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2.埃ほどの
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僕、瀬上 誠は去年まで学生だった。
社会に出た事のないガキだと言われながらも、それでもどこか自分は出来ると過信していた正真正銘のガキだったワケだが。
当然大人達の中に入れば色々と自分の力量を思い知らされる。
まぁ平たく言えば理想と現実との乖離に、打ちのめされていたってことだけれど。
……そして悪いことって重なるんだな。
学生時代から付き合っていた恋人には、ある夜あっさり別れを告げられた。
僕が『仕事にかまけて、相手をしてくれないから』だってさ。
こっちは必死で目の前の事に食らいついている間に、よそに好い人を見つけてしまったらしい。
神妙で、さらに浮かべた涙の印象的な顔での別れ話の後に、SNSで新しく出来た恋人についての惚気や貰ったプレゼントの写真を見つけた僕の気持ちを考えて欲しい。
自暴自棄……つまりヤケになるのは当然だろう?
ま、僕のヤケって言うのは単に酒に逃げる事だったんだけれど。
でもそれが間違いの元だったんじゃあないか、って今ではヒシヒシ感じている。
彼と出会ってしまった
彼の最初の言葉はええっと……『隣良いですか?』だっけ。
あんまりあの日の事は覚えてないんだよなァ。
覚えてないから無罪って訳じゃあないけど、酒って恐ろしいよな。なんでも酒のせいにする大人は嫌いだったけど、大人になった今では分かる。
本当にお酒のせいとしか思えない出来事ってあるってこと。
……彼とはいくつか言葉を交わした。
結論から言おう。印象としては最悪だった。
でもこれは多分僕が悪い。あまり記憶がないけど、なんとなく分かる。
八つ当たりで彼に八つ当たりをして喧嘩になった。
『表へ出ろ』
この一昔前の不良マンガみたいなセリフは僕だ。
うん……まぁ、だから酔ってたんだから仕方ないだろ。
『分かった分かった』
と妙にニヤけた面で肩を抱くものだから、『触んな!』と思い切り引っ掻いてやったのは覚えている。
そのあとの記憶がその……あー、気が付いたら……ええっと、あーっと……その……ホテルに、居た。
つまり、喧嘩した相手。しかも男とラブの付くホテルで介抱されてたってわけ。
つまり完全に連れ込まれたんだよ。悔しいことに!
『こういう事よくするの?』
なんて聞いてくるから、一瞬考えて出した返答が確かこれだった。
『当たり前だろ! ……で、するのか、しないのか?』
……バカだよな。
初体験です、帰らせて下さい。が言えなかったんだ。
そしたら男の表情が歪んだ。
泣き笑いのような、いや、楽しくて仕方ないって顔だったかもしれない。
とにかく異様な笑顔に目がやたらギラギラとしていて、動けなくなるほど怖かったのを覚えている。
僕の昔からの悪い癖だ。
怖いこと辛いこと、悲しくても平気な顔をして強がる所。
だから恋人にフラれたのかもしれない。
―――結果、僕は女みたいに組み敷かれて見ず知らずの男に始めてを捧げてしまった訳だ。
ソッチにはてんで知識も経験も無いもんだから、無様にも忌々しい男の手ほどきをうけてさ。
……僕もとんだビッチに成り下がったもんだよなァ。しかも、それが満更悪くなかったものだから。
驚くなかれ、半年も続いている。
月に一回のセックスだから、もうあの男には5回も抱かれちまってるわけだ。
あの男、村瀬 恭介は穏やかな男だ。そしてムカつくくらい優しい素振りを見せる。
僕が痛いと言えば文句言わず時間をかけて、欲しいと言えば惜しみなく与えるような奴。
終わった後も、要らんと言うのに後始末を始めて恋人にするように甘いキスを身体中に降らせるんだ。
でも決して自分の事は語らない。
まぁ僕も聞かないけどさ。
連絡先だって知ってるのはLINEのIDだけ。
次の日時は会った日の、帰り際に簡単に約束するだけだから。
もし都合が悪くなったら、の連絡先だけど今まで一度だってメッセージは受信も送信もされていない。
片方のどちらか、または両方がドタキャンすれば成立しない関係。
危ういもんだよな。
……あくまで身体だけの二人にはお似合いなのかもしれない。
