逸撰隊血風録~安永阿弥陀の乱~

筑前助広

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慈光宗

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 敵の数は二十余。思ったより少なかった。これまでで斃してきた数を考えれば、総勢で五十はいたのかもれない。
 あと、どれだけ潜んでいるかわからないが、一番二番を合わせて十五名のこちらの方が、劣勢なのは間違いない。
 相手が逃げるつもりはないという事を知り、勝は二手に分ける事はせず正面突破を選んだ。先鋒は打撃力の高い一番組。この男にしては気持ちのいい采配だ。

「一番組、出るよ」

 紅子が先頭に立ち、飛砕を天に掲げた。馬腹を蹴る。村の入り口までは一息だった。
 村人が気付いたようだ。矢が飛んでくる。飛砕で一つ二つ払った。屋根の上。三人の射手がいる。紅子は、梯の名を呼んだ。

「ほい」

 気の抜けた返事をした梯が、屋根の上の射手を続け様に三人も射倒した。梯は、千里眼と呼ばれるほどの目の良さと、弓の腕を持っている。騎射も得意だ。
 敵は村の中央で一塊になっていた。少ないながら、鋒矢の陣形を取っている。面白い。合戦ごっこか。

「突撃」

 紅子は馬腹を蹴った。飛砕を頭上で振り回し、敵の鋒矢とぶつかった。
 飛砕を振り回す。その度に敵の頭蓋が砕け散り、突き上げて宙に舞う。まるで戦のようだ。血が滾る。咆哮を挙げた。敵の陣を突き破ると、反転を命じた。もう一度敵の陣を断つと、鋒矢は既に無きようなものだった。

「下馬。掃討しろ」

 馬を跳び下りた隊士たちが、敵を斬り倒していく。劣勢になっても逃げようとしないのは、やはり宗教の力か。
 紅子は、その様子を蒼嵐の鞍上から見ていた。

「終わりか」

 勝が鞍を寄せる。かなり返り血を浴びていた。

「気を抜くには早いよ」

 甚蔵は、同田貫正国を手に勇躍している。傷の具合は良さそうだ。その甚蔵を補佐しているのが、長内と服部だった。三笠にでも言われたのだろう。左右にさりげなく付いている。特に服部は流石だった。二刀を振り回し、敵を寄せ付けない。相手も服部を裂けてるような動きを見せている。
 その服部に斬りかかろうとする敵が見えた。長い髪を振り乱して、小太刀を奮っている。女だった。自分以外の女が戦う姿は、そう見られるものではない。
 しかし、相手は服部。女の斬撃を楽々と躱されると、逆袈裟に容赦なく斬り上げられて斃れた。

「羅刹天、御照覧あれ」

 一人、猿面をした男が叫んだ。白装束に刀を持っている。素早い攻撃だった。二番隊の隊士が、首を裂かれた。続いてもう一人は胴を抜かれる。

(あいつ)

 甚蔵が言っていた、あの恰好なり。甚蔵も気付いたようだが、斬られても必死に食い下がる敵の対応で手がいっぱいだ。

「貴様」

 河井が駆け寄って横薙ぎの斬撃を放つが、猿面はひょいっと跳躍して避け、その背中に後ろ蹴りを放った。
 河井が盛大に転がる。末永が突きを放つが、それも躱される。梯が前に出ようとしたが、三笠に襟首を掴まれた。

「明楽紅子」

 戦場に猿面の声が響いた。

「明楽伝十郎を殺したのは、この私だ」

 紅子は一瞬で血が湧いた。「よせ」と言う勝の声も遠く、紅子は蒼嵐を跳び下りた。
 飛砕を奮って、遮る敵を打ち斃した。全てが止まって見える。それほどの怒りだった。
 向かい合う。それだけで、肌に粟が立つ。猿面の殺気は尋常なものではなかった。

「あんたが伝十郎を」
「そうです。中々のお方でしたが、この私の敵ではありませんでした」

 猿面の低い声が、戦場に静寂をもたらした。全員が二人の行く末を注視しているようである。

「名乗りがまだでしたね。私が耶馬行羅。またの名を……」

 と、行羅と名乗った男が猿面を外した。

「山江坊円兼」

 驚愕した。全員の時が止まった、と言ってもいい。何故? という疑問が、いくつも頭に湧く。

「あんただったのかい」

 やっと言葉を絞り出した。

「ええ、そうですよ。古河友次郎という名前もありますが、あなた方には円兼の方が馴染みでしょう」

 そう言って、円兼は喉に手をやった。声が、元の声に変わった。紛れもなく、円兼だ。

「伊賀流を学んだ私には、これぐらい容易いですよ」
「どうしてあんたが」
「どうして? もっといい質問はないのですか? まぁいいでしょう。私は、この羅刹道を作る為に、慈光宗に雇われたようなものなのですよ。事実、私が作り上げました」
「だが、あんたは加瀬と一緒に襲われただろう?」
「偽装ですよ。私も一緒に襲われれば、慈光宗との関係も、私が耶馬行羅である事も欺けますからね」
「廉浄院興照をったのも」

