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騙されたので反撃の時間にしてやってみた3

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 そこからもう無我夢中だ。

「【花陰に潜む欺瞞ニグレット・アグー】!」

 蛇はいっせいに口を開けて俺に飛びかかる。
 それはまるで地獄へ引きずり込む亡者の腕のように、執拗に追ってくる猛襲。
 ぐったりとするベルを抱えながら、必死に床を蹴って走る。

「くそっ」

 これはかなりやばいんじゃないか!? 
 息をつく間もない攻撃に逃げるしか出来ないのがもどかしい。

「アーハッハッハッ!必死こいて走る様は、まるで卑しいドブネズミのようだなァ!!!」

 痩せた男は笑いながら叫び、ナイフを俺たちに向かって投げつけてくる。それが猛スピードで追いかけてくるのを、またもや死ぬ気で避けきるしか出来ないのだ。

「くっ、なんとかしねえと」

 武器はある。一応護身用にと持ってきた短剣だ。少ない手持ちの金でようやく買った一つだった。
 腰に下げたそれを手にしようにも、抱えている彼女がいるからなかなか上手くいかない。

「め、メイト」
「ベル? 大丈夫か」

 意識がハッキリしてきたのか、それでも弱々しい様子の彼女の顔を覗き込む。

「ごめん。あたし、しくじった……」
「いいから。喋らなくて」

 悲しいような悔しいような、いや違うな。迷子になった幼児みたく不安げに揺れる瞳。俺はたまらなくなって、彼女を数秒だけ抱きしめた。

「なんで……ねえ……なん、で……?」

 ふるりと震えて、次の瞬間には大粒の涙が零れ落ちるのを何も出来ずに眺めるしかない。
 そりゃそうだろう。親のように慕っていた存在からの裏切りだ。他人の俺ははらわたが煮えくり返るような怒りを覚えた。

「ベル、俺にはその問いに答えられねえよ」

 彼女をそっとその場に横たえさせる。
 その間もシュウシュウと威嚇する蛇ども。そして、復讐と追い込まれた狂気に燃える視線。
 俺は奴らを真正面から迎え撃つ必要があった。
 すべてを犠牲にしていい、刹那的な衝動であっても。

「スチル! 聞いてんだろッ、なあ」

 迫り来る銀色の鋭光は切っ先。まっすぐ俺の喉元を掻っ切ろうと迫る。
 そして牙を剥く大蛇の大群。いずれも致命傷を負わせるには充分。
 
 だから俺は叫ぶ。

「解呪しろッ、今すぐに!!!」

 視線なんてくれてやる必要もない。俺は知っている、すべてを覆す全能感チートスキル
 
「スチル!」

 男たちに押さえつけられ、小さな呻き声をあげる少年の名を怒鳴る。それがすべての切り札だ。

「……ぁ……っ」

 ああ迫ってくる。

「ギャハハハハッ、死ねっ、死ねェェエエ工ッ!!!」

 狂喜する男の声、女の歪んだ笑み。絶望に見開かれるベルの赤い瞳。
 視線の端に黒いローブがひるがえった。

『やれやれ、――【解呪ディスペロ】』

 その瞬間、心臓が大きく跳ねる音。

「!」

 細胞一つ一つが小さな爆発を連鎖してしていくような衝撃。すざましい吐き気と目眩、そして隣り合わせの高揚感。
 俺はその場に膝をつく。

「あ゙ッ……が、ぁ!? うぐっ」

 熱い。燃えるように、熱い。今までとは比にならねえ。やばい、死ぬ。死ぬかもしれねえ。
 
 途端パニックと後悔と無様な命乞いが脳内を占める。
 身体中のあちらこちらで爆発を起こしているかのような痛みと灼熱に、汗が飛び散る。
 
「っうぉ゙」

 その場に吐いた。吐かずにいられなかった。
 のたうち頭を掻きむしりたくなるが、なんとか耐える。息も絶え絶えで必死で眼球を動かして辺りを見渡せば。

「な……?」

 どういうことだ。すべてが止まっている。
 停止してるんだ。まるで時間が止まっちまったように。
 眉をひそめつつ、蛇を操る女の険しい顔も。未だ狂気めいた笑みを浮かべるナイフを持つ男。
 そう、そいつが放ったナイフすら俺に切っ先を向けてはいるが、ピタリとその場に止まっているのだ。

