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第4章 美しい女性

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「お呼びですか?」

部屋は薄暗かった。こんな時間に社長室に来るのは初めてだった。
明かりはデスク横にあるフロアースタンドだけ。いつもこんな風なのだろうかと疑問が湧く。

それがスポットライトのように西園寺オーナーを照らしていた。彼はデスクに肘を付き、組んだ手の上に顎を載せていたが、表情までは分からなかった。

「こっちに来い」

その体制のまま彼が言った。有無も言わさない声だった。
なるべく早く要件を済ませたい私は足早にデスクに近付き……ハッと息を飲んだ。

オレン色の灯りが西園寺オーナーの顔に深い陰影を作っていたからだ。その顔は怖いぐらいに精悍だったが、それ以上に悲哀の色が濃く漂っているように感じた。

「ご用はなんでしょう?」

デスクを挟み、見下ろすような形で向かい合うと、より彼の顔がハッキリ見えた。

「――お疲れですか?」

そこに疲労の色も混じっていた。
西園寺オーナーがフッと自嘲気味な笑みを浮かべた。

「お前は何でもお見通しという訳か」

呟くような声に――今の貴方を見れば誰だって分かると思いますと思ったが、それを言って余計なお世話だと要らぬ叱責を受けるのは不本意なので黙ってままでいた。

何も答えない私を西園寺オーナーは一瞥すると、「明日、夏乃たち家族とディナーを共にする」と報告めいた言葉を告げる。

「はぁ」

どう答えて良いのか分からず、取り敢えず相槌を打つと、「それで、お前を恋人として連れて行くことにした」と彼は言った。
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