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開演
五年半前 萌黄の館にて : 忠義
しおりを挟むお琴を守るために、殿に背くことを選んだ。
…兵が向けられるかもしれぬ。
だが、保身のために自分の妻を差し出すなど…
いや、お琴が殿であろうが他の男に抱かれるなど、考えるだけで気が狂いそうになる。
これまでにないほど血が上った頭で、これからどうするかを考える。
お琴を守るために死ぬ覚悟を決めたお鈴。
お鈴を見て私も覚悟が決まった。
お鈴に指示を出し、お琴にもこれからのことを伝える。
まずはすぐにお琴を安全な場所へ。
それから城へ。
…いや、その前に他のお家にもこのような書簡が届いているのか?
それも確認せねば。
私一人の申し立てではどうにもならぬことでも、他にも同じように命を受け入れられぬ者が居てくれたら、あるいは…
殿と争う覚悟で、あらゆることを考えていたそのとき、お琴に呼ばれた。
振り返ると、お琴が自分の喉元に懐刀の切っ先を突きつけていた。
「刀を捨てよ!
なにを、」
「話を!!」
お琴がまっすぐ私を見ている。
「…旦那様、お座りになってください。
話を致しましょう。」
依然として、きらりと光る刃がお琴の喉を今にも突き破ろうとしている。
「…お琴、やめてくれ。」
「…旦那様こそ、死ぬおつもりならおやめくださいませ。」
「…何を考えている。」
「旦那様も、お鈴も…この館の誰も彼もを死なすことのない方法を、考えております。」
…まさか
「…お前、殿の元に向かう気か。」
「…」
「許さぬぞ。」
あぁ、はらわたが煮えくり返る。
「お前は誰にも渡さぬ。
殿だろうが誰だろうが…
お前が私以外の誰かに触れられるなど耐えられぬ。」
「…私一人のために何人も死ぬようなことになるくらいなら、どんなにおぞましいことであっても受け入れましょう。」
「許さぬと言っている!!」
「なれど!!」
刀を持つお琴の手が震えている。
「…なれど、」
お琴の目から涙がこぼれる。
「旦那様以外に触れられるくらいならば、自ら命を絶つほうがようございます。」
私たちは同じ気持ちではあるのだろう。
お互いに、お互い以外に心や体を許すくらいならば死んだほうが何倍もましだと。
「誰も死なぬ方法を考えましょう。」
「…あるのか、そんな方法が。」
「…私が、病で伏せていることにするのはいかがでしょう。」
「嘘を…」
「嘘も方便でございますよ。
それに…人に移る病であると医者に言われた、とお伝えになれば、周りの方々もお止めになるでしょう。」
「…すぐに、本当のことが知られてしまうのではないか。」
「あくまでも、殿を命の危険に晒すわけにはいかぬと、殿の為に今は城へ妻を連れていけぬと言えばよろしいです。」
「病が治ればまた城へ来いと言われるのでは、」
「私はしばらく部屋から出ませぬ。
ほとぼりが冷めるまで、何年でも。」
「お琴…」
「今後、何十年と共に生きるうちの数年、部屋から出られずとも困りませぬ。
それに…」
少し前まで恐怖でひきつっていた顔とうって変わって、お琴はいつものように微笑んだ。
「この館には、まだ読み終わっていない書物が多くございます。
…私の楽しみは、旦那様が保証してくださるのでしょう?」
…里を出る日に私がお琴に言ったこと。
「…もちろんだ。」
「…楽しみにしております。」
お琴がそっと、懐刀を畳の上へ置いた。
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