―――待ち合わせ場所は地下にある噴水広場。
ささやかな水の音は人々の声でかき消されてしまう。
ここは待ち合わせ場所として、よく知られた場所だから。
ここに立つと時間を振り返る事が増えたのは何故だろう。
夏も秋も足早に通り過ぎ、残されたのは長い冬だけ。
出会ったのはまだ夏の蝉も鳴かぬ頃だったか。
……あれからなんとか仕事は頑張っている。慣れない事も能力不足も、コツを掴むことや先輩達や上司の手を借りることも覚えた。
当然まだまだなのだが、それなりに社会人としてやれていると思う。
一番腐っていた時期、恭介との出会いが現状を乗り越える切っ掛けになったとは思っている。
……ま、本人には言わないがな。
彼自身も僕のこういった心境は興味ないだろうから。
所詮セフレだからなァ。
最近この3文字を頭に浮かべる度に、胸が微かに痛むのは何故だろう。
そんなことをつらつらと考えいると、それなりに時間が経っていたようだ。
すると向こうから周りより一際高身長な男が歩いてくる。
付近にいた女性達が一瞬で色めき立つ声や空気感で、嫌でも気が付いた。
……顔は良いんだよなァ、顔は。
中身は会ったその日の男を食っちまうクズだけど。
「ごめん、待った?」
そんな美形のクズ男が真っ直ぐこちらに向かってきて、謝りつつニッコリ微笑むわけだ。
僕が女じゃ無くて良かったな。
今頃、嫉妬や羨望の視線で丸焦げになってたぜ。
「遅い」
対する僕の答えはこうだ。努めて無愛想に。笑顔なんて見せてやるものか。見せるべきではない、多分。
「あははっ、今日も正直でよろしい。行こっか」
そう言って彼は僕の肩を抱く。
「触るな」
その手を引っぱたいて振り払う。
恭介は会う度に何度も、こうやって肩を抱いたりベッド以外での触れ合いを求めてこようとする。
その度に僕は強く拒絶していた。
これは彼と僕の立場を守るためでもある。お互いの関係を間違えない為だ。
「はいはい」
気を悪くした様子なく微笑んで歩く恭介の、半歩後ろを歩く。
……ん、すこし痩せたか? なんて、お節介な事をふと考える。
元々痩せ型ではあるが、わずかにその横顔にやつれを見たのは気のせいだろうか。
でも僕からは指摘しない。向こうもそれは望んでいないだろうから。
「……危ない」
「え?」
ボーッとしていたのが悪かった。
数メートル前に歩道を走る自転車。
認識すると同時に腕を引かれ、気がつけば抱き寄せられていた。
「あっ……!」
彼の体に触れた半身がじわりと温かくなる。
顔にまでうっかり熱が集まり息が詰まる気分だ。
「気をつけてね、怪我したら大変だ」
「……ッ」
肩どころか腰を抱いて囁くものだから吐息が耳に。
耳腔や首筋を撫でて擽り、嫌でも考えてしまう。これから彼とする事のことを。
……ま、まぁそうか。これからヤろうって時に怪我されたら面倒だもんな。
そう考えると少しは冷静になれる気がする。
胸の奥が深く鈍く痛むけれども。
「だ、大丈夫、だから……離せ」
ようやく絞り出したその言葉は、果たして強がりに満ちてはいなかっただろうか。
「ふーん」
対して彼は、感情の読めない顔をして一瞬だけ目を細めて僕を見る。
絡む視線。胸の奥を見透かされたような気分を植え付けるには充分だった。
……勘違いしないうちに目的を遂げてしまわないと。
そんな事を内心呟きながら、僕は自然と早まる鼓動を悟られないように、先程以上に距離を空けて歩き出した。
社会に出た事のないガキだと言われながらも、それでもどこか自分は出来ると過信していた正真正銘のガキだったワケだが。
当然大人達の中に入れば色々と自分の力量を思い知らされる。
まぁ平たく言えば理想と現実との乖離に、打ちのめされていたってことだけれど。
……そして悪いことって重なるんだな。
学生時代から付き合っていた恋人には、ある夜あっさり別れを告げられた。
僕が『仕事にかまけて、相手をしてくれないから』だってさ。
こっちは必死で目の前の事に食らいついている間に、よそに好い人を見つけてしまったらしい。
神妙で、さらに浮かべた涙の印象的な顔での別れ話の後に、SNSで新しく出来た恋人についての惚気や貰ったプレゼントの写真を見つけた僕の気持ちを考えて欲しい。
自暴自棄……つまりヤケになるのは当然だろう?
