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盗人の末路
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虐げられ奪われるしかない弱い俺は、転生して他者から奪う能力を手に入れた。
『あんたら異世界の住民の能力なんて、この天使様には無意味なのよ』
天使、と呼ぶにも違和感が拭えぬ醜悪な表情をした女が笑う。
『なぜ天使が異世界同士を行ったり来たりできるのか分かる? それは私たちが高次元の存在だからよ』
どういうことだ。高次元、とはなんだろう。しかし俺は疑問を口にすることはなかった。
『そんな私に楯突く愚かな虫けらは、この世界にはいらないわ』
一瞬のうちに舞っていたはずの羽がギラリと光る刃に代わり、いっせいにこちらを向いていたのだ。
そして飛んでくる、鋭い切っ先。
「!」
避ける時間もない。
だからすべて受けた。
『なっ!?』
半壊した天使の顔が驚愕に歪む。
そりゃそうだろう。
雨あられと降り注ぐ鋭利な攻撃を一身に受けながらも、俺はそれをすべて無効化し弾き返すのだから。
「言っただろ。俺の能力は盗人のそれだつて」
痛みも、なんなら攻撃すら無に帰す能力をタロ・メージから奪っていた俺には多分無敵に近いのかもしれない。
「あと考えなきゃならないのは、あんたをいかに無力化してぶっ倒すことだな」
一歩、砂利を踏み締めて歩み寄る。
無効化とはいうがここは少し意味合いが変わってくる。むしろこの女の能力、つまり異なる世界を行き来し介入できる力を盗みとろうってわけだ。
そんなことできるのかって?
するしかねえだろ。
『は、はあ? 出来るわけないじゃないの。あんたら人間ごときが!』
目を剥き威嚇するように叫ぶ女が哀れだ。
こいつのやってることなんて、格下だと思い込んでる人間達をそそのかし裏で操る小物悪党そのもの。
そうやって世界を思い通りに動かしている優越感に浸りたかったのかもしれねえな。
『たった一度の攻撃をかわしたくらいで偉そうにしてんじゃねえわよ! この下等生物がぁぁぁッ!!!』
「下等生物、か。確かにあんたにとって俺たち人間はひどく不自由で弱く拙い生き物かもしれないな」
また一歩、近づく。
「でもだからこそ分かることもあるんだぜ」
身体の奥底から湧き上がるのは魔力か、それともまた違う力か。
「まあ天使には分かんねえよ」
――これから先、何度転生してもな。
その呪文を小さく口の中で唱える。
【すべて剥奪せよ】
全身からすべての魔力が放出されるような感覚。
背筋がゾクゾクと粟立ち、だが燃えるような感覚に歯を食いしばった。
『ハッ、命乞いなら聞か――っ!?!?!?』
彼女の方も大きく目を見開き、凍りついた表情。しかし次の瞬間。
『な゙ッ、なにを゙っ、なにを……し、た……さ、さむ、ぃ……ひっ……あ゙っ』
ガタガタと震え崩れる身体。その顔面は白を通り越して青く、次に土気色に変化する。
『や、やめ゙っ……やめろっ、やめ゙てぇ゙ぇッ』
自分の能力、この場合は存在そのものを奪われるってどんな気持ちなのだろう。
涙をとめどなく溢れさせ、自らを抱きしめながらのた打つ彼女を見下ろした。
『ああぁぁっ、力がぁぁっ、きえちゃ……とられ……っ、にげ、られ……ない』
どこか別の異世界にでも逃げようと思ったのか、しかしそれも今はできない。
だってその力は俺が奪ったのだから。
「くっ」
俺の方は身体が熱い。高熱でぶっ倒れる寸前みたいな感じなのに、思考がクリアになっていく。
彼女は奪われ、俺はそれをすべてこの身に受ける。
同時に、異変はそれだけじゃなかった。
「うぐっ……がァァァァッ!!!」
