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第四七回 毒
しおりを挟む朝六時頃、俺たちは鐘の音に押されるようにしてルコカ村を下っていた。教会や宿と違って、目的地の冒険者ギルドの位置は一番下にあるのだそうだ。
アトリは一度だけ、ロズベルト騎士団の一人としてこの村に遠征で来たことがあるらしいが、そのときとは状況がかなり変わっていて、村は見違えたように綺麗になっているという。当時は冒険者ギルドも出来たばかりで村人には馴染みが浅く、ならず者同士の喧嘩が絶えなかったらしい。
アトリの案内もあり、下りだったこともあってギルドにはすぐ到着した。商都リンデンネルクは石造りだったが、ここは木造でかなり大きめに作ってある。『アサシン・ダガー』という文字と黒い短剣を咥えた骸骨の絵が刻まれた木彫りの看板を潜り、中に入る。
さぞかし重い空気が漂っているのかと思いきや、中は冒険者で賑わいを見せていた。壁には貼り紙だっていっぱいある。もしかして、山賊がいるという沼地が解放されたのかもしれないと期待してざっと見てみることにした。
――あった。沼地の薬草の報酬は2000グラードとある。
うーん、やはりレートが飛び抜けて高いな……。ほかのは高くても100グラードのものばかりだ。お、魔力の粒(水)をまとめて募集しているものも一つだけある。粒は有り余るほどあるし、これで100グラードいただきだな。
……ん? 妙に視線を感じると思ったら、すぐ後ろに怪しげな男が立っていた。
「けけっ……」
背がとても低くて痩せ細ってるが、目つきだけは異様に鋭い男で、頭にぼろきれを巻き、薄汚れたレザージャケットや色褪せたズボンに身を包んでいた。耳もエルフ並みに尖ってるし、もしかしたらゴブリンと人間のハーフなのかもな……。
「何者ですか……?」
アトリが警戒して俺の前に立つ。
「あんたら……沼地の薬草が欲しいんだろ? 違うか? けけっ……」
「な、なんだって……?」
「……図星かっ。実は、あるんだよ。今なら500グラードで手を打つぜ……けけっ……」
「……か、考えておく」
「……なくならないうちに来なよっ。俺はいつも右奥のテーブルで飲んでるからよ……けけけっ……」
不快な笑い声を残して男が立ち去っていく。
「ヤダヤダ。薄気味悪い男ねぇ」
「あら。闇の妖精にはぴったりですわよ? 求婚なさったらどうですの?」
「はあ? あんたこそ魔人形なんだしぴったりでしょ! 今すぐ婚約すれば!」
「二人ともお似合いなのだー」
「「ガルルッ!」」
「ひー! って、逆なのだあ!」
「……」
シャイルたちのやり取りを呆然と聞く。あの男の掠れた声がまだ耳に残っているようだった。
「コーゾー様、あれは一体……」
やはり妙だ。もしかしてあの男、山賊の一味なんじゃないか?
それでマッチポンプ的に金を稼いでる可能性はある。だが、魔女が頭領の割にセコいというか……。これじゃ商人みたいだ。金が目的なら、魔女ほどの力があるならこんなセコいことをする必要はないはずなんだよな。魔女がいるように見せかけてるだけで、実は最初からいないんじゃ……?
「……コーゾー様? どうかしましたか?」
「……いや、アトリ、なんでもない。それより、幾つかある安い依頼を受けようか。それであいつから薬草を買えるかもしれない」
「……ですね」
余計なことを考えるのはやめよう。山賊に馴染んでる変わり者の魔女なだけかもしれないしな。それなら、多少高くても薬草を買えばいいだけだ。
残金の200グラードに魔力の粒(水)の報酬100グラードを加えて300グラード。今できそうなのは報酬が僅かなものばかりだが、依頼数を考えても残り200グラードなら一時間ほどで集まりそうだ。
◆ ◆ ◆
「なんだと? それは本当か?」
「はい。噂によればルコカ村のリットン神父は病に伏しているようです。あの様子ではあと三日ももたないとか……」
「三日、か……朗報だな」
リンデンネルクの聖堂内、祭壇前でひざまずく黒い修道服姿の女性諜報員、それにロエルとミリムを前にして、シーケルは満足げにうなずいてみせた。
「……よし、わかった。下がれ」
「はっ!」
「……こちらから手を出す必要もなかったわけだ。聞いたか、ロエル、ミリム……ププッ……」
シーケルは嫌いな人間が勝手に苦しんでいると思うと愉快で仕方がなかった。
「けど、万が一回復しやがったらどうすんだ? 念のために殺すべきだろ」
「そうですねえ。パパッと始末したほうがいいですぅ……」
「それはそうだが、もうやつは若くないし病に勝てる体力はないだろう。心配なんていらん。それに、やつと私は敵対関係にあることは、一部では有名な話なのだ。嗅ぎ回っている犬どもに餌を与える必要はない。下手に動くより勝手に死ぬのを待つのが得策だ」
「シーケルは相変わらず腹黒いな」
「ですねえ」
「そうでなければこの座まではたどり着けんよ。もし回復するようであれば、そのときは仕方ない。永眠してもらうまでだ」
「そいつが死ねば、コーゾーたちがどう動くか手に取るようにわかるな」
「お雑魚さんは考えることも単純ですしねえ……」
「うむ……。やつらはすぐに王都を目指し、その途中で私の管轄外の教会に寄ってジョブチェンジをするつもりだろうが、ルコカ村から王都へ向かうにはここを通るしかない。既に詰んでいるということだ……」
「……今から楽しみだな。まず、召使いのアトリの目の前でコーゾーをなぶり殺しにして、それからやつの遺体の前でたっぷり犯したあと、最後までじっくり痛めつけながら殺してやるぜ……」
「……ロエルさあん、そんなこと言ったら濡れちゃうのでやめてくださいよお。あうあう……」
「……相変わらず好きだな、お前たち……」
「「お互い様」」
「まあ、な……」
「ユージ様あああぁぁぁぁっ!」
「助けてええええぇぇぇぇっ!」
「……」
セリアと雄士が近くでぐるぐると回る姿を見て、シーケルの目も回りそうになる。
「あいつらも飽きずによくやるな……」
「「はあ……」」
ロエルとミリムの溜息の回数も増えるばかりだった。
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