スペアの聖女

里音ひよす

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閑話 聖女ヒルダ5

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 私はこの世界に大聖女として召喚されたくて、あの死ぬ間際に神様に願った。

 『どうか魔人を彼の世界に戻してください』

 200年前に彼を封印したのは私だ。

 それを思い出した瞬間溢れる思いを口に出せなくて、でも感情をコントロール出来ず涙が溢れ止める事が出来なかった。


◇◇◇


 彼は魔人だけど何もしていなかった。

 一人目の魔人を消滅させた直後に現れただけで、私にはすでに魔人を倒すほどの魔力はなくて、命じられるがままに動きかろうじて封印することが出来た。
 その封印に全ての力を注いでしまったので、神殿に戻って来た私には大聖女と呼べるほどの力はなくてただの聖属性の魔力が少しある程度だったけれど、魔人を倒した功績があり大聖女の地位はそのままだった。
 日が経つにつれ私は何もしていない者に対していつ果てるともわからない時間を使いその中で死ぬまで封印することに違和感を覚えた。
 そしてある日私は人目を忍んで魔人に会いに行ってしまったのだ。

 ある日どうして魔人がこの世界に現れたのかその理由を知りたかったから。

 「眷属が人の世で力を使いすぎると世界の均衡が崩れる。我が君の命により眷属を処分するつもりだったが、驚いたな・・案外人も我ら種族に対抗する力を持ち始めたようだ・・お前のような小さき者に囚われるとは思いもしなかった・・」
 
 人が神殿に魔に対抗出来る力を持つ者を集めて集団で魔族に対抗するようになったのはこの100年、200年位前からだ。
 国中から魔力を持つ子供を集めて聖騎士を作り上げた。
 魔物と戦う事を常とするうちに戦い方を学び確実に倒せるように集団で狩るようになったことを魔人は知らなかったのか。

 「人は弱いから沢山考えて対抗出来るように努力をしたのよ。魔物は人間にとって害をなすものだからって、だから貴方もいつ害をなすかもしれないから封印を解くことが出来ないって・・・ごめんなさい」

 「ふん、弱いながらに考えたんだな」
 私を責めるわけでもなく、ただ一人暗い地下牢に閉じ込められた魔人は興味なさそうに瞳を閉じた。

 神殿はその力を周囲に誇示し、魔に対抗する唯一の存在として国の中枢にも口出ししようとしている。
 私達は神様の使徒であり、国を動かす存在ではないのに。

 どうして私はこんな場所にいつまでも大聖女として囚われているのだろうか。
 もうたいして聖属性の魔力もないのに、魔人を封印した大聖女として人前に立ち続けることに疑問もあった。
 

 いつしか私は魔人に自ら約束をしてしまった。

 「必ず貴方を自由にしてあげるから」

 自分でも何故をその言葉を口に出してしまったのかわからない。
 魔人に魅入られてしまったのか。
 これが闇落ちに入ってしまった状態なのだろうか?
 でも判定石に触れても何ら変化がなかった。

 何度も何度も封印を解く為に魔人の下へと隠れて訪れていた私を、魔人は何度も地下牢から出ていけと冷たく言い放つが、魔人は私のせいで死ぬまでこの地下牢に入れられるのだ。

 私の最後は人目を忍んで魔人の下へ通っている事を同僚の聖女が神官長に報告し、断罪の上闇落ちとしてその場で首を落とされた。
 
 私は闇落ちはしていなかったが、いつか闇落ちし人に害をなすかもしれないからって。

 いつか人を襲うかもしれないって地下牢に閉じ込められた魔人

 どうか貴方が自由になれますように


◇◇◇


 私は神殿が嫌いだ。
 
 だから神殿が嫌いなんだ。

 思い出した記憶の中の私は最後まで魔人のことを考えていた。

 目の前の魔人が囚われたままで、もう一度魔人を自由に出来る力を望んだ私の願いを神様は叶えてくれたのだろう。
 この世界に聖女として生まれても、その魔力では神殿から魔人を解放することが出来ない。
 人に害を成さぬように解放し、魔人がいた世界に送り返すのであれば異世界からこの世界に渡る時に神様から得られるほどの力が必要だった。
 だから私はもう一度異世界からこの世界に来ることを望んでいた。

 今の私はあの頃のような僅かに残った聖属性の魔力ではなく、溢れるほどの魔力を備えている。
 召喚時に私を選んだ神様は私が何をしようとしているかわかった上で私を選んで力を与えたのだろう。

 この世界に影響がないように魔人を元の世界に帰すんだ。

 瞬く間に思い出した事柄に少しボーっとしていたのか魔人のほうから私に声をかけてきた。

 「どうしたんだ?人は弱いのだろう、このような場所に居ずともよい。」

 「私は健康そのものだから大丈夫よ。ちょっと考え事をしていただけ」

 「泣くほどのことなのか?」

 ああ、そうだった私は泣いてたわね。
 ゴシゴシと上服の袖で涙を拭くと魔人にもう一度向かい合った。
 
 「びっくりさせちゃってゴメンね、大丈夫よ。ちょっと思い出したことが悲しかったから、でも私は悲しみはすぐに忘れてしまうから明日には何ともない平気なのよ」
 肩をすくめながら無理に笑おうとしたがダメだった。
 また涙が滲んでくる。
 明日にはこの感情も無くなってしまうだろう、この涙は魔人を解放する約束を果たせなかった昔の私の悔し涙なんだ。

