あの時の歌が聞こえる

関枚

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「どうしたんだろう、この人」

 僕は声を聞いた。とても透き通った声でカナリアなんて鼻で笑えるようなほど綺麗な声だった。
声の矛先は明らかに僕だ。周りに人なんていない。僕は恐る恐る後ろを振り返った。
  女の子だ。茶髪の髪を背中に流しており、とてもサラサラしていそうだった。日の光を浴びて天使の輪っかのような光沢を放っている。潤いのある瞳は艶のある黒色でシュッとした鼻と桜色の唇はちょうどいい位置に配置されていた。
世間は彼女のことを美少女と呼ぶのだろう。ドキッ!を通り越して僕の心にドバン!と波が押し寄せてきた。元々女の子への耐性が備わってない僕は話なんてできるもんじゃあない。今は性別関係なくして何にも喋れないのに……。
「何か、用?」
 女の子は少しワナワナと唇を震えさせて声をかける。用ってここの家にってことだよな。もしかして…
「ここに住むことになった人?」
「え?うん、そうだよ」
 彼女がじゃあ……いとこ!?なんだこの典型的な恋愛漫画みたいな展開は!!僕は内心で叫んでいた。僕の心の景色には今山の上でやまびこを起こそうと必死に叫んでる感じ、とにかく心の中で叫んでいた。
「あ……君が?僕は梶野ヒカル。君のお義父さんの姉の息子。つまりは君のいとこ……になるのかな?なんか変な感じだけど……」
「てことは……義理だけど血がつながってるみたいなことになるんだね。私はここに住むことになったホノカ、北沢……ホノカでいいのかな?」
 慣れないんだろうな。今まで名前はあってもこれとした姓がなかったのだから。
「ホノカ?でいいかな、僕はヒカルでいいよ」
「ヒカル君、学校は?」
  女の子に名前で言われたことなんてないので少しブルっとしたが、自分にとってかなり痛い質問をされたので僕の脳みそは急速回転を開始する。
「あ、えっとえー、えーっと、今日は代休なんだ」
『嘘下手ね』
うぐ………!
  少なくとも今僕に数十本の心のナイフが突き刺さったはずだ。自分の語彙力のなさに絶望していた。僕はギュッと右拳を握って歯を食いしばる。なんとかして話をそらそう。
「おじさんとおばさんは?」
「今は市役所だって、私はこの辺りを知ろうと探検してたとこ」
 どうりでいないわけだ。
「この近くに公園がある。そこで話そう」
 おじさんの家から道なりにまっすぐ行くと急な坂道に突き当たる。
そこを登って行くと僕お気に入りの公園がある。
お気に入りだからといってもすごい遊具があるわけでもなく寂れたすべり台とベンチがあるぐらいだ。
しかもものすごく狭いし入り口を探すのも路地裏みたいな細道を通って行かないといけない。そこまでしていく理由は景色が綺麗だからである。
 フェンスの向こう側にある精密に作られたミニチュアみたいな街を見下ろすことができる。
本当にガラスケースの中にあるミニチュアの街を見ているみたいで、僕はこの景色が大好きだった。
「すごい、綺麗……!」
 目の前の壮大な景色にホノカも目を丸くしている。
「季節ごとに見えるものが違うんだ。秋になるとそこの木々が真っ赤になるよ」
 彼女はただひたすらに眼下の景色を見下ろし、何か気になることがあれば指をさして尋ねてくる。
その姿を見ていると見た目は清楚系女子だが中身は純粋無垢な無邪気な女の子で見ていて微笑ましい。
ただ彼女に関して気になっていることが……
「どうしてここの街に来ることになったの?」
 彼女はピタリと止まり少し間を空けてから僕に目線を合わせた。
彼女よりも僕の方が背が高いので見上げるようにしてみてくるホノカに対して目を背けそうになるがグッと堪える。
「驚かない?」
「なぜ?」
   僕がそう聞くと彼女は僕に見せていなかった髪で隠していた耳を出した。
イヤホンがある。いや、正式にはイヤホン付きの機械が彼女の右耳にあった。左にはない。
イヤホン……?最近ワイヤレスイヤホンとなるものができたのだが……音楽聴いてるわけじゃあないよな……?それに音楽機器が見えないし、これって……補聴器か?
彼女って……もしかして、僕の考えを待っていたようにホノカは口を開いた。
「私ね、生まれつき聴覚障害なの。左は全く聞こえなくて、右はこれで聞こえるんだけど」
彼女は苦笑いしながら補聴器を指差した。僕はどんな反応をしたらいいかに困りボソリと
「聞こえないってどんなの?」
としか言えなかった。
「生の声を聞いたことないから」
「あ…」
 彼女の痛いところも突いてしまい気まずい空気になった。そもそもが聞こえないのに何をいってるんだ!機械越しの声や音しか聞き取ることのできない彼女に!気分を悪くしてしまったんじゃあないか?もうこれだから不器用な僕は!
「けど、ありがとう」
 彼女はまたはしゃいでいたときの表情に戻った。
「え?あいや、僕何もしてないよ」
「そういう気遣いが嬉しい」
 気遣いだって?
 ここで彼女がなにかを思って入れば僕に心の声が聞こえるはずだ。
けど聞こえない。
彼女の声は聞こえない。
 これって本心で言っているのか?
「私ね、孤児院で暮らしていたとき友達がいなかったの。この耳のせいでね」
 僕は黙ってきいていた。
「みんな五体満足で生まれて持ってないものが親だけだったから。捨て子が多かったの。
 私は両親が共働きでその事故死だから親の顔を覚えてる。それが嫉妬を買って仲間外れにされたのよ。耳が聞こえないことをいいことにね」
 ホノカは髪をたくし上げる。綺麗な首筋が見えて僕はドキッとしたがその中で僕は斑状の跡を見つけた。 微妙に皮膚の色が違うというか、つぎはぎというか……。
「髪の毛引っ張られすぎて皮が剥げちゃった時もあったの」
その言葉を聞いてゾワっと背中に寒いものが走る。そんなになるまで髪を引っ張られるなんて……その苦痛を想像してしまい僕は気分が悪くなった。自分と比較してしまう。僕なんて、五体満足で生まれているのにこんな心しかもってない。所々穴の空いた荒んだ心を。
 彼女は五体不満足で生まれている。親もこの世にはいない。耳も聞こえない。しかも聞こえないことをいいことに人からの暴力を受けている。
「それを何歳から?」
「9歳から」
勢いの強い風が吹き下ろしてきた。ホノカは僕に対して呟くように声を出した。
「ヒカルくんって一人、好き?」
急に質問されて僕は戸惑ったが彼女を傷つけないように、変な感情を起こさないように曖昧に答える。
「時と場合によるよ」
僕の体はブルリと震える。
「そう、施設での生活は長かったけどこの街に来れたから結果オーライだよ」
気にするなとでもいうようににっこりと笑ってくれた。
表面上では笑っていたが僕はありがとうということができなかった。
きずけばもうお昼になるところだった。
「そろそろ母さんが帰って来るって。お昼食べてかない?」
彼女からの誘いに僕はコクリと頷く。
断れないし断る理由もない。
カチャリと彼女の家のドアを開けて中に入った。
僕にとってはかなり久しぶりの玄関だった。
僕は靴箱の縁に飾ってある写真を見て彼女を見た。
この家も2人目の子がいることになるんだな。
おじさんたちは居間にいた。
「おじさん、おばさん久しぶりです」
「ヒカル君?まあまあ大きくなったねー!」
「久しぶりだな、ヒカル」
おばさんはアイドルが家に来たみたいにはしゃいでいた。
僕はこのノリが好きだった。
不登校になっていることは知っているはずだがそのことを聞かれなかったことに対して安心する。
「お昼食べるでしょ?お母さんにはもう連絡しているから」
「準備早くない?おばさん」
「生まれてからの付き合いだからねー」
おばさんは非常勤の保育士をしているのでよく語尾を伸ばす口癖がある。
聞いていて懐かしい。
おじさんは立派な銀行員でそれ故に性格もしっかりとしているので頼り甲斐がある。
「この街に慣れそうか?ホノカ」
「慣れそうだよ、父さん」
ホノカがおじさんに返事をする。
父さんという響きが懐かしいのか照れを隠すように少し俯いた。
「ほら、お昼よー」
おばさんが作ってくれた昼ごはんのパンケーキを並べた。
おばさんのパンケーキは美味しい。
僕は少食派なのだがこのパンケーキに関しては何枚もたいらげれる自信がある。
とろりとしたメープルシロップは甘く滑らかなバターとよく合う。
その味甘くてクリーミーで、はぁー幸せだ~!
となりのホノカを見ると同じことを思っていそうだった。
『この家に来て本当によかった』
安心しているかのような彼女の声にほっと息を吐きパンケーキを堪能した。



