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序章

家族

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 朝になっても、走馬灯は終わることなく現実のように感じられる。
 死の向こう側があって、自分が望む世界にいるのだとしたら、私は大切な人たちに恩を返したい。

 幼い頃から、女王陛下の夫になるため花婿候補として、全ての時間を費やしてきた。

 だが、今の私は候補であって、花婿に決定したわけじゃない。
 上流貴族の男子たちは学園に入学する前に、花婿候補として立候補した者から、女王陛下の一存で花婿が決定する。

 処刑される前の私は、選ばれたことが誇りだった。

 今の私はその先を知っているので、もう女王陛下に何かを求めるつもりはない。花婿候補の勉強をやめれば、他に目を向ける時間が作れるはずだ。

「アルファ」
「はい? どうされました。マクシム様?」
「今日から花婿候補の勉強を全てキャンセルしてくれ」
「えっ! どうされたのですか? まだ体調が悪いのですか?」
「ううん。もうしたくないって思ったんだ。ダメかな?」
「……ダメではないですが? 分かりました。侯爵様にお伝えします」
「あ~、母上に言わなければいけないのか、なら私が自分で言うよ。講師の人たちにはキャンセルを伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
「うん。今日もありがとう」

 お礼の言葉を告げると、アルファは驚いた顔をしていた。
 
 かつての私はどれだけ彼女に冷たい態度を取っていたのだろう。それが彼女の態度から窺い知れる。
 本当に申し訳ないことをしていたね。

 朝食を取るために食堂に向かえば、母上とサファイアが席に座っている。

 サファイアを大きくしたような母上の見た目はとても綺麗だ。
 現三大将軍の一人とは思えないほど柔らかな雰囲気をしていた。

 私が現れたことに、二人が驚いた顔を見せる。
 普段は部屋に篭って一人で朝食を取っているので、現れるなんて思っていなかったのだろう。

「おはようございます。母上、サファイア」
「おっ、おはようマクシム。珍しいわねあなたが朝食を共にするなんて」
「おはよう! 兄様。兄様も一緒に食べるのですか? 嬉しいです」
「ああ、一緒に頂いてもいいでしょうか?」

 私が母上を見れば、戸惑いながら頷いてくれた。

 食堂の給仕たちが、慌てて私の食事を用意してくれる。
 慌てながらも、物音を立てないのは彼女たちがプロである証拠だね。

「マクシム、体調を崩したと聞いたが、大丈夫なのかしら?」
「はい。もう熱も下がりました」
「よかったわ」
「よかったです! 兄様!」

 母は心から安堵して、サファイアは、嬉しそうに告げてくれた。家族である二人から愛されていることが伝わってくる。

 かつての私は、こんな些細なやり取りもしてこなかった。

「母上」
「何かしら?」
「今日より花婿候補の勉強を全てやめたいのです」
「えっ!」
「えっ! 兄様、花婿候補をやめるの?」
「ああ、そうだよ」

 私の返事にサファイアは嬉しそうな顔を見せる。
 対照的に母上は困惑した顔を見せていた。
 
 こんなにも母上と話をするのは久しぶりな気がする。
 いつもは一言二言を交わすだけで、会話と呼べるようなものではなかった。

「母上、私は花婿候補を辞めます。そのために消費していた時間を別のことに使いたいのです」

 花婿候補は立候補制だ。
 上流貴族の男子は、総じてプライドが高い。
 かつての私も含めてだが、生まれながらに高貴な存在であると信じ、男性というだけで優遇してもらえるので勘違いしてしまう。

 女性が多く、男性が少ない王国では、女性の庇護を受けて、悠々自適に暮らしている甘ったれな馬鹿野郎が多く存在する。

 それが、かつての私だ。

「本当にいいのかしら? マクシムは女王陛下の夫になりたかったんじゃないの?」
「いえ、今の私は女王陛下の夫になりたくありません。むしろ、お断りしたいです」
「まぁ!」

 こんなことを言う上流貴族の男子はいないだろう。

 傲慢でプライドが高く、選民意識の塊だった。

 かつての私なら、女王陛下のとなり以外に自分の居場所はないと考えていた。

「いいわ。マクシムが決めたことを尊重します」
「ありがとうございます」

 私が花婿修行を止めると宣言すると、母上もサファイアも嬉しそうな顔を見せる。

「二人とも嬉しそうな顔ですが、どうしてですか?」

 私の指摘に二人は気まずそうな顔になる。

 だけど、母上が溜め息を吐いて教えてくれた。

「ハァ、そうね。男性が少ないのはマクシムも知っているわね?」
「はい。男性一人に対して、女性が百人ほどいます。ですから、男性は妻を百人持つことができると習いました」

 一夫多妻制。

 女王陛下は多夫一妻制なのだが、他の者たちは一人の男性を多くの女性で囲むことが多い。

「それは家族や親戚なども含まれるの」
「えっ? そうだったのですか?」
「ええ。だから、私やサファイアにとってマクシムは、息子であり、兄だけれど、一番近くにいる異性なのよ」

 これまで妹や母を異性と思ったことはない。
 いや、女王陛下以外。
 もしかしたら、私は女王陛下も女性として見たことがない。

 そのような教育を誰も教えてくれなかったのだ。

 そうか、私は女性という者について知らないのだ。
 だから彼女たちの気持ちがわからない。

「そうだったのですね。すみません。母上、サファイア。これまでの私は何も考えないで、ひたすらに邁進しておりました」
「いいのよ。あなたがしたいことを応援する。それが家族だもの」
「そうだよ。兄様。私も兄様がいてくれるだけで嬉しいよ」

 本当に良い家族だ。

 私は彼女たちが何を思い、何を考えているのかも聞いてこなかった。
 
「これからは花婿教育の代わりに女性のことを教えてくれませんか?」
「「えっ?」」

 二人は全く同じ顔で、驚いた顔をする。

「ドドドドどどおドドドドどういう意味かわかっていっているのかしら? マクシム?」
「そそそそそそそそそそっそそそそそそうだよ。兄様!!! 女性にそんなことを言ったら、ダメなんだよ」
「どうしてだ?」

 私がわからなくて首を傾げてしまう。

「ブフッ!」
「ボフゥ!」

 二人とも冷静になろうと口につけた紅茶を一気に吹き出した。

「えっと、大丈夫?」

 咽せて咳き込む二人を心配して声を掛けれる。
 二人は何やらヒソヒソ話を始めて、のけ者にされてしまう。

「マクシム!」
「はい?」
「あっ、あなたが女性に興味を持ったことはとても喜ばしいことです。ですが、男性は慎みを持って、女性にその身を任せる物です。そっ、そのようなハレンチなことをいうのは悪い男だけです」

 悪い男?

 そういえば、私は処刑される際に《稀代の悪男》と呼ばれていた。

 それはナルシスを必要以上に攻撃してしまったことだと思っていたが、どうやら女性を知りたいと思う者も悪い男と言われるようだ。

 なら、余計に望むところだ。

 ナルシスのように優しく女性に接するなどやり方がわからない。

 それならば悪い男と言われようと、女性のことを解明して、何を喜んでくれるか分かったほうが私らしい。

「女性のことを知れるなら、《悪男》呼びなど望むところです!」

 胸を張って宣言すると、母と妹は唖然とした表情で私を見ていた。

 何か間違えただろうか?
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