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第六五回 凝視
しおりを挟む俺は気になることが二つあった。
一つは夕方でも夜でもないのに冒険者の姿がまったく見られないことで、もう一つはアトリがそわそわしていてやたらと落ち着きがないということだ。
とはいえ、凶の気配があるとシャイルが言ってるわけでもないし神殿に入らないという選択肢はなかった。たまたま今日に限って人がいなかっただけという可能性もあるしな。
アトリについては考えてもわかりそうにないし、そういうことが聞ける雰囲気では最早なくなっていた。神殿の中は今まで以上に重苦しい空気に包まれていたからだ。
眼球に翼のある魔物たちや、それに祈る人々のレリーフが施された柱が並ぶ回廊を歩く。
ここはとても幅がある上に、内庭から光が射し込んでかなり明るいというのに逆に窮屈さを感じるほどだった。まだこの辺に魔物は出ないということだが、ピリピリとした緊張感が漂っている。お喋りなシャイルたちが一言も発しないのもわかる気がするな。
アトリによると、回廊の奥には内部への入り口があり、広間、地下にある列柱室、祭壇のある前庭、聖所、至聖所へと続くのだそうだ。魔物は広間から出てくるそうで、緊張に慣れてきたこともあって期待感のほうが上回っていた。
「――どうだぁ、怖いか? 凶悪犯ども……」
しばらくしてラズエルが振り返ってきたが、俺の顔を見るやいなや面白くなさそうに前を向いた。多分、全然怖がってないから拍子抜けした形だろう。ターニャでさえ、もう慣れたのか欠伸しちゃってるくらいだからなあ。
「ふっ。強がるのもいいが、どこまで持つのだろうな……」
「ああ、怖いから護衛を頼むよ、ラズエル……」
「……ちっ」
舌打ちして何故か早歩きになるラズエルを急いで追いかけると、シャイルたちの笑い声が聞こえてきた。みんなも緊張が解れてきたみたいだからよかった。アトリの顔が曇っているのが少し気懸りだが、これから魔物と戦わなきゃいけないし集中せねば。
「……」
広間に足を踏み入れたんだが、まずその圧倒的な広さに驚いた。天井が高いというのもあるだろうが、自分が小さく感じてしまうほどだ。丸い天窓があり、中央にある大きな黒いクリスタルに降り注いでいて独特な輝きを作り出していた。
奥に通路が見えることから、おそらくあの向こうに地下へつながる階段があるのだろう。
……それにしても変だな。蛇の頭をした人間や胴体が馬になった化け物の銅像とかはあるんだが、肝心の魔物の姿が見られない。
「……あっ、マスター、何かいるよ」
「ん? シャイル、どこだ?」
「あそこっ」
シャイルの指差す方向を見るが、何もいない。ローブを着たスケルトンの銅像があるだけだ。
「シャイル、ご主人様に嘘はいけませんわ」
「本当に見たもん」
「シャイル、ハッタリはやめるのだ!」
「違うもん……。この目で見たもん!」
シャイルの目元にじわりと涙が浮かぶ。
「アトリ、確かか?」
「……はい、います」
アトリは広間に入る直前に《マインドウォーク》を使っていたし、シャイルの言うことに間違いはなかったってことだ。
「ほら、あたちの言った通りでしょ、謝って!」
「「ご、ごめんなさい……」」
「よく聞こえなーい」
「「うぅ……」」
今度はシャイルが呆れ顔になり、リーゼとヤファが涙目だ。一転攻勢だな。
「でも、姿が見えないな。隠れてるってことか?」
「……ふっ。何も知らない貴様らに特別に教えてやろう。あそこをじっと見るがいい」
「……」
ラズエルが杖で指し示す方向を凝視すると、銅像の影が少し動き出したと思ったときには徐々に形を変え、黒い人影となって立ち上がった。ゆらゆら揺れてて危なっかしいが、白い両目もついてるし杖らしきものも持ってるし、今にもこっちに魔法を使ってきそうだな……。
「ターニャ、あれがどんな魔物かわかるか?」
「……えっと……えっと……あっ、わかりました! ハイドマンだそうです」
「なるほど……」
ハイドマンはじっとこちらを見ている様子だったが、まもなく溶けるように崩れてただの影と化し、ほかの場所に移動していった。こりゃなんとも厄介そうな魔物だ……。
「ふん、ようやくわかったか。三流鑑定師」
「はいっ!」
「……」
ターニャが笑顔であっさり認めたのが意外だったのか、ラズエルが呆然としてシャイルたちから失笑の声が上がる始末だった。相変わらず食えない子だ……。
「なんだか気味が悪い魔物ですわ。シャイルのように……」
「あたいも怖いのだ。シャイルみたいなのだ……」
「な、仲間みたいに言わないでよ。失礼ねっ」
「あ、魔物ですわ!」
「逃げるのだー!」
「このー!」
「……」
シャイルたちが追いかけっこを始めて、ラズエルの目が回り出した。
「――……そ、そろそろ行くぞ、貴様ら!」
もう付き合ってられないといった様子で歩き始めるラズエル。それにしても、アトリの様子がおかしい。《マインドウォーク》を使ってるにしても口数が少なすぎるし、顔色も悪くてなんだか病んでいるようにさえ見える。俺の気のせいだといいが……。
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