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7章:クシュナート王国行軍記

7話:謎のタッグ?(ラウル)

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「まったく、フェオドール様には困ったものだ。最近勝手が過ぎますね」

 寝椅子にゆったりと腰を下ろす姿は、まるでこの部屋の主そのものだった。
 短い銀髪に、鋭い緑眼。長身をゆったりとした夜着に包んだその男は、口元に酷薄な笑みを浮かべる。
 その前には肩くらいで銀髪を切り揃えた男が立っている。どちらが上なのか、はっきりと分かる様子だ。

「陛下への反発心でしょうか?」
「下らないものです。もう少し躾けてやらなければ分からないのでしょうかね? まぁ、私としてはそれもやぶさかではないのですが。なにせ、随分お可愛らしいですから」

 ニヤリと口元を歪ませた長身の男、ニコラは舌で唇を湿らせる。爬虫類を思わせる冷たく陰湿な空気に嫌悪を感じた。

「お好きですね、ニコラ様。まぁ、確かに可愛いですがね」
「しっかり仕込んでおいたのでね。痛めつけても仕置きと思っているのですから、おめでたい無知な方だ。おかげで、こちらは扱いやすかったのですが」
「お好きですよね、ニコラ様。サディストといいますか。ですが、腹いせのように鞭打つのはお控えください。跡が治るまで着替えだってままなりません」
「そのうちそんな事、気にしなくてよくなりますよ。あれが玉座につけば言いなりです」

 クスクスと、本当に楽しげな声で笑うニコラを見ながら腹の底が煮えるような気がした。まさかそんな事をしていたなんて、思わなかった。
 愛される事と愛する事を知った者にとって、この仕打ちは我慢ならないものだ。

 いっそ、ここで殺した方が世の為なんじゃないか。静かな殺気を腹の底にため込みながらも、それでは愛しい人に迷惑をかけてしまうと思えば我慢ができる。不味いものを飲み込んで、今は動きを探るしかなかった。

「ですが、これからどう致しましょうか? 陛下の身辺は固められてとてもじゃありませんが手出しができない。王妃殿下とリシャール殿下も同じですが」
「そうですね。騎士団に国王襲撃も被って貰う為には、今度こそ上手くやらなければいけませんが」

 考えているようで、その表情は揺らぎない。既に決めてある目だ。

「煩い古狸を消す方を優先しましょうか。幸い、今日の一件で険悪な空気は出来上がっている。諍いによる犯行、もしくは帝国の陰謀に気付いた人間を消した、とでも。適当に一人攫って、老人達を殺して武器を握らせてやればいい。現行犯です」
「その一人を攫うのが難しくはありませんか?」
「見たところ、後方支援の者もいるようですし問題ありませんよ。一人になったところを襲います」

 そう言った所で、ニコラは一度鋭い目をした。

「次こそ失敗は許されない。分かっているだろうね?」
「かっ、畏まりました」
「あの男はどうした」
「ローロン川に捨てました。今頃は海ですよ」

 部下の男が青い顔をして言う。それにニコラは一つ頷いて、「次はありませんよ」と脅した。


 話が切れて部下の男が去った。部屋の明かりが落ちて、ラウルは静かに部屋から遠ざかって廊下を進んだ。
 ニコラの周辺を探る。ランバートに言われてそうしたが、予想以上に嫌なものを聞いた。とても眠れる気分ではなくて、談話室に向かう。温かなものでも飲めば落ち着くかと思ったのだ。

 だがそこには先客がいた。一人でお酒を飲んでいたボリスが、小さく笑って迎えてくれた。

「こんな時間までお疲れ様です、ラウル先輩」
「ボリスもお疲れ。王子様のお相手、してたんだっけ」
「面白かったですよ」
「……あまり、苛めないでね」

 とても鋭くて、楽しそうな顔をしているボリスを見ると苦笑するしかない。なんというか、こっちもサディストの気があるのだ。

「眠れません? お酒、少しいります?」
「……そうしようかな」

 多少気を紛らわせたい。一人で酒を飲む気にはならないが、相手が誘うなら別だ。ラウルは側に座って、グラス半分くらい注がれたワインを飲んだ。

「……なんか、嫌な事ありました?」
「そう、だね」
「……ニコラの身辺、洗ってたんですよね?」
「うん」
「……あいつ、フェオドール様に性的な拷問してるとか、言ってませんでした?」
「どうしてそれ!!」

