約束へと続くストローク

葛城騰成

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第一章 新しい仲間とのストローク

第二話 なんであんたが立清なのよ!

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 どうしても勝ちたい相手がいる。
 なんでよりにもよってあいつがここにいるんだ。
 小学校の六年間と中学校の三年間。ずっと競ってきたあいつが、ここに。
 暦は三月下旬。高校からは、親元を離れて寮生活をすることになったウチは、荷物を運びに一足早く大阪府にある学校を訪れていた。
 寮の一階が男女共用スペースで、二階が男子用、三階が女子用と分かれていること。二人一組で一つの部屋を使うこと。携帯電話は持ち込み禁止だということ。いろいろなことを寮母さんから教えてもらった。最後に、ウチがこれから暮らすことになる部屋の番号を聞いて、エレベーターに乗り込んだ。
 寮で出されるご飯は美味しいのかな、とか。ウチと同じ部屋の子はどんな性格なのかな、とか。柊一君に寮の住所を教えないとな、とか。廊下を移動しながらいろいろと考えていた。
 だけど、ワクワクしていられたのは部屋の前に訪れた時までだった。扉の横に貼られているネームプレートを見て思考が止まってしまう。
 中学卒業後は別々の学校に進学して、大会で決着ケリをつけようと思っていた。だから、あいつにだけはどこに進学するかを言わなかった。それなのに、なぜ。

「なんか眼力が鋭い子がいるよ」
「不機嫌なオーラが漂ってる!」

 まだ名前すらわからない同じ寮の生徒数人から、いっぺんに視線を注がれているけれど、今はそれどころじゃなかった。あいつがいるなんて聞いていない。中に入る決意ができずに立ち尽くしていると扉が開いた。

「あら、やっときたのね」

 見知った顔がそこにいた。ウチがずっとタイムを越せない相手が、そこに。

璃子りこ……」
「まさか紗希も同じ立清学園とはね」
「それはこっちのセリフよ! なんであんたが立清りっせいなのよ!」

 湾内わんない璃子。こいつを端的に表すなら容姿端麗なクール女子ってところだろうか。睨むついでに、改めて彼女を観察してみる。
 璃子の髪型は泳ぐのに邪魔だからと、小学校高学年くらいの時にショートヘアにして以来まったく変わっていない。飾り気がないのに、スラっとした顔立ちとニキビ一つない真っ白な肌のおかげで、可愛らしく見えていた。

「なんでって十年連続インターハイに出場していて、世界と競えるほどのトップアスリートを数多く輩出している水泳の名門校と言ったら、ここ立清学園でしょ? ほかになにか言うことある?」
「ぐぬぬぬ。そういうことじゃなくて……なんで選んだ高校が璃子と被るのかってことよ」
「考えることが一緒だっただけじゃない? 近畿地方じゃあここが一番大きいし。とりあえず同じ部屋だし、また三年間よろしく」

 数秒、璃子から差し出された手を見つめる。
 彼女だって日々努力しているのはわかっている。けど、澄ました表情でウチの前を泳いでいることが気に食わなかった。

「うん。よろしく」

 自分でも驚くくらい低い声が出ていた。どうしても璃子を前にすると、素気ない態度をとってしまう。だってしょうがないじゃない。ライバルとして認識しているんだから。
 どうしてそんな自然な態度で接することができるのかわからない。意識しているのはウチだけで、璃子はウチのことなんてどうでも良いと思っているのかもしれない。そう考えると、余計に自分が惨めに思えてくる。
 そんな状況から一秒でも早く脱したくて、柊一君に誇れる自分になりたくて、立清学園を選んだ。ここでなら弱いままの自分を変えられる気がしたから。
 璃子の手を握ると予想以上に冷たかった。性格だけじゃなくて、体温まで冷たいみたいだ。

「あたしはもう全部運び終えたから、これから寮内を見て回るつもり。紗希も早く作業を済ませるといいわ」
「うん。そうするよ」

 璃子は手の力を解くと、ウチの横を通り過ぎていく。空の青さをすべて濃縮したような黒髪がウチの前でなびいて、シャンプーの匂いが鼻孔をくすぐった。
 柊一君との文通は今も続いている。お互い近況を報告し合いながら水泳を頑張っているけれど、未だに会うことはできていない。彼に誇れるほどすごい選手になれていないからだ。璃子に勝てないままでは、会う気にはなれなかった。
 部屋に入ってまず視界に飛び込んできたのは、二つずつ置かれた机とベッドだった。部屋の中央に見えない境界線でも引かれているみたいに左右にきっちりと、ウチ用と璃子用とで分かれていた。
 扉の前に立っているウチから見て右側を璃子は使うことにしたみたいで、いろいろな荷物が置かれている。なので、仕方なく左側にある机へと歩いていく。
 ボストンバッグから私服とかレターセットとかを取り出しながら、もう少し早く寮にくるべきだったと、寝坊しそうになっておかんに起こされた朝を思い返しながら溜息をついた。

 ◇◆◇

 立清学園の入学式が終わり、自分の所属するクラスが発表された。神様はウチを痛い目に合わせて楽しんでいるのか、クラスまで璃子と一緒だった。部屋も部活も一緒なのに、クラスまで一緒ときた。ここまで被っていると、さすがのウチも騒ぐ気になれなかった。
 ナーバスなことを考えるのはやめようと思い、意識を切り替えて水泳部のことを思い浮かべる。水泳の名門校なだけあって、初日から普通に部活が行われるそうだ。これから戦いの場に臨むのだと思うと緊張してきた。手に汗が滲むのを感じる。
 自己紹介をしたり、担任の先生による連絡事項を聞いたりした後は、各々自由行動の時間だ。同じクラスの子たちと親睦を深めるのもいいし、帰ってもいい。
 ウチも水泳部がなかったら、クラスの皆とお喋りをして会話に華を咲かせていただろう。仲良くなれる機会はまだまだたくさんあるはずだと信じて、屋内プールへと向かう。

「まずは、君たちがどのくらい泳げるのか見せてほしい」
「えっ」

 水着に着替えてプールサイドに集まったウチらに向かって、一年生のタイムを測りたいと男性の顧問が言い出した。いきなりのことだったので、思わず声を出してしまったけれど、動揺しているのはウチだけみたいだ。すぐに口を両手で塞ぐ。

「男子も女子も、100メートルをクロールで勝負してもらう」

 集まった一年生は十五人。そのうち、女子はウチを含めて八人みたい。ちょうどプールが八レーンなので、皆と一気に競えそうだ。
 少しして男子の泳ぎが終わり、ウチらの出番がやってきた。
 青色のハーフスーツの水着、水色のキャップ、薄い青色のゴーグル。それぞれをちゃんと装着できているかを確認して、スタート台の上に乗る。

「位置について」

 片足を後ろに下げて前屈みになる。前縁を両手で握りしめて、いつでもスタートできる態勢へ。

「よーい」

 さぁ、高校生最初の競泳だ。全力で楽しもう。
 待ってて、柊一君。ここからウチ、輝いてみせるから。
 ピッと鳴り響く笛の音と共に、水面に飛び込んだ。
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