逸撰隊血風録~安永阿弥陀の乱~

筑前助広

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慈光宗

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 紅子は、四谷坂町にある甚蔵の屋敷を訪ねていた。
 この日の紅子は非番で、自宅療養をしている甚蔵を従僕の菊池光助を従えて見舞いに行ったのだ。
 応対に現れたのは、可憐な少女だった。甚蔵の娘で、名前は伊佐と名乗った。母親に似たのだろう。歳は十歳と甚蔵が言っていた。
 光助は甚蔵の娘を見て、赤くなっていた。思えば歳も一歳違いだ。光助を別間で待たせ、紅子は伊佐の案内で甚蔵の部屋へと通された。
 甚蔵は、全身を包帯で巻かれていた。紅子は思わず吹き出す。

「その恰好は二度目だね」
「お前らと関わるようになって散々だよ」

 しかし前回に比べれば、傷は深くはない。全身の包帯も、紅子にすれば大業な処置だ。お抱えの医者は十日もすれば隊務に復帰出来ると言っていたが、甚蔵には三日で十分だろう。

「でも、全部俺が悪い。今回は、奴をまともな男と俺が甘かった。伍長就任早々に下手を打っちまったぜ」
「だが、結果として仙右衛門を捕らえる事が出来た。しかも、耶馬行羅とも会えたんだろ」

 甚蔵は小さく頷いた。

「それで仙右衛門は?」
「三笠が尋問していたけど、収穫は無いわ。あんたがいれば別だけど」

 あれから二日が立っていた。箒尻で敲いてはいるが、仙右衛門は中々口を割らない。やはり一端の親分という事か。

「隊務復帰早々に尋問なんざ願い下げだぞ」
「だから口を割らせるのが得意な人材を寄越してもらっている。今頃仙右衛門は悲鳴を挙げている頃でしょうね」
「益屋か?」
「こうなったら、とことん組むつもりらしいわ。うちの局長は」
「中途半端はいけねぇと言うからなぁ」
「武揚会とは仲良くしたくないけど、毒を以て毒を制すと言うし」
「仙右衛門よりましならそれでいい」

 今、仙右衛門は屯所の土蔵に繋がれている。一度だけ益屋が訪ねてきて、その姿を見て笑い、武揚会からの除名を告げた。
 そして浅草は武揚会預かりになり、追って適格な者に任せる事になるという。当然後任は、益屋の息が掛かった者になるだろう。

「じゃ、あたしは行くわ。早く復帰して頂戴」
「ああ。すぐに出るよ」

 部屋を出ると、光助が伊佐が庭で話し込んでいた。植木を見て何やら話している。伊佐は気にも留めないが、話しかけられている光助は耳まで真っ赤にしていた。

「おい、行くぞ」

 そう声を掛けると、光助が弾かれたように駆け寄ってきた。

「鼻の下が伸びているぞ」
「そんな事はございません」

 と、光助は言ったものの、狼狽は明らかだった。

「あの」

 屋敷の門で、伊佐に呼び止められた。光助が一瞬身を固くし、視線を逸らす。

「伊佐ちゃんだね。どうしたんだい?」
「父をお願いします」

 そう言って頭を下げた伊佐に、紅子は驚いた。

「なんだよ、藪から棒に」
「父は母を失ってから、自暴自棄なところが出てきて。この前もそうですが、すぐに命を投げ出そうとするんです」

 父に危険な真似をするなと叱られると思ったが、どうやら少し違うようだ。

「だから、父の手綱をしっかり握ってて欲しいんです。すぐに投げ出さないように」
「ふふ。泣かせるような事をいうじゃないか。お父さんも罪作りだね」

 紅子は伊佐の肩に手をやった。

「お父さんが寝たきりだと、色々不便だろ? うちの光助をやるから、何でも言いつけてやってくれ」
「えっ? 紅子様、それは」

 急に話を振られた光助が狼狽える。それが面白く、紅子が「嫌なのかい?」と言うと、光助が力いっぱいに頭を振った。

「よろしくね、光助さん」

 伊佐が笑顔で言った。殺し文句だと、紅子は思った。

◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆

 その日の夜、紅子は伊平次の訪問を受けて急遽屯所へ向かった。
 丑の刻になろうかという時分。叩き起こされた紅子は不機嫌だったが、屯所に付くと甲賀と勝が既に来ていた。甲賀も眠そうだが、勝だけは目が爛々としている。

「待ってたぞ。仙右衛門が吐いたそうだ。それで急遽呼び出した」

 勝に促されて土蔵に入ると、柱に括り付けられた仙右衛門が血だらけになっていた。その全てが浅く、致命傷になり得るものではない。益屋から派遣された尋問官の手には、髭を剃る剃刀が握られていた。僅かな傷で心を責めたのだろう。
 仙右衛門の心は既に毀れていた。何を聞いても、答えるという状態になっている。甲賀は試しに何個か基本的な質問をしたが、仙右衛門は素直に答えた。

