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4.星に誓う
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「小児病棟……は、この廊下をまっすぐに行って、右折っと」
次の日、学校から帰るとすぐに金目病院に向かった。ミイちゃんに会うためだ。
「ここだ。でも、病室は……?」
ナースステーションの前でうろうろしていると、「何かご用ですか?」と、背中の方から声が聞こえた。
振り向くと、お母さんぐらいの看護師さんが真っ白いシーツを抱え、柔らかく微笑んでいた。
「あの……」
どう説明したらいいのか分からなくて、もじもじしていたら、「どうしたの?」と優しい声が訊く。
「あの、ミイちゃんいますか? 私、恵って言います」
だから、勇気を出して尋ねてみた。
すると、優しそうな看護師さんが眉をひそめ、「ミイちゃん……?」と尋ね返した。
「ミイちゃんって、どんな子?」
さっきまでとは全く違う、感情のない声だった。
「あの、えっと……五歳ぐらいの、おかっぱ頭の……目がきらきらしているかわいい子です」
「ご用は何かしら?」
とても事務的な声に、ちょっとビビる。
「あの……お見舞いに来たんですけど……」
そう言いながら「これ……」と、持ってきた花束を差し出した。
「お見舞い……」
シーツが少しずれ、看護師さんの名札が現われ、「あっ!」と声が漏れ出る。
「ん、どうしたの?」
看護師さんが不思議そうに私の視線を追って自分の胸元を見た。
「あの、池田さんって、ミイちゃんの言っていた看護師さんですか?」
「言っていた?」
「はい、実は……」
ためらいがちに、昨夜ミイちゃんに会ったことを話すと、池田さんの顔がどんどん強張っていく。
話し終わり池田さんを見る――と、長距離を走り終えたような顔をしていた。
「ということは、昨日の夜、ミイちゃんに会ったということね?」
「はい。ミイちゃんに会えますか?」
池田さんが激しく頭を振って、それから「会えない」ひと言そう言った。
「会えないって……」
すーっと全身の力が抜けていく。
「もしかしたら、外出したから悪くなっちゃったんですか?」
(あの時すぐに帰せば良かった)
後悔するが、遅い。
「ううん、違うの……」
だが、池田さんはふるふると頭を振ると、とても哀しそうに告げた。
「昨日……亡くなったの。だから、会いたくても会えないの」
ぽかんと口を開けたまま池田さんを見つめ、数秒間、「あの、でも……」と震える声で訴える。
「いっしょにブランコに乗ったし……話もしたし……」
がちがちと、歯が鳴る。
「大丈夫?」
ぜんぜん大丈夫じゃない!
「ちょっとこっちに来て」
池田さんが向かったのは『相談室』と書かれた小部屋だった。
「これを飲んで」
少し席を外していた池田さんが、両手にマグカップを持って戻って来た。
そして、その一つを私の目の前に置いた。
それはピンク色のお星様が散りばめられたマグカップだった。
中の茶色い液体から甘い香りが漂ってくる――ココアだ。
その香りでちょっとだけ気持ちが落ち着いた。
「……そうか、ミイちゃんに会ったんだ」
池田さんは窓の前に立ち、外を見つめたまま呟くように言った。
「ミイちゃんはね、あの公園のブランコを毎日見ていたの」
それからゆっくり振り返って尋ねた。
「ミイちゃん……何か言っていた?」
この時、この人は信じられる大人だ。そう思った。
だって、私の話を信じ、聞こうとしてくれるから。
「お星様に……お医者様になれますようにって、お願いするんだって……正義の味方になるんだって……」
だから、ミイちゃんの内緒話を話した。
「そう……」
池田さんの目が少し潤んでいるように見えた。
「あの!」
口が勝手に話し出す。
「池田さん……私……昨日死のうと思って、公園に行ったんです」
どうしてか、すごく聞いて欲しいと思った。
「えっ! 恵ちゃん……死ぬって……」
池田さんは目を丸くすると、すっと隣に腰を下ろし尋ねた。
「どうして?」
「私……しんどくって……いじめられるし……それに……お母さん……」
後は言葉にならなかった。
気持ちを察したのか池田さんは、「そう……辛かったんだね……」そう言って、優しく抱き締めてくれた。
ずっと溜まっていたものがあふれ出るように、涙が次から次にこぼれた。
そんな私の背中を、池田さんは黙って撫で続けてくれた。
「だいじょうぶ?」
どれぐらいそうしていただろう?