 まるで非現実的な芸術アートみたいに。
 
「ど、どういうことだ」
 
 時が止まっている。もしや次のスキルは時間操作系なのだろうか。
 唾を飲み込みつつ、そこまで考えた時だった。

『――自惚れるな、人間』
「!?」

 目の前にふわりと揺れた、黒い布。それがマントを纏う人の姿であるのに気づくのは数秒後で。

『これは意識と狭間の地獄ゴギト・インフェルヌス

 突然現れたのは、黒ずくめの男。痩せ型で青白い肌、灰色の髪は長く重力無視でマントと同じく揺らめいていた。

「ご、ごぎ? いんふぇ?」
『ふん。名前なんぞどうでも良いわ』
「ええ……」
『まったく、阿呆あほ面を晒しおって』

 いや呆れたみたく言ってるけど、お前が言ったんだからな。つーか、状況がまったくといっていいほど飲み込めていないんだが。
 今も無数のナイフと蛇が俺達に向きつつも、固まったようにピクリとも動かない。つまり時間が止まった状態だよな?
 これはなんなんだ。スチルの解呪とは関係あるのか。

 そんな俺の疑問を読み取ったように、男は喉の奥を鳴らすように笑う。

『今はかりそめのときであり、ある種の異界だ。しかし長くも持つまい』
「あ?」
 
 いや。なにがかりそめ、だ。もっと意味の分かる言葉で喋りやがれ。あとさっきからヒラヒラしてるマントがめちゃくちゃ邪魔。
 そんなことを考えつつ、俺は目の前の男を観察する。
 なぜか顔がハッキリ見えないのだ。正しく言うと見えているのに認識できない。
 ぼんやりと要領が掴めない。なのに笑ったとかそういうのはなんとなく分かる。
 分厚いガラスの向こう側というべきか。とにかくコイツはなんかおかしい存在ってのはよく分かる。
 だいたい浮いてるしな。

われが何者であるかと考えておるのか』
「お、俺の頭ん中読んでるのかよ」
『くくっ、読まずとも分かるわ』

 読まずともってことはその気があれば読めるっつーことか? ますます今がわかんねえ不気味だ。
 
「じゃあ聞くが、お前はなんだ。そしてここはどこだ」
『もうすでに半分答えをくれてやったが。ここは、そうだな……貴様と我だけの世界、と言っておこうか』
「はあ?」

 気色悪ぃこと言いやがって。なんだそれ。
 
『貴様のような腑抜ふぬけに理解できるように説明しようも、時が足らぬ。さて、要件を言おうか』

 ふ、腑抜けとか阿呆とか。さっきからえらくディスるじゃねえか、この野郎。だが情けないことに俺は何も言い返せないどころか身体が動かねえ、指一本すら。

『今から我と契約せよ、メイト・モリナーガ』
「!?」

 契約って、こいつと? だいたい契約ってなに!? 
 もうワケワカメで混乱しっぱなしだ。まさか契約って、この男。

「お前、悪魔か!?」
『ほほう。マヌケの割には察しが良いではないか』
「ま、マジで……」

 なぜか知らんが、解呪されたら目の前に悪魔が出てきて契約を迫られているとか。
 あんまりのことに口をパクパクさせていると。

『しかし良いのか』
「え?」
『言ったであろう。長くも持つまい、と』
「まさか……」

 男が、いや悪魔がにやりと笑ったのが分かった。
 ぼんやりとしてるが、真っ赤な口が三日月のように開いたのだ。きっとその肉色の中に鋭い牙がそびえているのだろう。
 
 悪魔なんておとぎ話の中の恐ろしげな姿しか知らない。しかしそれで充分だ。
 コイツはそれくらい恐ろしげだった。

『まるでコース料理を嗜むかのような優雅な時間はないぞ。素早く選べ、さあ!』
「っ……」
『我と契約せよ。さすれば必ずこのナイフをすべて落とし、貴様の命を保証しよう』
「し、しかし」

 悪魔は契約で何を求める? そうだ、魂だ。俺は己の魂を対価として差し出さなければならんのか。
 正直、頭を抱えたかった。なんでこうなる、と八つ当たりでもなんでも喚き散らしたかった。
 だが身体が動かん。そして妙に、脳みそのすみっこが冷静だったのだ。