 驚いて声を上げて、言ってしまったことに後悔して口を手で塞いだ。だが、全部が遅かった。普段は人懐っこい部類に入るボリスの目が酷く鋭くなり、溢れるような寒い殺気が背を伝った。

「ふ~ん、やっぱり」
「どうして、それ……」
「童貞をからかったら、凍り付くような顔をした。怯えが酷くて、今にも息が止まりそうな顔をした。あーいう顔をする奴って、過去に酷い抱かれ方してる。レイプとか、意志を無視したプレイとか。俺、騎士団入る前は同じ趣味の奴とパイプ持っててさ、知ってる。どうしようもないクソ野郎がこれ見よがしに、そうして踏みつけた奴隷見せびらかしてた」

 それも凄い世界だとは思うけれど、なんとも言えない。それに、ラウルだって知っている。暗殺者時代、集められた子供の中にはそうした扱いを受けて壊された子もいた。
 騎士になってから、そうした犯罪を暴いた事もあった。そこで保護した子供達の目は、鈍い恐怖に濁ってしまっていた。

「ボリスも、そうなの?」

 問いかけたら、ボリスは少し考えて首を振る。そして、残っていた酒を飲み込んだ。

「少なくとも、体を傷つけて心を壊すようなやり方は嫌い、かな。からかうのは好きだし、本心を暴くのも好き。焦らしたり、泣かせたり、よがり狂うように仕向けたりはする。俺はそういう意味ではサディストだけど、泣き叫んで許しを請うて身を捧げるようなやり方は嫌いなんだ。気持ち良くない」
「う、ん?」

 よく、分からない。けれど違いがあるらしい。ラウルの理解は追いつかないが、当人達には明確な違いがあるらしかった。

「泣き叫んで、『ごめんなさい』『許して』『もう酷い事しないで』なんて言われて興奮する? 嫌よ嫌よも、なんて言うけれどこれは明らかに違うしさ。それに、痛い事が気持ちいいなんて、そういう趣味の人なら知らないけれど普通は随分異常でしょ」
「まぁ、そうだね」
「それは違うと思うから、俺は嫌い。それにフェオドール殿下、そういう趣味じゃないでしょ。無理矢理されて、痛いのが嫌だから波風立てないようにしてる気がする。そういうの、腹が立つんだよね」

 冷たい空気が一層冷え込んで、パンと弾けた。その後は穏やかだった。

「で、あいつ何したか知ってます?」
「全部じゃないけど……鞭、とか言ってたような……っ!」
「へぇ、そう? ふ~ん」
「ボリス怖いよ!!」

 瞬時に冷え込む背筋。一瞬で下がった体感温度にラウルが立ち上がる。三日月の笑みを浮かべたボリスはとても綺麗に怒っていた。

「やっぱ、男やめてもらおう」
「何する気!!」
「大丈夫ですよ、上手くやります」
「なにも大丈夫に思えないってば!!」

 ボリスは怒らせちゃいけない。この時、ラウルは深くそう思った。


▼ボリス

 翌日、チェルルは不在だった。朝一でラウルの掴んだ情報を確認しにローロン川へと向かったらしい。

 フェオドールは、やっぱり一晩泣き腫らしたみたいで朝食を届けに行ったら目が真っ赤だった。
 「ウサギみたい」なんて言ったらやっぱり睨んでくる。その反応がいちいち楽しいから、やっぱり弄りすぎて臍を曲げてしまった。