少し落ち着いた私に池田さんが訊く。
しゃっくりを上げながらうなずくと、池田さんが微笑んだ。
「ミイちゃんが、恵ちゃんをここに連れてきたのかしら……」
そう言いながら、池田さんが窓の方に視線を向けた。
私もつられて見る。
四角い窓の向こうに、気持ちいいほどの青い空が見える。
「――ミイちゃんが……私をここに?」
「そう、あなたの苦しみや悲しみを取り除くために」
(私のため……?)
「こんな風に、誰かとお話をしたことがないんじゃない?」
池田さんの言うとおりだ。
おばあちゃんが亡くなってから、気持ちを言える人がいなくなった。
「涙ってね、心の中を浄化する作用もあるんだよ」
そう言いながら池田さんは親指の腹で私の涙をそっと拭ってくれた。
「あの子、お医者様にはなれなかったけど……正義の味方にはなれたみたいね」
ぽつりと呟き、池田さんがマグカップに口を付ける。
「あらあら、すっかり冷めちゃったわ」
静かに立ち上がると、私の前に置かれたマグカップを持ち上げた。
「ちょっと待っててね」
そう言って隣の部屋に消えた。
一人になると、さっきまで気付かなかったいろんな音に気付く。
そうだ、ここは病院だった。
大勢の患者さんや、それを助けようとしている人たちがいる場所だ。
そう思ったら、また泣けてきた。
(本当に私を助けようとしてくれたのかな……?)
うさぎの帽子をかぶったミイちゃんの笑顔が浮かぶ。
天使のようなかわいい子だった。
(あっ、そうか……)
濡れた目で空を見上げる。
(ミイちゃんは、お医者様じゃなくて……天使になったんだ)
「お待たせ」
そう思ったとき、湯気を上げるマグカップを持った池田さんが現われた。
たちまち甘い香りが部屋中に広がる。
「はい、どうぞ」
池田さんがカップを手渡す。
それを「ありがとうござます」とお礼を言って受け取り、一口飲む。
口いっぱいに広がった甘さは、喉を通って胸の中まで染み込んでいった。
「おいしい……」
ぽろりと涙が一粒零れ落ち、笑顔が浮かぶ。
それを満足そうに見つめながら池田さんも一口飲んだ。
「美味しいって感じられたなら、大丈夫だね」
だいじょうぶ……なのかな、私?
「あのね、偉そうなことは言いたくないけど、苛めって……卑怯者がすることだと思うの。でも、される方もする方も、何らかの事情があると思うんだ」
事情は分かっている。私が変な子で、相手はストレス発散のためだ。
「だからって、された側の人間は黙ってされ続けることはないと思うの」
ココアをゆっくりすすりながら、池田さんはにっこり微笑むと――。
「言いたいことがあったら言葉で伝えるの。『いや』なら『いや!』ってね。超能力者じゃないないんだもの、無言じゃ心の中は分かってもらえないわよ」
「伝える……」
「そう。だけど、多くの場合は言っても分かってもらえない。その時は、助けを求めるの。『助けて!』って。ちゃんと声に出して」
池田さんは、軽くうなずくと、「とても勇気がいることだけど、勇気を出したらきっと何かが変わる。池田さんはそう思うよ」そう言って優しく微笑んだ。
「肉親でも同じこと。口に出さなきゃ分からない。聞いてくれなかったら、何度でもトライするの」
(――お母さんにもみんなにも、私は何も言えなかった)
「ミイちゃんが、『胸にいろんなことをしまいすぎちゃいけないわよ!』って」
「そうよ、溜め込むとしんどくなっちゃうもの」
「うん……」
湯気を上げるココアを見つめ、うなずく。
「あの……ミイちゃんって、天使になったんですよね?」
湯気がユラユラ昇ってはすーっと消えてなくなる。
「恵ちゃんがそう思うなら、きっとそうだよ」
池田さんの人差し指がマグカップの縁をなぞる。
「ミイちゃんは本当にいい子だったの。頑張り屋さんで、大人でもかなり苦しい治療を……必死に耐えていたわ」
その時のことを思い出したのか、池田さんの顔が辛そうにゆがむ。
「それなのにいつも夢を忘れず、どんな時でも前向きで、笑顔をたやさなかった。あの子は心から思っていたはずよ『生きたい!』って」
