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第一章
14話 支援術士、応用する
しおりを挟む「……」
冒険者ギルド前のいつもの仕事場に戻った俺は、一向に回復しないどんよりとした曇り空を見上げて、何故かアルシュのことを思い浮かべていた。あいつの悲しそうな顔が重なってしまう。今頃どうしてるだろうか……。
「――あなたが【なんでも屋】のグレイス先生ですね!?」
「ん、あ、ああ……」
俺はやってきた一人の男を見上げて息を呑んだ。で、でかい……。
「遠方の田舎にて、貴殿の評判をお聞きし、ここまで遥々やって参りました。どうか、どうかこれを元に戻していただきたいのですっ……!」
重装備を纏った大柄な男が出してきたのは、背中に背負っていた丸い盾だった。中央付近に幾つもぱっくりと亀裂が入っていて、今にも崩れそうなもののなんとか持ち堪えてるといった様相だ。
「さすがに【なんでも屋】といえど、こんなものを持ってくるのはどうかと思ったのですが、最早貴殿のところしか頼るところはなく……!」
「やりましょう」
「お、おおおっ、是非お願いします……!」
涙を流しながらひざまずく男。多少高くつくとはいえ、これだけボロボロなら買い替えたほうがよさそうだが、そうしないのは余程この盾に思い入れがあるからなんだろう。普通なら断るところだが、俺はやることにした。それは偶然にも形見の杖を元に戻したあの出来事が大きく影響している。
修復術の習得に関しては努力でどうにかなるわけでもなく、望み薄だと思ってたんだが、まぐれでも杖を修復できたことでその手掛かりを掴むことができた。それは物に対する情熱とか思い入れが最も重要だと思いがちだが、実は違う。
一度形見の杖を違う杖に買い変えようとしたとき、俺は違和感を覚えた。それは、捨てるわけではなかったが変えようと思うことで感じた喪失感、虚無感であり、それこそが修復術の鍵だった。大切なものは失って初めてわかるというが、まさにそれなのだ。本当に失うような状況にならないと修復にはつながらないのである。
だから失ってもいないものを、たとえ傷んでいたからって新品にしようといくら思ったところで、それは重み、すなわち充分な修復エネルギーには到達しないのだ。
なので……やりたくないがこうするしかない。俺は丸い盾を持ち上げると、思いっ切り地面に叩きつけてやった。
「あ、ああああ! なんてことをっ……!」
「心配するな、これも回復術の一種だ」
やたらと頑丈だったこともあり中々崩れなかったものの、何度も叩きつけてやるとようやく盾が真っ二つに割れた。どよめきと悲鳴が上がるが、俺は構わず足で踏みつけ、さらに壊してやった。
「こ、これがあの有名な回復術ううぅぅっ……!?」
「そうだ、その目でよく見ておけ」
「あああああっ!」
どんどん顔が真っ青になる客。いいぞ、エネルギーを感じる。これこそ、俺が必要としていた修復エネルギーなのだ。
直したい、戻したい。また以前のように使いたい……。物を人と同じように治療するには、痛みや損失をなるべく大きくするしかないのだ。さらに、物を修復するとき、俺はもう一つ大切なことに気付いた。
それは、壊れる前の姿をしっかりとインプットしておくこと。見た目だけの話じゃない。使用し始めた頃の手触り、温もり、重み、ありがたみ、新鮮な気持ち……そうしたものは、道具を使っていくたびに色褪せていく。なので、昔使っていた状態についてよく記憶しているほど成功しやすい。
もちろん、俺も今の状態に触れることで大体は昔の状態をイメージできるが、確実に成功させるには持ち主の記憶に依存するしかない。今回、相手はこの盾に凄く愛着を持っていたようなので成功率もそれだけ上昇するだろう。
「――来た……!」
盾の残骸をかき集め、俺の回復術を流し込んでいくとまたたく間に元に戻っていった。最後のほうでかなり盾からの抵抗を感じたが、新しくなった杖の威力ゆえか押し戻すことに成功した。
「なっ……なななっ、直ったあああぁぁぁっ……! ありがとうございますううぅぅっ……!」
大歓声をバックに、盾を赤子のように大事そうに担いで泣き出す大男。よかったよかった……っと、感動が空まで伝わったのか雨が降り出してきたということもあって、俺はここで一旦店を閉めることにした。
「うわ……」
にわか雨の可能性も考えたが、閉めて正解だった。あっという間に雨粒が大きくなってきたんだ。この状況で客を並ばせたら風邪を引かせてしまうしな。
「……ん?」
なんだ、一人だけフードを被った小柄な人が、激しい横殴りの雨を受けながらじっとこっちのほうを向いていた。
「あ、あの、もう終わりなんで、明日――」
「――どうしても今日じゃなきゃダメなんです。いけませんか……?」
「え……」
悲壮感を帯びたか細い声にはっとなる。深い事情がありそうだし、仕方ない。この子だけ治して終わりにするか。これだけずぶぬれになってでも、どうしても治したいものがあるんだろうしな……。
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