ま、僕のヤケって言うのは単に酒に逃げる事だったんだけれど。
でもそれが間違いの元だったんじゃあないか、って今ではヒシヒシ感じている。
彼と出会ってしまった
彼の最初の言葉はええっと……『隣良いですか?』だっけ。
あんまりあの日の事は覚えてないんだよなァ。
覚えてないから無罪って訳じゃあないけど、酒って恐ろしいよな。なんでも酒のせいにする大人は嫌いだったけど、大人になった今では分かる。
本当にお酒のせいとしか思えない出来事ってあるってこと。
……彼とはいくつか言葉を交わした。
結論から言おう。印象としては最悪だった。
でもこれは多分僕が悪い。あまり記憶がないけど、なんとなく分かる。
八つ当たりで彼に八つ当たりをして喧嘩になった。
『表へ出ろ』
この一昔前の不良マンガみたいなセリフは僕だ。
うん……まぁ、だから酔ってたんだから仕方ないだろ。
『分かった分かった』
と妙にニヤけた面で肩を抱くものだから、『触んな!』と思い切り引っ掻いてやったのは覚えている。
そのあとの記憶がその……あー、気が付いたら……ええっと、あーっと……その……ホテルに、居た。
つまり、喧嘩した相手。しかも男とラブの付くホテルで介抱されてたってわけ。
つまり完全に連れ込まれたんだよ。悔しいことに!
『こういう事よくするの?』
なんて聞いてくるから、一瞬考えて出した返答が確かこれだった。
『当たり前だろ! ……で、するのか、しないのか?』
……バカだよな。
初体験です、帰らせて下さい。が言えなかったんだ。
そしたら男の表情が歪んだ。
泣き笑いのような、いや、楽しくて仕方ないって顔だったかもしれない。
とにかく異様な笑顔に目がやたらギラギラとしていて、動けなくなるほど怖かったのを覚えている。
僕の昔からの悪い癖だ。
怖いこと辛いこと、悲しくても平気な顔をして強がる所。
だから恋人にフラれたのかもしれない。
―――結果、僕は女みたいに組み敷かれて見ず知らずの男に始めてを捧げてしまった訳だ。
ソッチにはてんで知識も経験も無いもんだから、無様にも忌々しい男の手ほどきをうけてさ。
……僕もとんだビッチに成り下がったもんだよなァ。しかも、それが満更悪くなかったものだから。
驚くなかれ、半年も続いている。
月に一回のセックスだから、もうあの男には5回も抱かれちまってるわけだ。
あの男、村瀬 恭介は穏やかな男だ。そしてムカつくくらい優しい素振りを見せる。
僕が痛いと言えば文句言わず時間をかけて、欲しいと言えば惜しみなく与えるような奴。
終わった後も、要らんと言うのに後始末を始めて恋人にするように甘いキスを身体中に降らせるんだ。
でも決して自分の事は語らない。
まぁ僕も聞かないけどさ。
連絡先だって知ってるのはLINEのIDだけ。
次の日時は会った日の、帰り際に簡単に約束するだけだから。
もし都合が悪くなったら、の連絡先だけど今まで一度だってメッセージは受信も送信もされていない。
片方のどちらか、または両方がドタキャンすれば成立しない関係。
危ういもんだよな。
……あくまで身体だけの二人にはお似合いなのかもしれない。
―――待ち合わせ場所は地下にある噴水広場。
ささやかな水の音は人々の声でかき消されてしまう。
ここは待ち合わせ場所として、よく知られた場所だから。
ここに立つと時間を振り返る事が増えたのは何故だろう。