(生きたい……私ってば本当にバカだ)
「あの、私……まだ、ぜんぜん、どうしたらいいいか分からないけど、でも……でも……」
生きなきゃ、心からそう思ったら、立ち上がっていた。
「お星様が『いらっしゃい』って、むかえにくるまで、生きます!」
「そうね」
池田さんもふふふと笑いながら立ち上がる。
「顔色が良くなったわ。力が出てきた証拠ね」
そして、もう一度ぎゅっと抱き締めた。
「また何かあったらいつでもいらっしゃい。ミイちゃんのお友達なら、私の友達でもあるもの。ただし、夜出歩くのは禁止ね!」
軽くウインクすると私の背中を優しくぽんぽんして、くるっと回れ右させた。
「さあ、行って! あなたの未来へ!」
「はい。ありがとうございました。ココア、ごちそうさまでした」
肩越しに振り向きぺこりと頭を下げると、「花束はお礼です。もらって下さい」と言い残して部屋を出た。
「帰ろう!」
駐輪場に向かい、自転車に飛び乗ると思いっ切りペダルを踏んだ。
昨日と違って頬を撫でる風が柔らかい。
(ミイちゃん、ありがとう)
「あっ」
前方にブランコが見えた。
はっと目を見開き、ブレーキをかける。
一瞬、そこにミイちゃんのあの笑顔を見たような気がしたからだ。
(ミイちゃん……)
でも、誰の姿もなかった。
「だいじょうぶだよ、ミイちゃん」
空っぽのブランコに呟く。
「生きて、ちゃんと未来に向かって歩いていくよ」
ニッと笑みを浮かべると、「よし!」と、またペダルを踏んだ。
自転車は勢い良く進んでいく。
前へ! 前へ!
風を切り、風景を蹴飛ばし、明日に向かって、進む。
次の日、学校から帰るとすぐに金目病院に向かった。ミイちゃんに会うためだ。
「ここだ。でも、病室は……?」
ナースステーションの前でうろうろしていると、「何かご用ですか?」と、背中の方から声が聞こえた。
振り向くと、お母さんぐらいの看護師さんが真っ白いシーツを抱え、柔らかく微笑んでいた。
「あの……」
どう説明したらいいのか分からなくて、もじもじしていたら、「どうしたの?」と優しい声が訊く。
「あの、ミイちゃんいますか? 私、恵って言います」
だから、勇気を出して尋ねてみた。
すると、優しそうな看護師さんが眉をひそめ、「ミイちゃん……?」と尋ね返した。
「ミイちゃんって、どんな子?」
さっきまでとは全く違う、感情のない声だった。
「あの、えっと……五歳ぐらいの、おかっぱ頭の……目がきらきらしているかわいい子です」
「ご用は何かしら?」
とても事務的な声に、ちょっとビビる。
「あの……お見舞いに来たんですけど……」
そう言いながら「これ……」と、持ってきた花束を差し出した。
「お見舞い……」
シーツが少しずれ、看護師さんの名札が現われ、「あっ!」と声が漏れ出る。
「ん、どうしたの?」
看護師さんが不思議そうに私の視線を追って自分の胸元を見た。
「あの、池田さんって、ミイちゃんの言っていた看護師さんですか?」
「言っていた?」
「はい、実は……」
ためらいがちに、昨夜ミイちゃんに会ったことを話すと、池田さんの顔がどんどん強張っていく。
話し終わり池田さんを見る――と、長距離を走り終えたような顔をしていた。
「ということは、昨日の夜、ミイちゃんに会ったということね?」
「はい。ミイちゃんに会えますか?」
池田さんが激しく頭を振って、それから「会えない」ひと言そう言った。
「会えないって……」
すーっと全身の力が抜けていく。
「もしかしたら、外出したから悪くなっちゃったんですか?」
(あの時すぐに帰せば良かった)
後悔するが、遅い。
「ううん、違うの……」
だが、池田さんはふるふると頭を振ると、とても哀しそうに告げた。
「昨日……亡くなったの。だから、会いたくても会えないの」
ぽかんと口を開けたまま池田さんを見つめ、数秒間、「あの、でも……」と震える声で訴える。
「いっしょにブランコに乗ったし……話もしたし……」
がちがちと、歯が鳴る。
「大丈夫?」
ぜんぜん大丈夫じゃない!
