる」
「信じない」
「ずっと、一緒だ」
「ずっと、一緒に、いてください」
「ああ」
息を引き取るその瞬間まで、レオンは、私を安心させるように同じ言葉を繰り返した。
「レオン……立って……動いて………」
目を閉じ、動かないレオンに訴える。
「レインさん……レオンと、一緒にいたい……」
今度は、背後に立つレインさんに訴える。
「レオンを、ここに一人で置いていけません……」
そこで、レインさんを初めて見上げていた。
泣いてはいない。
悲しんでいるようにも見えない。
何を思っているのかわからない顔。
感情を、殺している。
何もかもを押し込めて、一人で勝手に死よりも辛い決断をして。
レインさんの気持ちなんか、知りたくもない。
レインさんは、動かないレオンの傍に膝をつくと彼の手を胸の上に重ねてあげた。
目を閉じて、ほんの少しの黙祷。
それを最後に立ち上がると、もうレオンを見ようとはしなかった。
自分が進むべき方向だけを見て、私の腕を引いて無理矢理レオンから引き剥がすと、歩いていく。
レインさんは、レオンを置いていくと決めたのだ。
私が抵抗しようと、足で踏ん張ろうと、構わず腕を引いて行く。
悲しむ間も、嘆く間も、与えてはもらえない。
レオンを、置いて行きたくない。
レインさんだって、こんな所にレオンを一人残していきたくないはずなのに。
モフーが私の服の中から這い出て来ると、レオンの所まで猛スピードで駆け寄っていった。
レオンの傍に寄り添い、そこから動かない。
重ねられた手の下に鼻を近付けて、ヒクヒクとさせている。
撫でてと言うように、頭を突っ込んで。
何度も何度も振り返る。
ボロボロと涙が溢れて、視界がかすむ。
どれだけ願っても、地面に横たわるレオンは動いてはくれなかった。
精霊達に、レオンとモフーのそばにいてあげてとお願いした。
動かない骸が、獣に喰われ、朽ち果て、土に還っても、レオンを一人にしないでと、お願いした。
元いた場所だとしても、ただ一匹残されるモフーを見守ってあげてと。
「俺を憎め。俺は、お前を生かさなければならない」
レインさんが、ようやく言葉を発した。
こっちを見もせずに前しか見ていないから、それを言ったレインさんの横顔だってほとんど見えない。
レオンのことしか考えてくれない、自分の想いすら二の次にするレインさんに、怒りと憎しみと哀しみをぶつけられるのならどれだけ楽になれるか。
腕を引っ張られるまま、引きずられるように重い足を動かして歩く。
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帰ることができなかった人のためにも。
どれだけ哀しくても、それが、レオンの最期の願いだから。
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