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第22回 証拠
しおりを挟む翌日の早朝、まだ真っ暗なうちから、俺は自主退院するべく荷物を纏めて病室を出た。
夜中に誰かが近付いてくる気配とか、監視するような空気があってろくに眠れなかったが、レベルアップクエストをこなしたことで、眠気もすっかり覚ますことができた。
腹筋、腕立て伏せをともに2回ずつ、それに2メートルランニングするだけでレベル2から3まで上がったから楽なもんだ。しかも一週間以内にやればいいんだからな。これでステータスポイントは20も溜まったことになる。
「――じ、自主退院されるのですか?」
「はい。もう体はなんともないんで……」
「は、はあ……」
俺の言葉に対し、受付嬢は露骨に困惑したような顔を見せてきた。普通は医師の許可を貰ってから退院することになっているわけだが、金さえ払えば強制力はないから問題あるまい。
「おい、そこの君、ちょっと待ちたまえ!」
「…………」
病院一階のエントランス付近で、俺は眼鏡を掛けた医者から直接呼び止められてしまった。おいおい、俺の体を調べる気満々だな……。
「なんでしょう?」
「なんでしょう、じゃないだろう! 退院する前に医師に相談するのが常識だろうに! まずはだね、その左足について聞きたい。確かに欠損していたはずだが……」
医者が俺の左足に触れるほど顔を近付けてきた。かなり高圧的だな、この男。俺を退院させまいとして酷く興奮している感じだ。
「これは最新式の義足なんですよ」
「は、義足だと? バカを言うなっ! こんなに自然な義足が存在するものか!」
「いや、俺が義足だといったら義足なんで」
「だから、義足であることをどうやって証明するつもりなのかね……!? 君はほぼ間違いなく錯乱状態であり、頭の精密検査もする必要があるから、まだ退院させることはできない!」
「…………」
しつこいな、この医者。段々腹が立ってきた。とっととその足を調べさせろとでも言わんばかりだ。
「んじゃ、俺の左足の脛を思いっ切り蹴ってみてくださいよ」
「……な、なんだと……?」
「義足じゃないと思うなら、蹴ってくださいよ。もし俺が少しでも痛がったら、あなたが言うように義足じゃないことが証明できるはずですよ」
「わ、わかった。君がそんなに言うなら……」
「…………」
おいおい、普通に承諾しやがった。必死にもほどがあるぞ、この医者。
「かなり痛むと思うが、私を愚弄したことの罰だと思って我慢したまえ!」
「どうぞ」
俺は医者に脛を蹴られたわけだが、まったく痛みがなかった。というのも、体力にステータスポイントを一つ振ったからだ。これは頑丈さも上がると言われているからだが、一つ増えるだけでこうも違うんだな。さすが、スレイヤー専用のステータスだ……。
「な、ななっ……? おかしいぞ、こ、こんなはずでは……! このっ、このおぉっ!」
医者が躍起になった様子で、曇った眼鏡をずらしながら何度も蹴ってくるが、結果は同じだった。
「それじゃ、義足であることが証明できたみたいなんで、この辺で失礼します。あ、これはほんのお礼です」
「ぎっ!?」
俺はお返しに医者の脛を軽く蹴ったあと、口笛を吹きながら意気揚々と病院を出た。
その足で向かったのは、例の工事現場だ。
「「「「「あっ……!」」」」」
現場へ到着すると、玄さんを筆頭におっちゃんたちが驚いた様子で俺に駆け寄ってきた。まさにハーレム状態だ。
「おいおい、あんちゃん、それ義足か!? 確かダンジョンに巻き込まれて、足を失ったって聞いてたけど、違ったのか!」
「義足ですよ。玄さん、それにみなさん、心配かけましたが、本日こうして無事に退院できました」
「そうだったのか……そりゃめでてえ! しっかし、俄かには信じらんねえな。意識がなくて、面会もできねえ状態って聞いてたのによ。ま、まさか幽霊じゃねえだろうな」
「この通り、ピンピンしてますよ。そもそも、足があるのが幽霊じゃないっていう証拠なんで」
「「「「「どっ……!」」」」」
おっちゃんたちの野太い笑い声が響いて、俺はなんとも懐かしい空気を味わった。こういう過酷な現場にいるとどんなことでも笑いに変える力が必要で、みんなしょうもないギャグでもいちいち笑ってくれるんだ。
「さすがレベル1の男だ、あんちゃんは最高だな!」
「「「「「玄さんの言う通りだ!」」」」」
実際はレベル3なんだが、それを言うと妙な空気になりそうな上、話も長くなるので言わないことに。
というか、なるべく目立たないほうがいいからな。虐殺者の羽田京志郎からもマークされてたわけで、1年間も眠っていたとはいえ、退院したこともいずれはやつの耳に入る可能性がある。
なので、しばらくは工事現場で地味に働きつつレベル上げに勤しんだほうがいいだろう。
「玄さん、みなさん、そういうわけなんで、また明日からよろしく!」
「おうおう、あんちゃんが来るんならもちろんいつでも大歓迎だぜ、なあ、みんな!?」
「「「「「応っ!」」」」」
玄さんやおっちゃんたちの元気すぎるダミ声が周囲に響き渡った。
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