「ちょっとこっちに来て」
池田さんが向かったのは『相談室』と書かれた小部屋だった。
「これを飲んで」
少し席を外していた池田さんが、両手にマグカップを持って戻って来た。
そして、その一つを私の目の前に置いた。
それはピンク色のお星様が散りばめられたマグカップだった。
中の茶色い液体から甘い香りが漂ってくる――ココアだ。
その香りでちょっとだけ気持ちが落ち着いた。
「……そうか、ミイちゃんに会ったんだ」
池田さんは窓の前に立ち、外を見つめたまま呟くように言った。
「ミイちゃんはね、あの公園のブランコを毎日見ていたの」
それからゆっくり振り返って尋ねた。
「ミイちゃん……何か言っていた?」
この時、この人は信じられる大人だ。そう思った。
だって、私の話を信じ、聞こうとしてくれるから。
「お星様に……お医者様になれますようにって、お願いするんだって……正義の味方になるんだって……」
だから、ミイちゃんの内緒話を話した。
「そう……」
池田さんの目が少し潤んでいるように見えた。
「あの!」
口が勝手に話し出す。
「池田さん……私……昨日死のうと思って、公園に行ったんです」
どうしてか、すごく聞いて欲しいと思った。
「えっ! 恵ちゃん……死ぬって……」
池田さんは目を丸くすると、すっと隣に腰を下ろし尋ねた。
「どうして?」
「私……しんどくって……いじめられるし……それに……お母さん……」
後は言葉にならなかった。
気持ちを察したのか池田さんは、「そう……辛かったんだね……」そう言って、優しく抱き締めてくれた。
ずっと溜まっていたものがあふれ出るように、涙が次から次にこぼれた。
そんな私の背中を、池田さんは黙って撫で続けてくれた。
「だいじょうぶ?」
どれぐらいそうしていただろう?
少し落ち着いた私に池田さんが訊く。
しゃっくりを上げながらうなずくと、池田さんが微笑んだ。
「ミイちゃんが、恵ちゃんをここに連れてきたのかしら……」
そう言いながら、池田さんが窓の方に視線を向けた。
私もつられて見る。
四角い窓の向こうに、気持ちいいほどの青い空が見える。
「――ミイちゃんが……私をここに?」
「そう、あなたの苦しみや悲しみを取り除くために」
(私のため……?)
「こんな風に、誰かとお話をしたことがないんじゃない?」
池田さんの言うとおりだ。
おばあちゃんが亡くなってから、気持ちを言える人がいなくなった。
「涙ってね、心の中を浄化する作用もあるんだよ」
そう言いながら池田さんは親指の腹で私の涙をそっと拭ってくれた。
「あの子、お医者様にはなれなかったけど……正義の味方にはなれたみたいね」
ぽつりと呟き、池田さんがマグカップに口を付ける。
「あらあら、すっかり冷めちゃったわ」
静かに立ち上がると、私の前に置かれたマグカップを持ち上げた。
「ちょっと待っててね」
そう言って隣の部屋に消えた。
一人になると、さっきまで気付かなかったいろんな音に気付く。
そうだ、ここは病院だった。
大勢の患者さんや、それを助けようとしている人たちがいる場所だ。
そう思ったら、また泣けてきた。
(本当に私を助けようとしてくれたのかな……?)
