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第七回 魔法習得
しおりを挟む「アトリ、あの真ん中の変な文字は?」
俺はある店の前で、見上げた状態で立ち止まっていた。張り出たテントに見慣れない文字が見えたからだ。ミミズが重なっているかのような文字だ。
「この世界の古代言語ですよ。もう使ってる人はほとんどいないですけどね。昔はそれが主流で、召喚された勇者も苦労したみたいです」
「そうなんだな……」
難解な異世界言語が記されたテントの上下には、『マジカル・キャンディ』、『魔法屋』といった馴染み深い文字も添えられていた。今はこういうのがあるからいいが、遥か昔に召喚された勇者はさぞかし大変だっただろうと思いを馳せる。
「それより、お買い物ですよ、コーゾー様っ」
「あ、ああ……」
アトリに引っ張られて店の中に入る。
「いらっしゃい! お客さん、どの魔法を買っていくんだい?」
虹色のバンダナを頭に巻いた顎髭の濃いオヤジに元気よく迎えられる。
魔法屋と魚屋、逆にしても多分誰もわからないだろうと思える風貌だった。その前にあるテーブルに並んでいるのは、例の異世界言語っぽいものが刻まれたカラフルな玉だ。なんか大きめの飴玉みたいだな。なるほど、店の看板に偽りはないということか……。
「玉に刻まれてる文字は読めないだろうけど、どんな魔法かは色で判断できるはずだぜ。赤は火の魔法、青色は水の魔法ってな具合でな!」
「なるほど……じゃあこの薄緑色は風?」
「そうそう! 使ってみりゃわかるが、魔法の風は緑色なんだぜ!」
「へえ……」
「あの、お値段はそれぞれおいくらですか?」
アトリが訊ねるところを見て俺ははっとなる。そういやどこにも値段らしきものは表示されてないな。時価なんだろうか。
「今はなあ、四大元素は全部50グラード、無属性は100グラード、光と闇はそれぞれ150グラードだ! 四大元素は飽和して値下がりしてるからお得だぜー」
確かにほかのと比べてもかなり安いな。火水地風の玉は……。
「んー、どれを買えばいいのか……」
顎に手をやりつつちらっとアトリの顔を見ると、にこっとした顔で返された。
「どれでもいいですよー」
「……」
そう言われると迷う。とはいえ、待たせるのも悪いしとっとと決めてしまうか。一番役に立ちそうなのは……やっぱり火だろうな。照明、料理とかに使えるだろうし、しかも安い。
「この火の玉でお願いするよ」
「あいよー」
「お客さん、使い方はわかるかい?」
「どうすれば?」
「こうするのさ」
魔法屋のオヤジがあーんと口を開けてきた。口に入れるのはわかるんだが、舐めればいいのか、飲み込めばいいのか……。
「ふふっ……」
「……」
俺と魔法屋のオヤジ、二人のおっさんが大口を開けてるところがアトリに受けたらしい。とりあえず口に入れた。
「舐めても、飲み込んでもどっちでもいいぜ! ただ、すぐ覚えたいなら飲み込むのが手っ取り早い! それでも覚えないときはあるが、それは才能がないってことで勘弁だ!」
「……」
覚えないこともあるのか。なんか怖いな。
試しに少し舐めてみたんだが、若干ピリッとする苺のような味だった。なかなか刺激もあって美味しい。さらに溶けるのが早くて、すぐに口の中で小さくなった。ただの飴玉屋としてもいけそうだな。とはいえ、早く覚えたいので残りは飲み込んだ。
「……なんか、体が熱い……」
こう、体の芯から熱くなってくる感覚がしてなんでもいいから叫びたくなる。
「おっ、覚えたみたいだな!」
「えっ……」
戸惑うほど魔法の習得が早い。
「どうやって使えば……」
「まず、火を強くイメージするんだ。足の爪先でもいいし、指先でもいい。一か所にな」
「……」
魔法屋のオヤジに言われた通り、手を銃の形にして人差し指から炎が出るシーンをイメージする。
「……おっ」
出てきた出てきた。ピンポン玉くらいの大きさだが、火の玉が指先で浮いている。手を動かしても離れる気配はない……けど、もしかしてこれ、凄く弱いんじゃないか?
「わあ……可愛い火の玉ですねっ」
「……」
なんとも複雑な気持ちになる。出せたのはいいが、これでいいのかと……。
「お客さん、ほかのも試してみるかい?」
魔法屋のオヤジ、商魂たくましいな……。
「コーゾー様、火が弱いと思ってるかもしれないですが、ほかの属性はわかりませんよ。もしかしたら、コーゾー様の固有能力は水属性魔法の威力100%UPとかかもしれませんし……」
「……そんな能力があるのか」
「はい、そういった凄い固有能力は数えきれないほどあるみたいですよ。なんせ、勇者様ですからね」
「なるほどなあ……」
「というわけで、風属性の玉ください!」
「……えっ……」
「まいどありー!」
――アトリの期待も虚しく、俺は弱々しい風しか出せなかった。本当に緑色だったからそれに感動した程度だ。そうして微妙な効果を晒すたびに彼女が次に期待してか意気揚々と購入していくから、結局全部買うことになってしまった。合計、600グラードだ。どの魔法も弱々しかったが……。
「お客さん、あんたすげーなあ……」
「え?」
魔法屋のオヤジが唖然としている。俺、なんかしたっけ……?
「コーゾー様、凄いですよ! 全種覚えるなんて……」
「それって凄いの?」
「凄いです。世の中には、全部の魔法を買っても一種類も使えない人もいるんですよ。私がそうですし……」
「……へえ。買えば誰でも使えると思ってたよ」
「そんなことはないです。だから内心驚いてたんですよ。店主様もそうだと思います。これであらゆる魔法職に就ける可能性が生まれたわけですから、いかにコーゾー様が凄いかがわかります! これなら固有能力にも期待できそうですっ」
「ちげえねえ」
魔法屋のオヤジもうなずいていた。なんだか希望が一気に湧いてきたな。ただ、気になることもある。
「威力がなあ……」
「覚えたてだと、威力UP系の固有能力を持ってるとか、魔女の血を引いてるとかでもないならみんなそんなものですよ」
「え、じゃあずっと使ってれば威力も上がっていくってこと?」
「もちろんです。魔法レベルは1から10まであって、上がるごとに威力も増します。どの属性魔法を上げるかによってなれるジョブも変わってきます。教会に行ってジョブチェンジすることでレベルはリセットされますが、そこからまた上げるたびに色んな《術》を覚えられますよっ」
「おおっ……」
それなら夢が広がるな。心はもう魔法職だ……。
「でもジョブチェンジは固有能力を知ってから目指すのが基本ですから、まだあとのお話です。コーゾー様、次は武器屋に行きますよ!」
「あ、ああ……」
次は武器屋か。買うのは多分、魔法使いなら誰もが持ってそうなアレだな……。
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