ヤクザの鉄砲玉が異世界に転移した話

せんりお

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3 死んだら魔法が使えるのかもしれない

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眩しさに目を細めながら室内に足を踏み入れる。床は木張りで、跳ねるように歩くジーンの足音が軽やかに響いた。

「パパ! 怪我人だよ!」

「お帰り、ジーン。それでまたお前は誰を連れてきたんだ」

「なんか変なお兄ちゃん」

「おい!」

明るい部屋の中には、一人の男性がいた。机に向かっていたが、ジーンの声でこちらを振り向く。ジーンと同じ淡い茶髪で眼鏡の優男だ。俺を目に入れると訝しそうに眉が寄った。

「ジーン、無差別に人を拾ってくるなと言わなかったかい」

「おい」

親子揃ってひどい言い草だ。怪しいのは否定しないが、犬猫じゃねぇんだぞ。控えめに抗議すれば、にこやかに微笑まれた。殴れば一発で倒れそうな見た目のくせになかなか食えない男だ。

「私はハリス・ロアードだ」

「栗原廉、あー、いやレン・クリハラです」

「レンだね、よろしく。ジーンが引っ張ってきたんだろう。悪かったね」

ジーンの親父はハリスという名前らしい。名前が先で名字が後なのはどうも確定のようだ。死後の世界はなぜか外国基準なのだろうか。それとも、俺が天国に昇る道を間違って日本人が行く場所とは違う所に来てしまったのか。看板の文字も見たこともない文字だった。言葉が通じているのも文字が読めるのも、何もかも不思議だ。

「そこに寝てくれる?」

「診てくれるんですか?」

「怪我してるんだろう?」

「俺、金ないんですよね」

「いいよ。貧乏人から無理やり金は取らない。困っている人には手を貸す主義なんだ」

「貧乏人……」

どうやらハリスは金を取らずに、俺を診察してくれるらしい。有り難いが、胡散臭さを感じてしまうのは俺が阿漕な商売をしていたからだろうか。まあ、困っているやつに手を差し伸べて後から取り立てるようなことをしていた側なのは事実だから、こんな正反対なことをしている人には本当に頭が上がらないというか、共感し難いというか。

微妙にハリスを疑いながらも指し示された診療台に寝転ぶと、勝手に体が弛緩するのがわかった。痛みを抑えようと無意識に力を入れていたようだ。気づいてしまえばあちこちがじんじんと痛んで、また歯を食いしばった。診察しやすいようにシャツを肌蹴ると、腹から下半身にかけて血がこびりついている。さらに閉じかけた傷が開いて、血が滲み出している。自分で見てもなかなかにエグい見た目だ。

「おっと、これは酷い怪我だね。こっちは血が止まっていないし、骨が折れてるところもあるじゃないか。何をしたんだい?」

「……ちょっと死闘を繰り広げてきまして」

まあ文字通りの死闘だったわけで、ハリスはボロボロの俺の体を見て顔を顰めた。

「うーん、これはいつも通りだと一回じゃ治らないな……ジーン! リコルの葉をありったけ持ってきてくれ」

「わかった!」

ジーンがとたとたと走っていく音が聞こえる。
その軽い足音はすぐに戻ってきて、同時に青臭い匂いが部屋いっぱいに広がった。

「これがリコルの葉?」

「そうだよ。見たことないかい?」

「薬草か何かですか?」

「……君は治癒主義者かい?」

「は? 治癒主義者?」

「いや、違うならいいんだ」

嗅ぎ慣れない匂いに鼻がツンとなって若干涙目になっていると、知らない言葉を問われて聞き返す。しかし俺が知らないようだとわかると、聞き返してもハリスは薄く笑って首を振った。
そしてその間にも、手際よく怪我をしている辺りに葉が並べられていく。消毒して包帯を巻いて固定してくれるくらいでよかったのだが、これは一体何をしているのだろう。

「これ何ですか?」

「リコルの葉は怪我の治りを促進するんだ。治癒魔法とかけ合わせれば、魔力消費が少なく怪我を治すことができる」

「……魔法?」

「そう。下半身にも貼っていくからズボン脱がしてもいいかい?」

「あ、はい」

魔法という文脈に沿わない言葉が聞こえてきたが、気のせいだろうか。魔法みたいに早く治るという意味だろうか。戸惑っている俺を置いて、ハリスはテキパキと作業を進めていく。みるみるうちに俺の体は葉っぱまみれになった。ちょっと変態臭いなと思っていると、ハリスは徐ろに俺の肩辺りに手をかざした。柔和な顔が真剣なものに変わる。

『彼に癒やしを』

「え?」

何かを呟くように言うと同時に、体がぽっと温かくなった。肩のあたりから、ハリスが手を動かすのと連動して熱が広がっていく。不思議な感覚だ。心地いいのに、体がどんどん重くなっていく。ハリスの手が遠ざかっていく頃には、俺は診療台に沈み込むような感覚さえ覚えていた。

「よし、終わり。葉はもう少ししてから外そうか」

「あざっす……? あ、え、痛くない?」

ほんの1分ほどだっただろうか。もういいのかと不思議に思いながら少し身を捩ってみると、全く体は痛まなかった。異常にダルいだけで、動かしにくかった腕も問題なく上がる。骨も折れていたはずなのに不思議だ。この葉っぱは痛み止か何かだろうか。こんなに効くなら俺もほしいのだが、何枚か分けてくれないかな。

「うん、骨はつながったと思うし、切れてた傷も治ってると思うよ」

「は? なんで?」

「ん? ……なんで?」

俺とハリスは顔を見合わせて動きを止めた。お互いに何を言っているのかわからないという顔だ。

「折れてた骨、治ったんですか?」

「え、うん。もう痛くないでしょ?」

「腹の傷は?」

「見てみる?」

そう言ってハリスはペリペリと腹にくっついていた葉を剥がした。ざっくりと切れていた肌は、うっすらと白い跡が残るくらいで、もう完全に塞がっていた。

「は? なんで? 何でくっついてんの……?」

「なんでって……魔法で治癒したからだけど」

「……なあ、さっきから引っかかってたんだけど魔法ってなに?」

「……君は本当に治癒主義者でも医療主義者でもないんだよね?」

「だからそれなんですか」

もはやお互いに何を言っているのかも全くわからない。というか、俺がわかっていないだけなのだろうけど。さっきから出てくる、魔法という言葉。“魔法みたいな”という意味だと解釈していたが、まさか本当に魔法なのだろうか。そんなことがあっていいのか……?

「お兄ちゃん、魔法知らないの?」

「だから魔法って何だよ……」

ジーンの無邪気な問いに、完全に脱力してぽつりと呟く。視界の端で、ハリスが額に手を当てて天を仰いだのが見えた。


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