『なにも一つの願いで全てを奪わぬ』
「え?」
『モノによるがひとつの願いにつき、魔力か生気かを多少もらうが。ああ、もちろん現金払いも可能だぞ』
「え?」
『なんだ貴様、もしや我が魂をとか寿命を奪うと思っておるのか』
「あ、まあ」

 だって悪魔って言ったらそうだろ。魂食らうとか、寿命奪われるとか。
 悪魔は大きくため息をついて。

『今どきそれはない、あまりにも非効率であろうが。時代遅れだ』

 と。
 いや知らねーし。てか現金払いも受け付けてるのかよ。なんか一気に俗物化したな。
 しかし法外な値段吹っかけられない限り、これは乗るしかないのかもしれない。

「分かった」

 くそ、こうなったらヤケクソだ。あとで理由や顛末は全てスチルに聞くとして。今はこの自称悪魔にすがるしかないみたいだ。
 
「契約だっ、今すぐに!」

 すっかり乾いてヒリつく喉で叫ぶと。

『よろしい、賢明だ』

 男がそう言った瞬間、黒い影のような姿がヤギの頭に変わったのを見た。しかしそれもつかの間。

心臓に刻め、明ければ我こそ契約者コル・クリプ・ルーキス・パクトゥム

 地の底から響くような声と共に、身体に稲妻が走る。

「あ゙ッ!? な゙っ……に゙」

 立って入れられず崩れ落ちるも、まるですべての血液が沸騰したかのような灼熱と苦痛に唇を噛み締める。
 
『ふむ、初回は辛いか。まあ良い』

 いや良くねえし――と、言い返す事も出来なかった。
 
「メイトぉぉぉっ!」

 悲痛な叫びと共に、俺の意識は再び浮上する。
 眼前に迫る凶器と男女の高笑い。血なまぐさい死の瞬間に目を閉じることも出来なない。

「っ!?」
 
 だが、その時は訪れなかった。

「な、なに」

 呆然とした声はナイフ使いの男のものか。あまりにも情けなく震えている。

「あ……アタシの、蛇が……」

 女の途方にくれた声。視線を向ければ、床に膝をついて口の端が震えていた。

「お前、何をした」
「え? 俺?? 」

 辛うじて立っているという様子の男が、歯をガチガチさせながら問う。しかし俺は首をかしげるしかできない。
  
 気がつけば無数のナイフが落ちていた。全ての刃がぐにゃりと不自然に曲がっていたのが奇妙な光景だった。

「ええっとぉ」

 意味も状態も相変わらずわからん。
 でも俺はつまり危機を脱した、のか? 

「クソォォォォッ!!!」

 絶叫したのは男だった。
 再び数十本のナイフを投げつけてきたのだ。俺は再びベルを抱えて飛ぶ。

「くっ!」
「このッ、このッ、バケモノがァァァッ!!!」

 あ、俺って化け物なのか。と素直に思った。
 そりゃそうか。いきなり突きつけていたすべてこ必殺技を叩き落として、平然としてるように見えるんだもんな。俺だってビビるわ。

 なんて冷静に考えながら、俺の身体は軽やかに動く。
 壁もを蹴って、全ての猛攻を間一髪で避けて宙を舞う。

「でもなあ」

 思い切り足を振り上げる。だって腕は使えないから。

「化け物はさすがに傷つくわ」
「うぐッ!?」
 
 身体をひねり、やつの脳天に自重で踵を落とす。もちろん急所は外さない。
 やつの脳みそが震えた感触は、頭蓋骨越しに感じた。

「お゙っぅ……!」
「ん。ヒット」

 少し足が痛むが、大したことじゃない。
 男がそのドサッと音を立てて場にひっくり返った姿がを見て、俺は小さく息をついた。

「戦意喪失した方がいい、アンタのためにも」

 もちろん相手は蛇使いの女。しかしこっちは青ざめて既に戦意喪失らしい。
 
「あ……ぁ……っ……ひ、ひぃ……こ、こない、で……っ」

 きっとこの男や、なんか見ちまったんだろう。
 何となくそう思った。

「で。アンタはどうすんだ、ピウス」

 高みの見物であったはずの男に、俺は話しかける。
 
 ――ここから一気にすべてを奪う、と心に決めながら。




 
 




 

 
 


 
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