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第2章 嫌われた英雄

82話 花束

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 ふと、アイネの息をのむ声が聞こえてくる。
 その直後、辺りに地響きが鳴り渡った。何事かと集落の方を見る。
 しばらくすると、そこから一匹のコボルトが現れた。

「どうやら向こうからきてくれたようですね」

 スイが剣を構え直し俺をかばうように前に立つ。
 そのコボルトは明らかに他のそれとは違っていた。
 漆黒にそまった体毛と、顔にできた大きな傷。二メートルを超えると思われる体格。手に持たれた大きな斧。
 俺もその姿は見た事がある。実際にゲームでは戦ったことは無いのだが攻略サイトで見た記憶があった。
 
「あの、貴方がドン・コボルトです……よね……?」

 グラフィックでは全く感じなかった威圧感。
スイの後ろに隠れるような位置にいるにも拘わらず身が凍る。

「聞きたいことがありまして。あの、もしかしてオカリナ、持ってたりしませんか……?」

 おそるおそる、そう聞いてみた。
 ギロリ、とドン・コボルトが俺を睨んでくる。
 次の瞬間、その腕が大きく振りあげられた。

「あぶないっ!」

 スイの鋭い叫び声と、弾かれるドンの斧。その目が僅かに見開いた。

「ちょっとっ! 攻撃する前に話しぐらいきいてくれたっていいじゃないっすか!」

 殺伐とした空気にアイネが口を挟む。
 そう言われたわけではないだろうが、スイもそれより先の追撃をしなかった。
 ここでドンを倒してしまっては俺達の目的は達成できない。
 
「……?」

 と、奇妙な空気に辺りが支配された。
 ドンの動きが完全に止まったのだ。それこそ完全な無防備な体勢で。
 スイが怪訝な表情を浮かべながら剣の柄を握りなおす。
 先に攻撃をしてきたのは相手の方だ。いつ攻撃が再開されるか分からない。
 アイネもスイに並ぶように俺の前に立ち戦闘態勢を整える。

「どういう……えっ?」

 その瞬間、ドンは俺達に背を向けた。そのまま一気に集落の方へと走り出す。

「……え、逃げた?」

 しばらくの間、俺達は集落の方を見つめながら唖然としていた。
 いつの間にか残りのコボルト達も姿を消している。

「ん? 何がおきたの? あれ?」

 トワが俺のコートの中から首だけ顔を出してくる。

「あ、戻ってきた」

 が、すぐにトワの首がひっこんだ。
 再び聞こえてくる地響き。物凄い勢いでドンがこちらに走ってくる。

「む、突進っすか!」
「──っ!」

 その突進に、二人がぐっと腰を低くした。
 スイが柄を手前にひいて剣先をドンに向ける。
 だが──

「……ん?」

 その突進の勢いが急激に衰えたのを見て、二人が眉をひそめる。
 と、ドンは俺達の近くに走り寄ってくるとアイネの前で膝を折る。
そして、手に持った物を彼女につきつけてきた。

「……なんすかこれ、花束?」

 アイネがぽかんと口を開きながらそれを見つめる。
 ドンの手には、綺麗とは言い難い微妙な色の花束が握られていた。
 枯葉のような色をした花々を見ているとコボルトのセンスを疑わざるを得ない。
 それをアイネに渡そうとしているのか、ぐいっと手を前に突き出す。

「ん? 何が起きてるの?」
「俺にきかれても」

 再び首を出してくるトワ。
 だが俺にも全くドンの行動が理解できていない。
 少なくともゲームでは花束を渡す行動など魔物がとることは無かった。

「……え、ウチにくれるってことっすか?」

 アイネが花束を指さしてドンに話しかける。
 すると、ドンが首を大きく縦に振った。
 さっきスイが言った通り言葉は通じているらしい。
 アイネは眉をひそめたまま、気まずそうにその花束を受け取る。

「はぁ、どうも……って、うわっ!?」

 その瞬間、ドンがアイネの肩に手をかけようとしてきた。
 花束を手放し素早く後ろに下がりドンの腕をかわすアイネ。

「ちょっ、何を……うわっ!」

 もう一度アイネの肩に手を置こうと……いや、アイネに抱き着こうとドンが腕を開きながらアイネに近づく。
 しかし、それも見事に回避された。

「一体何を……うわわっ!」

 三度目の攻撃(?)もドンとすれ違うように体を移動させて回避する。
 それを見て、なんとなく察してしまった。

「これって、もしかして……」

 スイも俺と同じく察したのだろう。
 その表情からは緊張の色が消え、代わりに苦々しい笑みで満ちていた。

「そういうことですか……」
「……いや、でもあり得るのか? そんなこと」
「どうでしょう? 私はきいたことないですけど、そういうことでは?」
「へぇ、魔物にも青春ってあるんだねぇ」

 トワがいかにも他人事と言った感じでニヤニヤと笑っている。
 気まずそうに頬をかきながら剣をしまうスイ。

「ひゃあっ……もう、なんなんすかっ! 変に触ろうとすんのやめてっ! 練気・脚!」

 アイネの脚部を青白い光が纏う。
 先ほどよりも素早く、鋭くなるアイネの動き。
 はね飛ばされているように逃げるアイネの姿を見ていると磁石の同極が反発しあっている様子を思い出す。

「もぅ! 訳わかんないんすけどっ!」

 ドンはアイネを全く傷つけようとしていない。
 そのことはアイネも分かっているらしく攻撃をしていいのかどうか悩んでいるようだった。
 ちらりと俺達の方を見る。判断を求めているのだろうか。

 ──でも、そこまでされて気づかないのもどうなんだ?
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