「おばさんごちそうさまでした」
あれから僕は3枚を平らげてそれからホノカに公園以外のいろんなスポットを紹介していた。
ゆらりゆらりと呼吸しているかのように揺れているクヌギの木がある神社や行きに通った桜のアーチ。
孤児院にはあまり外に出なかったらしく葉桜であったが彼女は見れてとても嬉しそうだった。
地元の人じゃ有名な肉屋のコロッケも食べたりと彼女にとって濃い1日になったはずだ。
そこから一旦家に戻りおばさんに挨拶したというわけ。
「ヒカル君ありがと、もっとこの街が好きになったよ」
「そんな、今度僕の家にも来てよ」
「うん、明日は学校だよ。緊張するなぁ」
僕はその言葉にハットした。
この家はうちの学校の校区ギリギリの場所に位置してある。
つまり……
「学校も一緒じゃない?」
「え?ほんと?じゃあ明日も不安なしでいけるね。ヒカル君がいるから」
「そうだね」
僕はハハっと笑う。学校は一緒か………
「また明日ね」
家を出て自転車にまたがると彼女は手を振った。
僕も振り返し自転車をこぐ。
明日は学校か……いけるかな?
けどもう彼女は僕が学校に行くものだと思っている。
彼女を裏切る気にはなれなかった。
「明日は行けるかな……」
僕は夕日に照らされながら俯いて呟く。
ふと僕は振り返った。
そこには純粋無垢なホノカがまだ僕に対して手を降り続けていた。
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