うさぎの帽子をかぶったミイちゃんの笑顔が浮かぶ。
天使のようなかわいい子だった。
(あっ、そうか……)
濡れた目で空を見上げる。
(ミイちゃんは、お医者様じゃなくて……天使になったんだ)
「お待たせ」
そう思ったとき、湯気を上げるマグカップを持った池田さんが現われた。
たちまち甘い香りが部屋中に広がる。
「はい、どうぞ」
池田さんがカップを手渡す。
それを「ありがとうござます」とお礼を言って受け取り、一口飲む。
口いっぱいに広がった甘さは、喉を通って胸の中まで染み込んでいった。
「おいしい……」
ぽろりと涙が一粒零れ落ち、笑顔が浮かぶ。
それを満足そうに見つめながら池田さんも一口飲んだ。
「美味しいって感じられたなら、大丈夫だね」
だいじょうぶ……なのかな、私?
「あのね、偉そうなことは言いたくないけど、苛めって……卑怯者がすることだと思うの。でも、される方もする方も、何らかの事情があると思うんだ」
事情は分かっている。私が変な子で、相手はストレス発散のためだ。
「だからって、された側の人間は黙ってされ続けることはないと思うの」
ココアをゆっくりすすりながら、池田さんはにっこり微笑むと――。
「言いたいことがあったら言葉で伝えるの。『いや』なら『いや!』ってね。超能力者じゃないないんだもの、無言じゃ心の中は分かってもらえないわよ」
「伝える……」
「そう。だけど、多くの場合は言っても分かってもらえない。その時は、助けを求めるの。『助けて!』って。ちゃんと声に出して」
池田さんは、軽くうなずくと、「とても勇気がいることだけど、勇気を出したらきっと何かが変わる。池田さんはそう思うよ」そう言って優しく微笑んだ。
「肉親でも同じこと。口に出さなきゃ分からない。聞いてくれなかったら、何度でもトライするの」
(――お母さんにもみんなにも、私は何も言えなかった)
「ミイちゃんが、『胸にいろんなことをしまいすぎちゃいけないわよ!』って」
「そうよ、溜め込むとしんどくなっちゃうもの」
「うん……」
湯気を上げるココアを見つめ、うなずく。
「あの……ミイちゃんって、天使になったんですよね?」
湯気がユラユラ昇ってはすーっと消えてなくなる。
「恵ちゃんがそう思うなら、きっとそうだよ」
池田さんの人差し指がマグカップの縁をなぞる。
「ミイちゃんは本当にいい子だったの。頑張り屋さんで、大人でもかなり苦しい治療を……必死に耐えていたわ」
その時のことを思い出したのか、池田さんの顔が辛そうにゆがむ。
「それなのにいつも夢を忘れず、どんな時でも前向きで、笑顔をたやさなかった。あの子は心から思っていたはずよ『生きたい!』って」
(生きたい……私ってば本当にバカだ)
「あの、私……まだ、ぜんぜん、どうしたらいいいか分からないけど、でも……でも……」
生きなきゃ、心からそう思ったら、立ち上がっていた。
「お星様が『いらっしゃい』って、むかえにくるまで、生きます!」
「そうね」
池田さんもふふふと笑いながら立ち上がる。
「顔色が良くなったわ。力が出てきた証拠ね」
そして、もう一度ぎゅっと抱き締めた。
「また何かあったらいつでもいらっしゃい。ミイちゃんのお友達なら、私の友達でもあるもの。ただし、夜出歩くのは禁止ね!」
軽くウインクすると私の背中を優しくぽんぽんして、くるっと回れ右させた。
「さあ、行って! あなたの未来へ!」
「はい。ありがとうございました。ココア、ごちそうさまでした」
肩越しに振り向きぺこりと頭を下げると、「花束はお礼です。もらって下さい」と言い残して部屋を出た。
「帰ろう!」
駐輪場に向かい、自転車に飛び乗ると思いっ切りペダルを踏んだ。
昨日と違って頬を撫でる風が柔らかい。
(ミイちゃん、ありがとう)
「あっ」
前方にブランコが見えた。
はっと目を見開き、ブレーキをかける。
一瞬、そこにミイちゃんのあの笑顔を見たような気がしたからだ。
(ミイちゃん……)
でも、誰の姿もなかった。
「だいじょうぶだよ、ミイちゃん」
空っぽのブランコに呟く。
「生きて、ちゃんと未来に向かって歩いていくよ」
ニッと笑みを浮かべると、「よし!」と、またペダルを踏んだ。
自転車は勢い良く進んでいく。
前へ! 前へ!
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