 円兼が頷き、「門主の命令で」と告げた。

「赤子を切り刻んだのは?」
「私です。釘を打ち込んだのもね。趣味なんですよ、赤子を殺すのは」

 脳裏に殺された赤子の惨状が浮かび、憤怒が全身を駆け巡る。許さない。絶対に殺す。

「怖い顔をしていますよ。まぁ、無理もないか。では、一騎討ちと行きましょう。私は強いですよ」

 円兼が刀を捨てると、腰い佩いた二振りの小太刀をスッと抜いた。二刀流。右手を突き出し、腰を少し落とした。紅子も、飛砕を中段に構える。
 対峙になった。どう動くか。それだけを考えた。相手は二振りの小太刀。大きく、懐に入ってくるはずだ。
 しかし、動けない。隙が見いだせないのだ。そして、潮合も満たない。動くかと思った刹那、遠ざかっていくのだ。
 気が付けば、肩で息をしていた。それは円兼も同じだった。ここまで強い男だったのか。なら、金山御坊の庫裏で震えていたあの姿はなんだったのか。
 何を考えているのだ。声が聞こえた。伝十郎の声だ。久し振りだ。
 お前らしくない。お前は、まどろっこしい事が嫌いだったはずじゃないか。

「そうだね」

 軽く呟き、頬を緩めた。
 ありがと。
 紅子は、大きく踏み出した。円兼が軽く後ろに下がってから前に出た。
 飛砕と小太刀が交錯する。しかし、お互い決められずに位置が入れ替わった。
 中々じゃないか。伝十郎が敗れたのも、悔しいがわかる。しかし、あたしは伝十郎より段違いで強いんだよ。
 円兼が連撃を放つ。紅子は、飛砕の柄で受けた。身体をぶつける。また位置が入れ違う。円兼の表情に、余裕の色が消えた。
 全身に汗が噴き出していた。息も苦しい。しかし、それは円兼も同じだった。
 間合いを図る。距離は四歩ほど。摺り足で半歩近付いていた。円兼の表情。燃えるような眼だ。もう半歩近付く。三歩の距離。
 紅子は、飛砕に気を込めた。
 真伝夢想流の奥義。父・倉知久兵衛に授けられた、かの宮本武蔵を倒す為に編み出された秘伝。円兼の腕を考えれば、通用するのは一度きり。
 意を決した。ほぼ同時に前に出た。円兼の二刀。一刀目を躱し、二刀目を弾いた。隙。奥義を放つ。〔二天殺し〕。刀の鋭さを持つ、杖の打撃。切り裂かれた円兼の両腕が、鮮血と共に宙を舞った。
 さらに、円兼の膝を砕く。それで円兼は地面に転がった。

「殺せ……」

 円兼が唸るように言った。
 ああ、そうしてやる。こめかみに飛砕を打ち込めば、長い戦いが終わる。伝十郎の仇が討てるのだ。

「どうして、逃げなかった。その余裕はあったはずだよ」

 紅子が訊いた。円兼は逃げずに、逸撰隊の攻撃を迎え撃った事が解せなかったのだ。

「逃げましたよ、金山御坊へ。ですが、私たちの合流を拒まれましてね。全ての罪を我々だけに被せようとしたんでしょうね。智仙という男はそういう男ですよ」
「捨てられたんだな」
走狗いぬの末路というものですね」

 飛砕を構えた。その時、肩に手を置かれた。勝と甚蔵だった。

「公儀の法で裁こう」

 勝が言った。

「伝十郎もそれを望んでいるのではないか?」

 紅子は鼻を鳴らし、構えを解いた。

「知った口を叩きやがって……」

 甚蔵がすかさず血止めをして縄を打つ。その際に、何度か無言で殴り倒した。それは、羅刹道に殺された部下たちの数だった。

◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆

 掃討が終わった。捕らえられた円兼以外は、最後まで抵抗して討たれている。
 勝の指揮で、家探しが始まった。素早く終わらせて江戸に帰還しなければならないからか、しきりに急き立てている。
 その様子を、紅子は眺めていた。伝十郎を殺した下手人を見つけ、一応の決着ケリはついた。円兼はいずれは獄門だ。しかし、気持ちは晴れない。終わったとも思えないのは、やはり慈光宗の存在があるからか。
 思えば、この逸撰隊も復讐の為に入ったものだ。伝十郎を失ってからの自分は、息子の弁之助を捨て、羅刹道を追った。各地で暴れては、関係のあるやくざを潰してまわっていた。
 毘藍婆と呼ばれて恐れられ、次第に公儀にまで追われるようになったが、そこで声を掛けてくれたのが祖父の松平武元だった。勿論、紅子は拒んだ。誰かと一緒に何かをするという事が性に合わないのだ。
 そんな紅子に、祖父は一番組頭という地位を用意し、こう告げた。

「お前の望む組織にして構わん」

 入隊を決めたのは、祖父の殺し文句だった。

(まだ、終わっていない)

 伝十郎は羅刹道を追っていた。その羅刹道を作ったのは円兼。殺したのも円兼。しかし、そう仕向けたのは智仙なのだ。
 慈光宗を潰すまでは、終わらない。紅子は決意を新たにした。

「組頭、こちらに来てください」

 藤崎が、遠くから声をかけてきた。物思いを切り上げて向かうと、そこには大量の燃えカスが残されていた。

「関係するものは燃やしたんだろうな」
「智仙への最後の義理かもしれん」

 甚蔵が言い、勝が腕を組んで同意する。
 それから河井と三笠が、家探しの終了したと報告に来た。
 女子供は、既にどこかへ逃げているらしく、押収すべきものは何もなかった。

「撤収だ。江戸へ帰還する」

 勝が全員に告げた。
 一番組の損害は無い。安河内が、背中に浅い傷を負ったぐらいだ。しかし、二番組は五名に減っていた。いずれ、大幅な再編があるかもしれないと紅子は思った。
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