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第六一回 不遜
しおりを挟む「よいか? 少しでもおかしな真似をしてみろ。我の偉大なる結界術が発動し、あらゆる物理、魔法攻撃が無効化されるであろう。そして貴様たちは一生冷たい牢獄の中で惨めに暮らすというわけだ……」
「……」
見回りのために憲兵たちがいなくなっても、この青い少女ラズエルの傲慢な態度は変わらなかった。
多少誇張してそうだが、結界術師の中でも五本の指に入るそうだしある程度防げる自信はあるんだろう。《マインドウォーク》状態のアトリですら正体を掴めなかったのも、結界の影響が強いのかもしれない。
だとすると、結界を張られる前になんとかする必要があるわけだ。術の立ち上がるスピードが、もし俺のほうが早いのであれば、《ダークフォレスト》で彼女を迷わせてその間に逃げることも可能なんじゃないか?
……いや、今の俺には負担が大きすぎる術だし、失敗したときのリスクがあまりにも大きい。今は様子を窺うしかないだろう。とはいえ、ただ手をこまねいているわけにもいかない。
「ラズエル、一つだけお願いがあるんだが……」
「なんだ? 遠慮はいらん、言ってみろ凶悪犯」
「……俺のことをどう思うかは勝手だが、できれば名前で呼んでくれ。俺はコーゾーっていうんだ」
「……ふっ。犯罪者に名前など必要ない。番号で呼ばれないだけありがたく思うのだな」
「コーゾー様を侮辱しないでください」
「そうです! コーゾーさんはそんな人じゃないです!」
「「「わーわー!」」」
アトリたちが庇ってくれてありがたいが、ラズエルは話が容易に通じるタイプの相手じゃないからな。
「みんな、ありがとう。でもいいんだ。今は勝手にそう思わせておけばいい」
「……ほう、居直ったか凶悪犯、早く要件を言え」
「多分情報はそっちにも入ってると思うが、俺はジョブチェンジしたばかりでレベルを上げたいと思ってる。上げてもいいかな?」
「……勝手にするがいいさ。だが、妙な気は起こすな。我にしてみたら、魔術師だろうと謎の職だろうと赤子同然である。我の結界を破れる者など、この世には存在せん。あの魔女ですら止めてみせよう……」
「……」
大した自信だ。魔女の前でもこんな態度が取れるものなんだろうか。
少々鼻につくものの、結界術師として力があるのは確かだし安易に手を出すことはしないが、もうどうしようもなくなったときに備えて術のレベルを上げておくべきだろう。素魔法はレベルを上げるたびに精神力の消耗が大きくなっていったが、術の場合は逆に燃費の悪さが改善されていくかもしれないしな。
「……それで、貴様らはどこでレベルを上げる気だ? まさか……ププッ、し、失礼っ。この辺じゃあるまいな……?」
「……ダメなのか?」
「……うーむ、ダメとは言わんが……あまりにも哀れでな……。弱い魔物しか相手にできないというなら話は別だが……」
ニヤニヤと笑いながら話すもんだから気分が悪い。魔女を結界で止められると思うくらいだし、俺たちなんて目じゃないんだろうな。
「別に哀れでいいよ。ジョブチェンジしたばかりだし、この辺で充分だ」
「……はあ。それなら我がレベル上げに最適な場所に連れていってあげてもいいのだぞ?」
「え……」
「そこに生息する魔物は少々強いが、我が手伝ってやれば安全にレベルを上げられる。もちろん、さかりがついた雄犬らしく、隙を見て我に遠慮なく飛び掛かってきても構わん。その時点でお前の顔を我の専用の靴置き場に変えてやるがな……」
「……そ、そりゃきつい」
靴磨きかと思ったら靴置き場か。随分と暇そうな役割だな。
「……ラズエル様、言葉が過ぎます。これ以上コーゾー様を侮辱しないでください……」
「そうですよ……自分ならいいですが、コーゾーさんをそんな風に言わないでください!」
「そーよ、いくらなんでもあたちのマスターに失礼よ、あんた!」
「わたくしも頭にきましたわ……。ご主人様に謝ってくださらない?」
「不遜なのだあっ!」
みんな、俺なんかのために熱くなってくれてる……って、ヤファはよくそんな言葉知ってたな。
「思い上がってるこの人にぴったりの言葉ですね」
「……ふっ。だからどうした? ナントカの遠吠えか。あぁ愉快、愉快……」
アトリからも鋭い発言が飛び出したが、ラズエルは余裕の笑みを崩さなかった。
「だったら、手伝ってくれ。ラズエル」
「こ、コーゾー様……?」
「いい機会じゃないか、アトリ。手伝ってくれるんなら、ありがたく好意を受け取ろう」
「……は、はい……」
「……ふっ。悔しくてしょうがないだろうによく頑張ったなぁ。偉い、偉いぞ凶悪犯どもっ。まあその我慢に免じて、特別に連れていってやろう。精々、我の背後で縮こまっているがよい。ハーッハッハッハ!」
ラズエルの不遜すぎる高笑いが周囲に響き渡った。俺は別にそこまで悔しくないが、今にも噴火しそうになってるアトリたちのためにもなんとか見返してやりたいし、何より状況を打開しないとな……。
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