夏も秋も足早に通り過ぎ、残されたのは長い冬だけ。
出会ったのはまだ夏の蝉も鳴かぬ頃だったか。
……あれからなんとか仕事は頑張っている。慣れない事も能力不足も、コツを掴むことや先輩達や上司の手を借りることも覚えた。
当然まだまだなのだが、それなりに社会人としてやれていると思う。
一番腐っていた時期、恭介との出会いが現状を乗り越える切っ掛けになったとは思っている。
……ま、本人には言わないがな。
彼自身も僕のこういった心境は興味ないだろうから。
所詮セフレだからなァ。
最近この3文字を頭に浮かべる度に、胸が微かに痛むのは何故だろう。
そんなことをつらつらと考えいると、それなりに時間が経っていたようだ。
すると向こうから周りより一際高身長な男が歩いてくる。
付近にいた女性達が一瞬で色めき立つ声や空気感で、嫌でも気が付いた。
……顔は良いんだよなァ、顔は。
中身は会ったその日の男を食っちまうクズだけど。
「ごめん、待った?」
そんな美形のクズ男が真っ直ぐこちらに向かってきて、謝りつつニッコリ微笑むわけだ。
僕が女じゃ無くて良かったな。
今頃、嫉妬や羨望の視線で丸焦げになってたぜ。
「遅い」
対する僕の答えはこうだ。努めて無愛想に。笑顔なんて見せてやるものか。見せるべきではない、多分。
「あははっ、今日も正直でよろしい。行こっか」
そう言って彼は僕の肩を抱く。
「触るな」
その手を引っぱたいて振り払う。
恭介は会う度に何度も、こうやって肩を抱いたりベッド以外での触れ合いを求めてこようとする。
その度に僕は強く拒絶していた。
これは彼と僕の立場を守るためでもある。お互いの関係を間違えない為だ。
「はいはい」
気を悪くした様子なく微笑んで歩く恭介の、半歩後ろを歩く。
……ん、すこし痩せたか? なんて、お節介な事をふと考える。
元々痩せ型ではあるが、わずかにその横顔にやつれを見たのは気のせいだろうか。
でも僕からは指摘しない。向こうもそれは望んでいないだろうから。
「……危ない」
「え?」
ボーッとしていたのが悪かった。
数メートル前に歩道を走る自転車。
認識すると同時に腕を引かれ、気がつけば抱き寄せられていた。
「あっ……!」
彼の体に触れた半身がじわりと温かくなる。
顔にまでうっかり熱が集まり息が詰まる気分だ。
「気をつけてね、怪我したら大変だ」
「……ッ」
肩どころか腰を抱いて囁くものだから吐息が耳に。
耳腔や首筋を撫でて擽り、嫌でも考えてしまう。これから彼とする事のことを。
……ま、まぁそうか。これからヤろうって時に怪我されたら面倒だもんな。
そう考えると少しは冷静になれる気がする。
胸の奥が深く鈍く痛むけれども。
「だ、大丈夫、だから……離せ」
ようやく絞り出したその言葉は、果たして強がりに満ちてはいなかっただろうか。
「ふーん」
対して彼は、感情の読めない顔をして一瞬だけ目を細めて僕を見る。
絡む視線。胸の奥を見透かされたような気分を植え付けるには充分だった。
……勘違いしないうちに目的を遂げてしまわないと。
そんな事を内心呟きながら、僕は自然と早まる鼓動を悟られないように、先程以上に距離を空けて歩き出した。
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