背中に激痛が走る。と同時に、メキメキッという音と共になにか、生えた。
「め、メイト、それ」
辺りに舞う白い羽。
否が応でも目に入る。それは俺の中での決定的な変化だった。
「メイトさん!? お、お姿が透けて――」
『え?』
自らの両手を見る。どんどん透明になっていく。
かざすと向こう側が透けて見えるレベルになるまでそう時間はかからなかった。
『ああ』
この結末は予想できたはずだ。俺の能力は能力の奪い取ること。
「あ゙ぁぁ、ぁ、ぁぁ……私……ああ……力がぁ……」
目の前で、地に伏して弱々しく咽び泣く女。
その背にはもう焼けた羽すらない。そこにいたのは彼女いわく、下等生物である人間。
『なあ、あんた』
あまりにも憐れだった。
するとキッと顔を上げて俺を睨みつけた彼女は。
「返しなさいよッ! 私のっ、私の力を返して!!! 返してよぉぉぉぉぉぉッ!!!」
そうしてまたうずくまり嗚咽を漏らす様に、感情ひとつ動かなかった。
『……』
天使ってのは、こうも感情の起伏が乏しいのか? いや違うな、だってこの女は散々やらかし過ぎた。
虚栄や謀略、欺瞞、もすべて彼女の罪だ。
「メイト!」
ベルが叫び手を伸ばす。しかし、今の俺にはその手を取ることすらできない。
『ベル、ラヴィッツ…………ごめんな』
俺はもう人間じゃない。そして実の父、もとい魔王がこのチート能力を封じた理由が分かった。
盗みとるということは一見すれば良いことずくめのチートスキルだ。でも光があれば必ず影がある。
いつか盗んだ能力でその身を変えてしまうことを予想していたのかもしれない。
しかし産みの母、悪魔ベリアルは不遇だった息子に手を差し伸べてしまった。
封印される前、赤子のうちに盗み取った能力を少しずつ解呪したんだ。
少年魔法使い、スチルと偽って。
『ったく。勘弁してくれよ』
弟みたく思ってた相手がまさかの母ちゃんとか。とんだ展開だ。
でも。
『ありがとう……父さん……母さん』
そして今まで俺を助けてくれた人達。
育ての親であるジジイにもだ。
くたばる前に一度でも会いたかったなぁ。
感傷も後悔もなにもかも、いつの間にか白じんでくる景色の中に溶けだしてしまいそうで。
『ああ』
もう時間切れ、らしい。
人間を辞めるということはこれまでのすべてを捨てるということ。
記憶も肉体も――。
『!』
眼前を、強い光の渦が覆いつくそうとているのが俺の最後の記憶だった。
『あんたら異世界の住民の能力なんて、この天使様には無意味なのよ』
天使、と呼ぶにも違和感が拭えぬ醜悪な表情をした女が笑う。
『なぜ天使が異世界同士を行ったり来たりできるのか分かる? それは私たちが高次元の存在だからよ』
どういうことだ。高次元、とはなんだろう。しかし俺は疑問を口にすることはなかった。
『そんな私に楯突く愚かな虫けらは、この世界にはいらないわ』
一瞬のうちに舞っていたはずの羽がギラリと光る刃に代わり、いっせいにこちらを向いていたのだ。
そして飛んでくる、鋭い切っ先。
「!」
避ける時間もない。
だからすべて受けた。
『なっ!?』
半壊した天使の顔が驚愕に歪む。
そりゃそうだろう。
雨あられと降り注ぐ鋭利な攻撃を一身に受けながらも、俺はそれをすべて無効化し弾き返すのだから。
「言っただろ。俺の能力は盗人のそれだつて」
痛みも、なんなら攻撃すら無に帰す能力をタロ・メージから奪っていた俺には多分無敵に近いのかもしれない。
「あと考えなきゃならないのは、あんたをいかに無力化してぶっ倒すことだな」
一歩、砂利を踏み締めて歩み寄る。
無効化とはいうがここは少し意味合いが変わってくる。むしろこの女の能力、つまり異なる世界を行き来し介入できる力を盗みとろうってわけだ。
そんなことできるのかって?