 そんな姿に魔人は呆れるように何かを私の方へと転がしてきた。
 
 「これは何?」
 足元に転がって来た石を拾い上げるが見たこともない石だった。

 「お前達の言うところの魔石というやつだ。200年暇だから僅かに漏れ出る魔力で固めて作ってみたが我は要らぬものだ」

 「見たことのない色合いだけどどう使えばいいの?」
 「お前の魔力でしか使うことが出来ないが人一人程度であれば隣の国まで転移可能だろう。お前が逃げたくなったらいつでも逃げるがいい」

 そんな高度な魔法をこの親指ほどの小さな石に封じているなんて・・・

 「これがあれば貴方が逃げられるんじゃないの?」

 「我は封じられているし、その石は神殿の中では使えない。使うなら神殿の外の結界のない場所で使うがいい」
 そう言うと魔人はそっぽを向いた。



◇◇◇

 前回の私のダメな所は真面目だったんだと思う。
 何事も決められた事を忠実に守り、神殿から教えられた秩序とかルールを重んじていた。
 だから魔人を解放したくても神官長に訴えるという方法が正しいと思っていたのよ。

 今の私は知恵がついた。
 神殿の腐敗は200年経ったら更に酷くなっている。
 国王はその腐敗ぶりに気付いていて神殿を何とかしようと考えている。
 
 だとしたら神殿との繋がりの最たるこの大聖女と国王の関係を即刻見直すべきだと声を大にしてみたが、それは却下されたわ。
 とりあえず貰える聖妃は貰うのかしら。

 聖妃の部屋が綺麗になったからまた王宮にと連れていかれることになった。
 国王が神殿から聖妃を連れてくるようにと何度も伝令を送ったみたい。

 地下牢ばかりではなくたまには仕事で出されることもあるけれど、必ずまた此処に戻って来るからと魔人に伝えて沢山の焼き菓子を置いて行った。
 
 「お前はまた此処に来るのか?」

 「当り前じゃない、私は嘘はつかないわ」

 「そうか・・・」

 地下二階の魔人に会う為には私はかなり頑張っている。

 とにかく神官長に嫌われなければならないから。
 
 神官のすることでこれはおかしいってことにはどんどん文句を言ってみた。
 この世界で貴族や代々神官でない者の地位は低くて、身分が低いけれど魔力を持つ者を下人のようにこき使う姿を見て黙ってられないから。
 神官も上位神官となれば聖属性の魔力が必要となるが、下級神官は僅かな魔力でもなれるのに神官だからって偉そうなのよ。
 身分が少しでも上の者ならば、下の者を虐めてもいいのならばと私は神官長に次ぐ高い身分を利用して、新人いびりや身分の低い者を馬鹿にしていた神官を虐めたわ。
 
 神殿の庭にはククの木が植えられていて、ククの実が採れる。
 ククの実は胡桃のように固い殻に包まれていて、中を割ると桃のように甘い果実が入っている果実。
 硬い殻のおかげか保存が効いて、10年位は収穫してから余裕で置いとけるらしく不作の年などはこのククの実があれば飢えをしのげるので毎年収穫して保管している。
 収穫されたそのククの実を風魔法を使って石礫のように思いっきり神官に投げつけた。

 痛がって逃げる神官を追いかけてククの実を何度もぶつけると決まって反省室に入れられるので、近頃は反省室へも行きやすくなった。

 新人聖女のペトラがあまりにも執拗に私がククの実をぶつけていたのをみて止めに入ってくれたわ。
 やっぱり本物の聖女は優しいのね。
 
 「ヒルダ様はやってる事は異常ですが、理由はまともなんですよね、もっと順を守って行動を起されたら如何ですか?」
 神官長に叱られて、神殿の上位神官からして心根が腐っとると逆に喝を入れたら聖騎士に引きずられて地下牢に入れられた。
 そんな私への食事を届ける仕事をペトラが交代して持って来てくれた。

 「まぁペトラ。私がやっていることは問題なくってよ。だって私に虐められた神官は下の者を同じようにいつも虐めてたでしょう?ああいうのが好きなのかなって思ったの」

 「それでもククの実はすごく痛いですし、カミツロ様は額から出血されてましたよ」

 「まぁ!あれは私も見て気付いたわ!すぐに回復魔法で止血していたでしょう。これはうっかり忘れてたわ、いつも血が出ないように衣類の上にぶつけてたけど回復魔法があるからこれからは安心して流血させることが出来るわね」

 「・・・・・・何に気付いたんですか・・」

 中央神殿に召し上げられたばかりのペトラは神殿の色にまだ染まってなく優しい子だった。
 そのうちこの神殿の中で自分の地位を上げる為に醜い争いをしている聖女とも対峙しなければならないだろうに。
 彼女がその綺麗な心のまま聖女として活躍することを願う。

 ククの実は人にぶつけるだけの使い道で沢山拾っていたけれど、ふと閃いた。
 
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