「神業だな。見事だ。礼金は弾むよ」

 そう言うと、尋問官は頭を下げて出て行った。

「それでは、本題に入ろうか」

 仙右衛門は、あっさりと自供した。仙右衛門が、羅刹道に抜け荷の護衛をさせていた事。また彼らを始末屋として利用し、敵対勢力を潰してもらった事。羅刹道の本拠が武州多摩郡城後村にあるという事。そして慈光宗との繋がり。羅刹道は慈光宗の実戦部隊だったのだ。
 更に一同を驚愕させたのは、慈光宗が鉄砲を集めているという事だった。その仲介を仙右衛門がしていたという。またそれだけでなく、関八州に号令し浪人を雇い入れている事もわかった。その理由は明白だった。討幕を目論んでいるのである。それは仙右衛門も語った。

「奴は妄想に取りつかれたのさ。門徒に祀り上げられ、天下を獲れると勘違いしてしまったんだ」

 仙右衛門は更に付け加え、智仙についてあれこれと言い立てた。正気を保つ、ぎりぎりのところにいるのだろう。

「甲賀様、この件はすぐに田沼様にお知らせせねばなりません。手をこまねては第二の島原の乱になりかねません」
「わかった。それは俺が行くよ。お前らは一刻も早く多摩へ行け。全員を招集し、羅刹道の本拠を叩く。今なら間に合うやもしれん」

 思えば、笹子の鎌太郎一味の時もそうだった。羅刹道は、村を隠れ蓑する傾向があるのかもしれない。

「あなた、明楽弥十郎を知っている?」

 最後に訊いてみた。しかし、仙右衛門は首を横に振った。紅子はやや落胆し、「そう」と答えた。大杉も知らないと言っていた。羅刹道を潰す事が復讐にはなるが、それでも夫を殺した相手を知りたいという気持ちは強い。
 すぐに一番組と二番組が招集された。甲賀以外の隊士が騎乗している。

「総指揮は勝。相手は鉄砲を携行しているやもしれん。重々注意しろ」
「はっ」

 それに対し、紅子は何も思わない。大局を見る目は、勝の方がある。自分は元々暴れるしか能がない武辺者なのだ。

「お嬢、あれ」

 三笠が指を指す。屯所の門前。立ち込める夜霧の中、栗毛の馬に跨る包帯の男がいた。甚蔵だった。
 ゆっくりとこちらに歩み寄る。秋も深まりつつある。この寒さも、傷には応えるだろう。

「どういうつもりだい?」

 紅子が訊いた。紅子も蒼嵐の鞍上である。

「伊平次に聞いた。本拠に出馬するらしいな」

 甚蔵の愛馬・佐津の轡を取っていた伊平次が目を伏せる。

「おっと、伊平次を責めるなよ。こいつは俺に恩があるんだ。それにかこつけて、俺が何かあれば報せろって無理強いしたのさ」
「身体はいいのか?」
「元々が大した傷じゃねぇさ」
「娘には?」
「言ってきたよ。馬鹿な親父を許してくれと」
「なら隊務に戻りな、加瀬伍長」

 甚蔵が嬉々として、隊列に加わった。袖から覗いた腕には、血が滲んだ包帯が見えたが、紅子は見ない振りをした。甚蔵には無理をしてでも羅刹道と戦う理由があるのだ。

「出立」

 勝の号令で、一番組から出立した。
 全員で駆けに駆けた。途中で馬を休ませたが、夜明け前に城後村が見えてきた。
 まず梯と末永を斥候に出し、幹部を集めた。勝と紅子の他、甚蔵と三笠、新たに二番組の伍長になった河井の五名である。

「城後村の背後は深い山だ。ここに逃げられると厄介だ」

 勝が地面に指で簡単な地図を描いた。
 すると甚蔵が、石を村の背後と正面に置いた。

「なら逃げられねぇように、二番組を背後に迂回させ、挟み撃ちってのは?」
「一番組は八名。村の規模を考えれば五十はいる。戦力の分散にならないか?」

 河井だった。その指摘はわかる。しかし、逃げられたら元も子もない。

「五十名全員が羅刹道というわけではないだろ」
「二か所から攻めるというのは?」

 紅子が言うと、勝が首を振った。

「いいか、攻めるわけではない。私たちはまだ証言を得たに過ぎん。それが虚偽である可能性もある以上、相手が羅刹道だと決めつけるのは早計だ」
「また甘い事を」
「何と言われようが、善良な百姓だった時に取り返しのつかない事態になる。城後村は、大身旗本・阿部志摩守様の知行地。阿部様には上臈御年寄・高岳様がついている」
「ちょっと待て」

 紅子が勝の言葉を遮った。

「高岳は熱心な慈光宗の信者だろ? そいつを後ろ盾にしているのが阿部。しかも、笹子の一味がいた沢辺村も、阿部の知行地。という事は……あんた」
「裏付けになったな。おそらく、その読み筋で間違いないぞ」

 斥候の梯と末永が戻ってきた。梯の嬉々とした表情に嫌な予感がした。

「どうも、相手はやる気満々のようですよ。女子供の姿は無く、男衆が野良仕事もせずに腰に刀を差してまさぁ」
「どういう事だ?」
「迎え撃つという事ですよ」
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