するしかねえだろ。
『は、はあ? 出来るわけないじゃないの。あんたら人間ごときが!』
目を剥き威嚇するように叫ぶ女が哀れだ。
こいつのやってることなんて、格下だと思い込んでる人間達をそそのかし裏で操る小物悪党そのもの。
そうやって世界を思い通りに動かしている優越感に浸りたかったのかもしれねえな。
『たった一度の攻撃をかわしたくらいで偉そうにしてんじゃねえわよ! この下等生物がぁぁぁッ!!!』
「下等生物、か。確かにあんたにとって俺たち人間はひどく不自由で弱く拙い生き物かもしれないな」
また一歩、近づく。
「でもだからこそ分かることもあるんだぜ」
身体の奥底から湧き上がるのは魔力か、それともまた違う力か。
「まあ天使には分かんねえよ」
――これから先、何度転生してもな。
その呪文を小さく口の中で唱える。
【すべて剥奪せよ】
全身からすべての魔力が放出されるような感覚。
背筋がゾクゾクと粟立ち、だが燃えるような感覚に歯を食いしばった。
『ハッ、命乞いなら聞か――っ!?!?!?』
彼女の方も大きく目を見開き、凍りついた表情。しかし次の瞬間。
『な゙ッ、なにを゙っ、なにを……し、た……さ、さむ、ぃ……ひっ……あ゙っ』
ガタガタと震え崩れる身体。その顔面は白を通り越して青く、次に土気色に変化する。
『や、やめ゙っ……やめろっ、やめ゙てぇ゙ぇッ』
自分の能力、この場合は存在そのものを奪われるってどんな気持ちなのだろう。
涙をとめどなく溢れさせ、自らを抱きしめながらのた打つ彼女を見下ろした。
『ああぁぁっ、力がぁぁっ、きえちゃ……とられ……っ、にげ、られ……ない』
どこか別の異世界にでも逃げようと思ったのか、しかしそれも今はできない。
だってその力は俺が奪ったのだから。
「くっ」
俺の方は身体が熱い。高熱でぶっ倒れる寸前みたいな感じなのに、思考がクリアになっていく。
彼女は奪われ、俺はそれをすべてこの身に受ける。
同時に、異変はそれだけじゃなかった。
「うぐっ……がァァァァッ!!!」
背中に激痛が走る。と同時に、メキメキッという音と共になにか、生えた。
「め、メイト、それ」
辺りに舞う白い羽。
否が応でも目に入る。それは俺の中での決定的な変化だった。
「メイトさん!? お、お姿が透けて――」
『え?』
自らの両手を見る。どんどん透明になっていく。
かざすと向こう側が透けて見えるレベルになるまでそう時間はかからなかった。
『ああ』
この結末は予想できたはずだ。俺の能力は能力の奪い取ること。
「あ゙ぁぁ、ぁ、ぁぁ……私……ああ……力がぁ……」
目の前で、地に伏して弱々しく咽び泣く女。
その背にはもう焼けた羽すらない。そこにいたのは彼女いわく、下等生物である人間。
『なあ、あんた』
あまりにも憐れだった。
するとキッと顔を上げて俺を睨みつけた彼女は。
「返しなさいよッ! 私のっ、私の力を返して!!! 返してよぉぉぉぉぉぉッ!!!」
そうしてまたうずくまり嗚咽を漏らす様に、感情ひとつ動かなかった。
『……』
天使ってのは、こうも感情の起伏が乏しいのか? いや違うな、だってこの女は散々やらかし過ぎた。
虚栄や謀略、欺瞞、もすべて彼女の罪だ。
「メイト!」
ベルが叫び手を伸ばす。しかし、今の俺にはその手を取ることすらできない。
『ベル、ラヴィッツ…………ごめんな』
俺はもう人間じゃない。そして実の父、もとい魔王がこのチート能力を封じた理由が分かった。
盗みとるということは一見すれば良いことずくめのチートスキルだ。でも光があれば必ず影がある。
いつか盗んだ能力でその身を変えてしまうことを予想していたのかもしれない。
しかし産みの母、悪魔ベリアルは不遇だった息子に手を差し伸べてしまった。
封印される前、赤子のうちに盗み取った能力を少しずつ解呪したんだ。
少年魔法使い、スチルと偽って。
『ったく。勘弁してくれよ』
弟みたく思ってた相手がまさかの母ちゃんとか。とんだ展開だ。
でも。
『ありがとう……父さん……母さん』
そして今まで俺を助けてくれた人達。
育ての親であるジジイにもだ。
くたばる前に一度でも会いたかったなぁ。
感傷も後悔もなにもかも、いつの間にか白じんでくる景色の中に溶けだしてしまいそうで。
『ああ』
もう時間切れ、らしい。
人間を辞めるということはこれまでのすべてを捨てるということ。
記憶も肉体も――。
『!』
眼前を、強い光の渦が覆いつくそうとているのが俺の最後の記憶だった。
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