 その日の朝食後、ラウルからの情報を共有するのに談話室に行くと、予想外の人がドンと座っていたから全員が驚いた。

「アルヌール様、もういいの?」
「いつまでもベッドにいられるか。根が生えて気が滅入る。腕以外は元気なんだ、さっさと動く」

 憤慨した様子のアルヌールは首から腕をつっていたが、確かに他は元気そうだった。

「それで、色々分かったみたいじゃないか。聞かせてもらおう」
「まったく、仕方のない方だな」

 ランバートも呆れているが、これといって隠すつもりもないらしい。チェルルを除く全員が座って、報告がされた。


 一通りの報告がラウルの口からされた。ただ、フェオドールが虐待を受けていた事は流石に言えなかったらしい。ボリスからすれば幸いだ。

「次の狙いは古狸か」
「煩くなりそうな奴を先に始末する。当然と言えば当然の行動だな」

 アルヌールが唸り、ゼロスも唸る。だが情報を掴めたのだから先回りができる。今回は相手が悪い。

「それにしても、一人攫って……なんてね。随分なめられてるね」

 好戦的な目でハリーが笑い、ランバートも頷く。それはボリスも同感だった。

「じゃ、どう手を打とうか」
「僕が攫われるよ」
「ラウル?」

 挙手をしたラウルに視線が集まる。その中でも、ラウルは堂々としていた。

「攫うにしてもランバート達は無理。反撃を食らう可能性が低い相手となれば、小柄な僕やクリフ、チェルルだけれど……クリフじゃ何かあったときに怪我をする。僕なら場慣れしてるしね」
「そんな、ラウル先輩!」
「大丈夫、この程度の相手に怪我させられたりしないから」

 軽い様子で言うラウルだが、ランバートは心配そうな顔をしている。
 分かっている、ランバートだって大概だ。危険な役回りをできるだけ自分がとか思ってる。そういう捨て身な所はあまり好きじゃない。もっと、大事にしなよ。

「それなら、俺が行こうか?」

 不意に戸口で声がして、予定よりも早くチェルルが顔を覗かせる。
 こいつのこういう部分も嫌い。確かに元敵だけど、今はそんな風に思っていない。だからこそ、卑屈になるなんておかしい。もっと不遜な顔の方が似合っている。

 チェルルの申し出に、だがラウルがやんわりと笑って首を横に振った。

「チェルルは控えて」
「だけど……」
「チェルルにだって、怪我を心配する人いるでしょ? 危険な役回りを全部負おうなんて思わないで。僕達、仲間なんだし」
「仲間……」

 その当然の言葉に、チェルルは少し照れたみたいだ。そしてそれ以上、無理を言わなくなった。

「大丈夫なのか、ラウル」
「問題ないよ。大人しく気絶したフリしておけば乱暴にもされないだろうし。まずい時には掴まえる」
「分かった。陛下、ターゲットの予想はできますか?」
「お前につっかかってきたあの三人だな。あいつらはしつこくここにきて、敷地内の屋敷に引きこもる。迷惑だが今回はいい。事を起こすなら騎士団とあいつらが同じ敷地内にいなければならないしな」
「ターゲットがここに泊まる時には教えてください」
「あぁ、頼む。それと、ちっとはあいつらが懲りるようにできんか?」
「……それは考えておきます」

 追加の要求をサラッとするあたり、この王様は抜け目がない。今もニンマリだ。

「さて、そうなると現行犯で捕まえるのが先決だな」
「アルヌール陛下、ランバート。ちょっとお願いきいてくれる?」

 ボリスの突然の発言に視線が集まる。その中で堂々、ボリスは自分の要求をつきつけた。

「ニコラって奴はきっと、現場に行かないだろ?」
「多分な」
「そいつ、俺が捕縛する」
「捕縛って……一人で?」

 ランバートは怪訝な顔をするが、当然押し切る。他に誰かがいたんじゃ邪魔になるから。

「ボリス」
「頼むよ、ランバート。大丈夫、ニコラ殺したりしないから」

 死んだ方が楽かもしれないけれどね。

 ランバートは考えていた。けれど少しして、頷いてくれた。

「陛下からお許しが出るならいい」
「ほんと? じゃ、陛下少し俺とお話しよう」
「な! うぉ、マジか。俺はお前があまり得意じゃないんだが」
「俺も陛下とお友達ってわけじゃないよ。いいからお願い」

 一国の王様に対してどうのとか言うかもしれない。けれどこの人もうそういう感じじゃないからいいと思う。本人が許してくれるなら問題ない。

 ボリスはどうにかアルヌールを連れ出して人のない場所にきた。そして、注意深く辺りを見回した。

「んで、俺に何の用かね?」
「フェオドール様って、どっかで様子違わなかった?」
「ん?」

 ボリスの問いかけに考え込むアルヌールは、だが覚えがあったのだろう。少しして口を開き始めた。

「そういえば、十五くらいの時から俺の事を避け始めたな。俺もその頃は丁度、王位を引き継いだり結婚式だったりで構ってやれなかったんだが……。それが原因で離れていったんだと思うぞ」
「それ、多分違う。彼、ニコラにレイプされてる」
「…………は?」

 途端、うそ寒い冷気が辺りを包んだ。ビリビリするような怒気がアルヌールから発せられている。血走るような目で、無事な手にギリギリと爪が食い込んでいる。

「どこの情報だ」
「俺が昨日、童貞をからかったら凄い顔で固まった。怯えていたし、拒んでいたし、随分痛そうだった。ラウル先輩に探り入れたら、そんな話をしてたらしい。躾だって。鞭で叩いてたらしいよ」

 あっ、童貞じゃなくて処女散らしたのか。より悲惨だな。

 目の前のアルヌールはあっという間に威圧的な殺気にまみれた。色男だから迫力がけっこうある。それに負けるボリスじゃないけれど。
 何よりボリスだってその位には怒っている。前面に出さず腹の底で凍らせて、静かに時を待っているだけだ。

「あいつ、殺す」
「待ってよ、今はダメだって」
「待てるか! 可愛い弟がどうしてそんな不幸を背負わなきゃならん! セックスってのは気持ち良く幸せになってなんぼだぞ! それを……ふざけんな!」
「うん、今あんたの性概念いらない。でもまぁ、その通りだと思う。どんなプレイでも愛がないと暴力だよね」

 これ、サドの間じゃお約束。だからこそ自分勝手に相手を踏みつける奴が大嫌いだったりするんだ。

 アルヌールは途端にぺたんと側の椅子に腰をかける。酷く落ち込んだ、苦しそうな顔を見ると兄として弟を大事にしてたのがわかった。

「俺が自由すぎて、シワ寄せがあいつに行ってしまった。なのに俺は都合良く解釈して、離れていった理由も聞こうとしないで……最低は俺もだ」
「そういう自戒の念は後にしてくれる? 俺、とっくにあいつ苦しめる決意してるんだから」
「捕縛の件か?」
「そう。殺さない、苦しませるのに。けれど、死んだ方がいいようなやり方はすると思う。それ、もみ消して」
「何をする?」
「言えない。でも、殺さない」

 これで信用しろなんて、多分普通は通らない。けれどこの人なら通る気がしている。同じ怒りを共有できる相手だから。

 アルヌールは考えて、やがて顔を上げた。怒りは少しだけ内に込めて、一つ大きく頷いた。

「分かった」
「有り難うございます」
「……フェオドールには、いい恋愛させてやりたいのにな。本当に心から好きだと思える相手に巡り会える前に、最低なクズに踏みつけられていたなんて。どれほど、苦しんだか」
「……うん」

 心の傷は結構根が深い。あの怯え方は深いだろう。本当に真正直だから、訳も分からず男に組み敷かれて強要されたなら、怖かったはずだ。

「ボリス、頼んだ」
「任せてください」

 力なく笑うアルヌールの差し出した手を、ボリスはしっかりと握った。
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